釣った魚、逃した魚

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#81 充実の日々

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 ストグミク市では、まず義兄宅に向かう。

グリエンテ商会お抱えの服飾部が肝煎りで取り組んでいる、神子様の儀式用衣装の制作チームがああでも無いこうでも無いと大騒ぎだ。

ちょうどアーノルド陛下の戴冠式の直後に、その王冠を戴いた姿でもって、ラグンフリズ一族ほぼ総出で、神子様を奉じる儀式に流れていく形だから、当日の国王陛下の衣装とも、多少合わせる部分が有るらしい。

因みに俺はどうやら、黄金色の甲冑を纏って神子様の後ろの方に侍る騎士の一人になるとのこと。
フルフェイス型の兜で顔は出ない。ならいいか、と思った。

一応俺も、サイズ確認のために甲冑を当てられたりした。

ひと通り衣装の件が決まった後、エンドファン達の工房に向かった。
ストグミク市もかなりの積雪があったようだが、市街地の道は除雪済みで、普通に馬車で行けた。

あの後、各地を廻る巡廻鑑定団に発見された何人かの人材達が、同じ敷地内に設置されている仮設工房や仮設寮に入って来ていた。
概ね生産職スキル持ちの者達だ。
その際にはタカでは無く、神子様として彼らに会い、労いと励ましの言葉をかけていた。

彼らは一様に貧しい者達だった。
それはそうだ。それなりの水準の生活が出来る者は、皆5歳になったら神殿での魔力鑑定を受けられる。ただ、それは有料だから貧しい家の子は受けさせてもらえないのだ。

今回の巡廻鑑定団に発掘されなかったら冬が越せなかったかも知れない者も居た。
巡廻鑑定団には鑑定と同時に、極貧層への配給も並行して行わせたからだ。

中には幼いときから、高い魔力があることを本人もしくは身近な者が承知していながら鑑定出来ない者もいる。
そういった原石達を、全く有効利用出来なかったコモ王国の王侯貴族達って、何だろうか。彼らの存在意義って、一体何なんだ。

その後の、王城への街道も、雪は除けられているようだったが、俺達は転移で行ったから、あまり関係は無い。
ただ、王宮や王城内の庭園が雪景色になっていて、その眺めに神子様が大層喜んでいた。

王宮ではまた、儀式の件が主軸ではあったが、会談への往復で寄る外遊地に関する打ち合わせやら、王立学園のこと、ことさら人材発掘のことなどが次々と語られていった。



帰宅してから、神子様は義兄宅から譲り受けた大陸史の資料を読み込んでいた。
その中には、「異世界人保護条約」の条文も載っている。
後宮に居たときにも、図書館でさらっとは目を通したらしいが、宰相の横やりが入って、じっくりと読み込むことが出来なかったのだ。

そもそも宰相が、いくら要望しても決して家庭教師を付けてくれなかったのも、図書館に行くことを邪魔したのも、おそらくこの条約を読ませたくなかったからだろう。

彼は無駄なことをした。神子様は元々読むことは出来たのだから。
書くことがなかなか出来なかったが、それももう既に克服している。

この条文には、そもそも召喚者は、この世界の国々の身分制度による位階を超越していると、国際的に認められていることが記されている。
宰相を筆頭にした王侯貴族達は、どうしても神子様を臣下の一人として扱いたかった。

愚かなことをしたものだ。
事実、ラグンフリズ三兄弟が神子様に対してとことん恭順の姿勢を取り、大事に扱っていることで、本当はやりたくない仰々しい儀式も嫌がらずに承諾してくれている。
それどころか数世代後の、自分の能力が及ばなくなった先々のために、身を粉にして協力してくれている。

ハズレの村に対してもそうだ。
そういうお方なのだ。

ほんの一言感謝の言葉を、いや、それすらなく謝意を込めた軽い会釈でも返せば、あの方はそれで満足してくれるのに。
押さえつけて、恩知らずな態度を取った結果がこれだ。



条文を何度も読み直して、その文言が作成された経緯や関わった役員のリストなどを、捜しながら読み込んでいる神子様のテーブルに、ミルクで煮出した薬草茶に蜂蜜を垂らしたものをそっと置いた。
寒いときには暖まるねと、冬の夜のお気に入りだ。

ありがとう、と微笑んで一口呑み込むと、ふーっと長い息を吐いて、本を閉じた。

「お疲れですね」
「ん、やっぱ目も疲れやすくなったよ。今日はこの辺でやめとくわ。明日もまた晴れそうだから、村の有志の訓練もあるだろうし」
「明日は少しお休みなったらいかがです?」
「…なんだか、時間が勿体なくてね」
と言いながら目頭を揉んだ。

「テレサのところのチビちゃんね、もしかすると、上手く指導出来てコントロール出来るようになると、国が保護するレベルになるかもよ」
「そんなにっ?…いや、あの子の魔力が多そうなのは何となく感じたけど…。何の属性なんですか?」
「いや、まだ過渡期で判然とはしないんだけど、でも、治癒は確実にあるね。上手になってお祖父ちゃんのお目々治してあげようね、って言って数回教えたら、少しずつ上達してきてね。成人前に上級治癒師になれるかも知れない。ハズレの村にとっても宝だよ。あー、あと、アーロンの甥っ子だけど…」

次々と、村の子供や少年少女の可能性を論って、将来を思い描いて語る。

「…ああ、やっぱり、休んでいる暇なんか無いよ。俺自身が早く見たいんだよ。あの子達が綺麗な魔法を使えるようになったところをさ」

その言葉通り、翌日もその翌日も、天気が良い限りは広場に出かけ、戦闘訓練班の傍らで、丁寧に指示した後、魔法班による戦闘班への身体強化や防御支援などを実践させ、それながら、主に奥さん達に治癒魔法の仕方を指導したり、最も小さい子供達には、魔法玉に魔力をつぎ込む練習をさせていた。

中に、生産スキルがありそうだと感じた子供がいると、試しにエンドファンから聞いていたレシピで、軟膏などを作らせてみたりもした。
山羊の乳とクマの脂をベースに幾種類もの薬草を加えたものだが、村の女性達が、冬の間にガサガサになってしまった肌がぷるぷるになったと大騒ぎになった。

現時点では、その子のスキルが関係有るのか、エンドファンのレシピが良かったのか、ハズレの村に生息する素材が良いのか、その判定は難しい。

ただ、それを小耳に挟んだ瞬間、義兄の瞳がギラリと輝いた。
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