釣った魚、逃した魚

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#79 変わりゆく季節

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乾いた落ち葉が、谷からの吹き上げと、遠い峰のおろしに撒き散らされて舞い上がる。

チラチラと白いものが…なんて風情は無く、冷え込んだと思ったらいきなり視界が効かないほどの牡丹雪が襲来した。

馬小屋が冷えすぎないよう、保温魔石を入れておく。
積もる前に、姉のところに行っておいてヨカッタねと、神子様と喋りながら馬のケアをひと通りこなして家に入った。

手早く暖炉に火を入れ、姉に持たされた食材を並べる。
義兄宅での事などを話題にしながら夕食を摂った。



双子はもう歯も生えて、ちゃんと女の子に見えるようになって来ていた。二人ともちょっとだけ癖の有る金髪で、綺麗なペリドットの瞳。

「ホントに宗教画から出て来た天使みたいだね~」

唇を尖らせてキス真似をしながら、神子様がご機嫌で顔を近付ける。

お兄ちゃんになったチビ達はメロメロで、抱っこ権と接近観察の特等席争奪戦を繰り広げている。
赤ちゃんに夢中すぎて、あんなに纏わり付いてきたくせに、今は俺のことはどうでも良いようだ。

双子との対面を果たした後、義兄と少し話し込んだ。
それというのも、義兄宅があるストグミク市に、エンドファンと師匠の仮設工房があり、義兄宅に来る前に、そちらに顔を覗かせてきたからだ。

エンドファンの師匠は思ったよりも豪胆な老女で、本人の耳が遠いせいもあるのか、やたら声がデカかった。

設備は充分。グリエンテ商会のお膝元と言う事で、手に入らない素材も無い。
人生で最も充実している錬金術師ライフ、と言っていた。
そんな感謝の気持ちをまくし立てられた。義兄は終始ドヤ顔だった。
神子様は若干勢いに押されて、逃げるように退出。

その際、仮設工房が他にも幾つか新設されていることに気づき、義兄に質問した。

既に、後から併合される他領をも含む国内の、あちこちで細々活動していた錬金術師や、魔道具師を囲い込んで、サポートという名の人材確保をしたとのこと。
さすがは義兄だと思った。

その事を自慢するついでに義兄が「耳寄り情報」と嬉しそうに語り出す。

曰く。
既に話が付いている七領の他に、更に後から併合を打診してきている領が五領あり、他にも検討している領がいくつかある、とのこと。
最初の七領はともかく、これから先は無条件に受け入れる事はせず、精査してから、と領主家三兄弟は決めているらしい。
ただこの先、併合を希望してくる領は増えていくことが予想される。

地方からどんどん、王国に対する期待感は失われている。
どちらに付くのが得か、それを考えれば答えは自ずと出る。
中央が牛耳っている利権に縁が薄い者達の方が、こういった場合身軽とも言える。

そして何より。
ラグンフリズ王国には神子様が居る。
その安心感は何物にも代えがたいだろう。

その後エムゾード辺境伯領は、じわじわと瘴気の被害が広がっているらしい。

エムゾード辺境伯子息、カイル様は追い詰められていた。
言ってしまえば、彼の失策で今の状況が起きたとも言える。
ラグンフリズ王家三兄弟達は、彼のあのやらかしが無くても近い将来、独立は間違いなくしただろうとは言っていたが。

その後、神子様の“盗聴”では、あの新国王の側近達の会合で、途中からグレイモス寄りになったアウデワート騎士が「こうなったらカイルの首を差し出して、神子様に許しを請うしか道はねえんじゃねえ?」などと言っていたとか、なんとか。

勿論神子様は、そんな事望まないし、そんな意見が出たことを、憤慨すらしていたのだが。

だから、そんな事が実現されないように、それを訊いた直後にエルンスト様から王国側に直ぐ連絡を入れてもらった。

第三国での会談の提案。
その際に、必ずカイル・エムゾードを従者として伴わせることも含む。
それによって、その会談までの間、知らないうちにエムゾード辺境伯子息の首が飛んでいる、という状況は回避出来る。

実のところ、この第三国での会談に関しては、提案するタイミングを見計らっていたところがあった。
コバス・ベンヤミンに運ばせた書簡の返信に対し、向こうの申し出をバッサリと断った後、直ぐにこの提案を出すと、向こうに「手応えあり」という誤ったメッセージを送ることになる。
ある程度は放置する時間が必要だった。

エルンスト様的には、もうあと数日は勿体付けたかった様子だ。
そして、エルンスト様から見ても、カイル・エムゾードはその首を差し出すくらいしても当然である、というお考えだった。

辺境伯家は武門の一族だ。
失策は己が命で償うというのは、武人として当然の共通認識だろう。
だから一人の武人として、アウデワート騎士もそれを発案した。
もしその場に居たら、俺も普通に同意しただろう。

「冗談じゃない!」と神子様は顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。
「何考えてるんだよッ!そんな不毛なことで命奪うなよ!これだから脳筋はッ!!」
もの凄い剣幕だった。俺が「ああ、当然ですよね」みたいな顔していたら、めちゃくちゃ怒られた。

そんなだったから、エルンスト様も、神子様に不快な思いをさせる事の方が罪深い、との判断で、即座に会談の打診を送った。

但し、会談の日程は戴冠式から更に二ヶ月後となった。既に初夏だ。

因みに、重要な外交の窓口は、エルンスト様が担っている。
一見、意外なのだが、義兄と価値観が近いだけあって、アーノルド様やリオネス様よりもずっと腹芸が出来る人だからなのだろう。



「ミランは気づいた?」
神子様がデザートのタルトを食べながら訊いてきた。
「あの双子ちゃんの魔力。すごい膨大だね。…そう言えばミランも元々魔力、人並み外れてたんだっけ」
俺は頷く。

姉も元々、平民にしては多い方だった。
出産する度に、子供に分け与えるみたいに減っていったらしいけれど。

魔力量は本当に個人差が激しい。
本来は貴族の方が多いとされているが、本当にそうだろうか。
貧しいド田舎出身の冒険者の魔法使いには何人も出会った。

ただ、魔力は制御法を身に付けていなければ、宝の持ち腐れになってしまう。

天から与えられた資質を、無為に、生かし切れずに終わった人達も多かった事だろう。
いや、生涯知らずに過ごした者も…。

暖炉の火が爆ぜる音がした。
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