釣った魚、逃した魚

円玉

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#70 それぞれの役割

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「あ、あのっ、皆さんは前線に出られるんですよね…。できれば、こ、これを…」

ほむらがあがりそうな程、士気が高まっている屈強な男衆の群れに向かって、たじろぎつつも声をかけて来る者が居た。
手押し車に木箱を乗せて、気弱そうな少年が慌てて走り寄る。

「君は…」
タカが近づくと「あ、タカさん、その折はお世話になりました」と頭を下げる。

「おう、エンドファンじゃねえか!また来てたのか?」
冒険者パーティ【暁烏あけがらす】のメンバーが背後から歩み寄って声をかける。
彼らの姿を見て、エンドファンと呼ばれた少年が更に恐縮して「あの時は暁烏さん達にも本当にお世話になりました」とペコペコする。

彼は木箱の蓋を開けて、少し緑色がかったポーション小瓶を差し出しながら「ずっと研究していた、瘴気毒に効くポーションです。師匠の代から研究してきた物で、まだもっと効果を上げる実験もしていますが、今回闇狼と対峙すると聞いたので、お役に立てればと…」

ただ、一番大きいのには、コレだと力不足かも知れないんですが…と申し訳なさそうに言いながら、皆に配る。

「瘴気毒に効くポーションなんて、ホントか」「お前、スゲーな」「おいおい、まさか後でべらぼうな値段請求されるんじゃねえだろうな」「こんな貴重なの、目ん玉飛び出るほど高いんだろうが!」などと冒険者達も口々に騒ぐが、顔は皆酷く感心したような表情を見せて盛り上がっている。
暁烏のリーダーなどは「頑張ったんだな。あんな痛え思いしながらよ」と少年の頭を撫でて少しホロリとしていた。

「まだコレが完成形では無いので、皆さんに試して貰いたいのです。だから、お代は要りませんから」
必死にエンドファンが言い募ると、おぉっと声が上がったが「バカ言え、ちゃんと払うわ」「今は急ぎだから一仕事後になるがな」と暁烏のリーダーが周りを牽制した。

何はともあれ、皆「ありがとうよ」と言いながら件の薄緑の物以外にも何種類かのポーションを貰って、散っていく。

俺とタカも貰っていくことにした。
最初から、ボスは俺達に任せて欲しいと皆に伝えてあったから、エンドファンは「力不足かも」との判断から俺とタカにそれぞれ5本ずつ、その貴重な新作を渡してくれた。

タカが居るから、必要ないとは言えるのだが。
だが、そのタカ本人が「是非!試してみるよ」と嬉しげに受け取っていた。

顔見知りの冒険者達が、それぞれの位置取りに散って行きながらこちらを見ると「えっ、タカも前線出でるのか?後ろに下がって無くて大丈夫なのか?」などと声をかけてくる。
「かなり速い防御が出来るから大丈夫だよ。身体強化も出来るし、むしろそばに居た方が安心」
「あはは、旦那から離れたくねえんだ」
「仲良しだな」
「旦那に見蕩れて仕事忘れんなよ」
軽い調子で応えるタカをむさ苦しい男衆が冷やかしなが通り過ぎる。

こいつらは知らない。
おそらく神子様が本気を出したら、今回のスタンピードもどきくらい、秒で片付くであろう事を。

だが、ハズレの村の将来のために、現場演習が出来る機会を無くさないで欲しいと伝えてある。必要以上に村人を助けないで欲しいと。
例えば神子様が居るときはいい。けれど万が一、次世代を担う子供達が神子様の力添えが有ることに慣れてしまったら。
そして神子様にも、いつか現場に出られなくなる年齢が訪れるだろう。
その時困るのは、次世代の村人達だ。

今も今後もハズレの村では、命ギリギリの戦いを、その緊張感を常に維持する環境であるべきだ。

遠くから地響きが近づいてくる。
合図の笛の音が鳴り終わらないうちに、投石器の長い腕が空を切る。
群れの最前列中央に見事着弾し、炸裂すると、最前列を疾走していた大角岩山羊の、ことさら見事な大角を持つ、がっしりした数頭がはじけ飛んだ。
隊列が乱れる。更に石弾が畳み掛ける。
猛り狂った魔獣達が村の誘導道めがけて突進してくる。

そこへ次々と遠くの高台から弩弓の太矢が射かけられる。いっぺんに複数本を発射出来るタイプの物だ。それらは隊列の先頭集団を次々と横倒しにしていく。
中には命中して絶命したものも居る。急所は外れたものの横倒しに転がった勢いで、後ろから走ってきた仲間に踏まれ絶命したものも居る。
そこに転がるものに躓き、勢いで転がって仲間の疾走の邪魔になったものも居る。



とにかく、掴みとしては上々だ。

纏まって走ってくる集団の隊列を乱し、少しでも速度を落とさせ、少しずつ頭数を減らす。そして、集団をいくつかのグループにばらつかせる。

前列が転倒し行く手を阻むことによって、次列以降が編成を変え、散らばる。

ばらついた事で“塊”が“個”になる。
“個”になった中から大物を選別し、冒険者や前衛の村人チームがそれぞれに狙いを定めた個体を取り囲んで戦う。

それらの個別対応に引っかからず、そのまま村に向かって突進してくる大物は、更に丘の上の弩弓で狙われる。黒冠ヘラジカの雌や大角岩山羊ら若干躯体の大きさが劣る者は、強弓隊、ブーメラン隊と攻撃魔法使い達が狙う。

勢いで一緒に走り込んだ小物の角ウサギや角ネズミは、実戦訓練として子供達に任せる。無論、それらもチームに分かれ、それぞれに監督役の大人が付くが。

それぞれが属するチームで、仲間と連携しながら与えられた役割を果たす。

俺とタカは、黒冠ヘラジカの雄の中で、前列の乱れを避けて速度も落とすこと無く疾走し続けている後方集団の中に飛び込み、ヘラジカの雄の中でもとりわけ大きいものと対峙した。
見ると、血走っている割には目の焦点は合って居らず、明らかに他者に操られている。
俺は魔力を込めた大刀を思い切り眉間に叩き込んだ。タカの身体強化も受けていることで驚くほどスカッと入った。
巨体が疾走の速度のまま数十メートルも走り続けた後にドウと倒れた。
矢継ぎ早に、後から来るヘラジカも倒す。

我々の包囲網をかいくぐって突進を続けている大物を弩弓と攻撃魔法が襲う。

背後からまた闇狼のボスによる威圧が放たれる。
だが、タカの防御に護られている俺には効かない。
そのまま闇狼の群れに突進した。
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