釣った魚、逃した魚

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#47 治癒師

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 日中、二人で揃って共同井戸まで水汲みに出かけた。

普通に行く先々で行き交う村人と挨拶をする。

周りからも新婚さんだと見られている、と聞いて、それを意識してしまうと、どことなく気恥ずかしい。

途中、何組かの冒険者が通り過ぎていった。
簡易宿泊所やバンガローの方から、逗留の延長手続きをしに中央広場の窓口に向かって居る者や、簡易宿泊所の売店で売っていない物の買い出しや武器の修理などをする者達だ。

ああ、もうそういう季節だよなと思った。

そのうちに、俺達の姿に気づいた子供達が集まってきて、礼によって俺に剣術の指導をしろだの、投石の仕方を教えろだのと纏わり付いて、手やチュニックの裾を引っ張られた。

一方、タカの方は治癒してあげたお年寄りや、子供の怪我を治してもらった親などに礼を言われている。
ちょうど通りかかったテレサに、タカが昨晩のパイのお礼など、立ち話していると、ふいに村長の息子が騎馬で、俺達の家がある村はずれの方角から駆けてきて「タカ!ここにいたのか!」と声をかけられた。

その慌てぶりに、すぐに怪我人か?と感じ取って「急患ですか?どこです?」と応じる。
「宿泊所の医務室に運ばれてる。乗ってくれ!」
そう言って手を差し出した。
迷わずタカはその手を取って馬上の人となり、そのまま二人乗りで走り去った。

「あれだけ急いでるって事は、かなり危ない状態なのかね」
共同井戸広場に居たおかみさん達は少し心配げに見送っていた。

俺は子供達に「ゴメン、又今度な」と言い残して馬を追って走り始めた。

どの程度の怪我なのか。
普通の治癒師で何とかなる程度なのか。
ただ、仮にたとえ瀕死の相手でも、タカなら治せてしまう。

万が一、それが奇跡でもおきなければ助からないレベルだとしたら、見た者はどう感じる?

走りながら俺は“盗聴”を起動した。

「冒険者ですか?状態はどんな?」
土を蹴る蹄の音と、服がはためく風切り音の中で、タカの声がした。

「どうやら、怪我人自体は冒険者と言うよりは錬金術師っぽい。だから、採取が目的だったようなんだよ。北西の岩棚って呼ばれている場所を知ってるかい?あそこの岩の段差の影に群生しているミムっていう、一見シダっぽい草があって、それが精製の仕方によって瘴気毒に効くって説が有ってね。」
馬の疾走に揺れて声が小刻みにブレる。

「北西の岩棚は、今日は丘の上の方で伐採をしているから、近寄っちゃいけないって伝達がありましたよね。あの辺りは、かなり勾配がキツくて、伐った樹が滑ってくるから危険だって話で」

「そうなんだよ。でも、そいつね、たまたま4人パーティの側に居ただけの、実際にはソロ活動しているヤツだったらしくて、どうもきちんと伝達を受けてなかったらしいんだ」

「では、採取している最中に、樹が滑り落ちて来て、衝突したって事ですか?」
「まあ、そのようだ…。あ、ほらもう着く。先ずは診てみてくれ」

馬の足音が、蹈鞴を踏んでいる音に変わる。多分、手綱を引かれて止められたんだろう。バサリという音の直後に小走りする音がする。

ドアが開く前から、慌ただしく飛び交う怒号にも似た声が聞こえ、開いた途端それは切迫した状況を伝えてきた。
「おいしっかりしろ!」「血は止まらないのか?」
「エンドファン、エンドファン、分かるか?」「換えの布はもう無いのか?」
「呼吸が弱まってきていないか?」「消毒用の薬草水はこれが最後だ」

イヤーカフから伝わってくる緊迫した様子だけでも、もはや助かる見込みはなさそうな気がする。

「おい、治癒師を連れてきたぞ!」
「頼む、もう意識が戻らねえんだ」
バタバタと慌ただしい音がした後、「皆さんちょっと下がってもらって良いですか」というタカの声がした。
暫しの沈黙の後、えっ、とか、はっと息を呑む音。そして「うわ、あんなデカい木の破片が残っていたのか!」とおののく声。

「光ってる」「血の粒か?」「すげえ、あの治癒師」「あ、息を吸い込んだ」
その場に居る数人の男達のざわめき。
不安げだった緊迫したざわめきが、次第に感嘆の色に変わる。

助かった錬金術師が、ひとりの冒険者に支えられて上半身を起こしかけたときに、俺はその場に駆け込んだ。

エンドファンと呼ばれた錬金術師の少年は、タカに礼を言おうとしていたのを押しとどめられていた。
「まだ起き上がらないで。かなり貧血状態だから。…痛みは無い?アーロン、売店にソンベマの干したの有る?」
村長の息子に指示を出しかけたとき「ソンベマ系の造血促進ポーションが僕の鞄に入ってます」と少年は答えた。

聞いていた冒険者のひとりが、即座に彼の鞄を持ってきて、中からいくつかのポーションの瓶を次々と出して「コレか?コレか?」と確かめる。
「ああ、それです」と言われた瓶を開けて、彼の口許に運んで飲ませてやる。
外見はだいぶ野卑だが、かなり人の良い冒険者だ。
錬金術師の少年はソロだと言う話だから、行きずりの発見者なのだろうに。

「少し眠った方が良い。ちゃんと診ているから安心して」
タカは少年にそう告げると仄かに光る掌をかざして、少年を眠らせた。
そして、もう大丈夫、と言うように村長の息子アーロンに頷いて見せた。

「ありがとう、タカ。‥‥‥それと『暁烏』のみなさん、あなた方が発見次第すぐにここに運び込んでくれたおかげだ。こんな若い犠牲者が出なくて本当に良かった」

「いや、助かって良かったよなあ」
「あんたスゲえな、タカって言うのか?ここまで腕の良い治癒師は見た事ねえぜ。奇跡みてえだ」
「ハズレの村はいい攻略ポイントだが、治癒師が居ないのが玉に瑕だったんだよな。これからは安心してクエストに勤しめるってもんだ」

俺は慌てて割って入った。
「悪いが、ここに良い治癒師が居るなんてよそで言わないでくれ」
「何でだよ?冒険者増えるぜ?村の収益になるだろ?」

いや、と、掌を突き出して口を開こうとしたときに、先にタカが言った。
「俺自体が冒険者で、今日はたまたま居たけど、いつもこの村に居るわけじゃ無いからね。アテにして無茶をする冒険者が増えたら困るだろ?」

「えっ、なんだ、常駐してないのか!」
男達はざわついて、残念そうに苦笑した。
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