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#30 冬の間の長話
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暫く吹雪が続いた。
さすがに家に籠もる日々が続く。
鍛冶屋一家のおかげで、時折怪我人や病人の治癒依頼が入る事もあったが、基本的にこの村の人々はあまり他人に頼らない事を、美徳とする気風があるから必要以上に依存される事も無く、治癒の報酬は基本は金銭で支払われた。
貧しい者や雪に閉ざされている故に、当面手持ちが無い者が物納で支払うという形だった。冬越えギリギリの食料しか備蓄が無く、物納も難しい者は、ウチの前の雪かきを数日やる事で納めた。
村人達が必要以上にタカに依存しないのは、春になったら討伐に出かけてしまう冒険者だと認識しているからだ。
最初に村に入るとき村長への説明も、職業は冒険者で魔法使い。俺の冒険者の相棒という事だった。
それでも。
対価のある労働と、何より受け止めきれないほどの感謝が浴びせられる日々は、神子様の心を随分暖めてくれたらしい。
少し気が緩んだのか、吹雪で籠もっていた日々は神子様の元の世界での話が良く出た。
つい俺の食いつきが良かったせいもあるのだが、元の世界での神子様の恋愛遍歴なども聞いた。
神子様は実は女性の恋人がいたのだ。召喚されたときにはとっくに、その恋は終わっていたらしいのだが。
その恋人と交際する以前には、別の恋人と一緒に暮らしていた事もあるらしい。そちらも女性だ。
女性が性対象ではない俺からすると微妙な気分ではあったが、ナタリー妃に抱きつかれたとき、赤くなっていたのはそういう事だったのかと思った。
そして、一時期男性の恋人も居たらしい。といってもその彼とは体の関係は何も無かったらしいが。
とてもお気に入りで、大好きな後輩だったと言っていた。
酷く必死に告白されて、イヤじゃなかったから付き合う事にした。でも元の世界は、同性の恋愛はこの世界ほど当たり前では無かったから、その後輩は結局勝手に思い悩んで不安定になって、恋人らしい触れ合いなどろくに無いまま破局してしまったらしい。
「もうホントに可愛いヤツだったんだよ。図体はデカかったけど。何でも一生懸命で、でも不器用で失敗しちゃあ落ち込んで・・・」
愛おしそうに回想しながら微笑む表情や口調に、一抹の嫉妬を覚えないでも無かったけれど、でもそれよりはそんな大切な思い出や人間関係から無理矢理引き離されてここに居る神子様に胸が痛んだ。
・・・そして。
神子様の恋愛対象が女性なのだという事実は、少しだけ・・・いや、だいぶ堪えた。
何を期待していたんだろう、俺は。
一緒に暮らせるようになって、周りから恋人認定されているのを、否定されないのをいい事に。勝手にいい気になっていた。
違うんだ。
そういうことにしておいた方が自然だからなんだ。それだけだ。
俺は・・・。
心がないのに求めてばかりの陛下とは違う。
少なくとも神子様は俺を信頼してくれている。
それだけで良いんだ。
心の中で必死に自分に言い訳をした。
陛下と言えば。
あの後、強引に神殿に騎士団を乗り込ませて家捜しまでしたらしい。
それを止めようとする神官達を蹴散らし、巻き込まれた信者や施療院に通っている患者などの中にも、怪我を負った者が居る。
その横暴ぶりには、敬虔な信者である高位貴族の反感をも買った。王都市民に至っては言うまでも無い。
後宮でも、今まで知っていても全く関心を寄せなかったくせに、ここに来て急に、今まで神子様にしてきた嫌がらせの数々を、過去を掘り起こして責め立て始めた。
王妃の管理不足を叱責し、冬場に薪を支給しなかったこと、度々食事を提供しなかったこと、汚物や動物の死骸などを出すような嫌がらせをしてきたこと。
汚れたリネン類を持ってきたこと、洗濯物を更に汚して持ってきたこと。
神子様の宮の庭先に汚物や烏の死体などをばらまいたこと。
それに携わった使用人を鞭で打ち解雇した。ともするとその者達の主人である側妃達をも罰した。
解雇された使用人が、街で職探しを始めたことにより瞬く間にその噂は広まった。
彼女達のしたことも呆れられたが、それを命じた妃達や、知っていて放置していた後宮警備部、そして神子様をそんな環境に放置していた陛下の噂なども、解雇された悔しさからむしろ大袈裟に巷にばらまかれた。
そういった者達が、王宮内の事情を悪く言っていることで、王家の評判が落ちているという報告を受け、陛下は不届き者達を探し出し始末するように命じた。
城下で一時、連続通り魔事件などが起きて新聞を騒がせていたが、その話が辺境の俺達の耳に入るのはもっとずっと後だった。
それ以外にも。
秋の治癒行脚で立ち寄った先の宿泊所や宿場で、神子様と面識を持った者達を取り調べさせたりしている。
その取り調べがまた理不尽で、匿っていると決めつけるように責め立てる。
いかに、中央が不測の事態に、冷静に対処出来ない連中かが窺える。
いつまで経っても神子様は戻らず、その様子から、既に従属アイテムが機能していないことに勘づいてからは、そのアイテムを売った業者や作成した工房まで責め立てて、商売の権利を取り上げたりもした。
もともと商人の間ではこの国王は評価が低い。
市井では、大勢の女を囲い、贅沢三昧する以外に能が無い愚王の噂が面白おかしく語られ始めている。
あげくに、今回数人の側妃を追放し、最も寵愛深いナタリー妃は懐妊中で閨を訪えない事で新たに二人の側妃を召し上げた。
そしてそれぞれに又、豪勢な輿入れの儀と祝宴を催すという愚行を重ねた。
商人達の噂では、王宮からの定例の買い付けで、一部未払いが生じ始めているとか居ないとか。
王宮や神殿の内情は殆どが神子様の“盗聴”で、市井の噂などは、殆どが義兄の元に入ってきた商人ルートからだ。
吹雪の合間の穏やかな日は、神子様の転移でストグミク市の姉の婚家に行って、その後の姉の状態や双子の様子を見に行き、そのついでに買い物をして戻ったりした。
その際には、義兄や商会の男衆から王都の話を面白おかしく聞かされた。
殆どのことは神子様はもう知っていることばかりだったようだが、空気を読んで彼らの話に、ひとつひとつ驚きの相槌を打って聞き入っていた。
さすがに家に籠もる日々が続く。
鍛冶屋一家のおかげで、時折怪我人や病人の治癒依頼が入る事もあったが、基本的にこの村の人々はあまり他人に頼らない事を、美徳とする気風があるから必要以上に依存される事も無く、治癒の報酬は基本は金銭で支払われた。
貧しい者や雪に閉ざされている故に、当面手持ちが無い者が物納で支払うという形だった。冬越えギリギリの食料しか備蓄が無く、物納も難しい者は、ウチの前の雪かきを数日やる事で納めた。
村人達が必要以上にタカに依存しないのは、春になったら討伐に出かけてしまう冒険者だと認識しているからだ。
最初に村に入るとき村長への説明も、職業は冒険者で魔法使い。俺の冒険者の相棒という事だった。
それでも。
対価のある労働と、何より受け止めきれないほどの感謝が浴びせられる日々は、神子様の心を随分暖めてくれたらしい。
少し気が緩んだのか、吹雪で籠もっていた日々は神子様の元の世界での話が良く出た。
つい俺の食いつきが良かったせいもあるのだが、元の世界での神子様の恋愛遍歴なども聞いた。
神子様は実は女性の恋人がいたのだ。召喚されたときにはとっくに、その恋は終わっていたらしいのだが。
その恋人と交際する以前には、別の恋人と一緒に暮らしていた事もあるらしい。そちらも女性だ。
女性が性対象ではない俺からすると微妙な気分ではあったが、ナタリー妃に抱きつかれたとき、赤くなっていたのはそういう事だったのかと思った。
そして、一時期男性の恋人も居たらしい。といってもその彼とは体の関係は何も無かったらしいが。
とてもお気に入りで、大好きな後輩だったと言っていた。
酷く必死に告白されて、イヤじゃなかったから付き合う事にした。でも元の世界は、同性の恋愛はこの世界ほど当たり前では無かったから、その後輩は結局勝手に思い悩んで不安定になって、恋人らしい触れ合いなどろくに無いまま破局してしまったらしい。
「もうホントに可愛いヤツだったんだよ。図体はデカかったけど。何でも一生懸命で、でも不器用で失敗しちゃあ落ち込んで・・・」
愛おしそうに回想しながら微笑む表情や口調に、一抹の嫉妬を覚えないでも無かったけれど、でもそれよりはそんな大切な思い出や人間関係から無理矢理引き離されてここに居る神子様に胸が痛んだ。
・・・そして。
神子様の恋愛対象が女性なのだという事実は、少しだけ・・・いや、だいぶ堪えた。
何を期待していたんだろう、俺は。
一緒に暮らせるようになって、周りから恋人認定されているのを、否定されないのをいい事に。勝手にいい気になっていた。
違うんだ。
そういうことにしておいた方が自然だからなんだ。それだけだ。
俺は・・・。
心がないのに求めてばかりの陛下とは違う。
少なくとも神子様は俺を信頼してくれている。
それだけで良いんだ。
心の中で必死に自分に言い訳をした。
陛下と言えば。
あの後、強引に神殿に騎士団を乗り込ませて家捜しまでしたらしい。
それを止めようとする神官達を蹴散らし、巻き込まれた信者や施療院に通っている患者などの中にも、怪我を負った者が居る。
その横暴ぶりには、敬虔な信者である高位貴族の反感をも買った。王都市民に至っては言うまでも無い。
後宮でも、今まで知っていても全く関心を寄せなかったくせに、ここに来て急に、今まで神子様にしてきた嫌がらせの数々を、過去を掘り起こして責め立て始めた。
王妃の管理不足を叱責し、冬場に薪を支給しなかったこと、度々食事を提供しなかったこと、汚物や動物の死骸などを出すような嫌がらせをしてきたこと。
汚れたリネン類を持ってきたこと、洗濯物を更に汚して持ってきたこと。
神子様の宮の庭先に汚物や烏の死体などをばらまいたこと。
それに携わった使用人を鞭で打ち解雇した。ともするとその者達の主人である側妃達をも罰した。
解雇された使用人が、街で職探しを始めたことにより瞬く間にその噂は広まった。
彼女達のしたことも呆れられたが、それを命じた妃達や、知っていて放置していた後宮警備部、そして神子様をそんな環境に放置していた陛下の噂なども、解雇された悔しさからむしろ大袈裟に巷にばらまかれた。
そういった者達が、王宮内の事情を悪く言っていることで、王家の評判が落ちているという報告を受け、陛下は不届き者達を探し出し始末するように命じた。
城下で一時、連続通り魔事件などが起きて新聞を騒がせていたが、その話が辺境の俺達の耳に入るのはもっとずっと後だった。
それ以外にも。
秋の治癒行脚で立ち寄った先の宿泊所や宿場で、神子様と面識を持った者達を取り調べさせたりしている。
その取り調べがまた理不尽で、匿っていると決めつけるように責め立てる。
いかに、中央が不測の事態に、冷静に対処出来ない連中かが窺える。
いつまで経っても神子様は戻らず、その様子から、既に従属アイテムが機能していないことに勘づいてからは、そのアイテムを売った業者や作成した工房まで責め立てて、商売の権利を取り上げたりもした。
もともと商人の間ではこの国王は評価が低い。
市井では、大勢の女を囲い、贅沢三昧する以外に能が無い愚王の噂が面白おかしく語られ始めている。
あげくに、今回数人の側妃を追放し、最も寵愛深いナタリー妃は懐妊中で閨を訪えない事で新たに二人の側妃を召し上げた。
そしてそれぞれに又、豪勢な輿入れの儀と祝宴を催すという愚行を重ねた。
商人達の噂では、王宮からの定例の買い付けで、一部未払いが生じ始めているとか居ないとか。
王宮や神殿の内情は殆どが神子様の“盗聴”で、市井の噂などは、殆どが義兄の元に入ってきた商人ルートからだ。
吹雪の合間の穏やかな日は、神子様の転移でストグミク市の姉の婚家に行って、その後の姉の状態や双子の様子を見に行き、そのついでに買い物をして戻ったりした。
その際には、義兄や商会の男衆から王都の話を面白おかしく聞かされた。
殆どのことは神子様はもう知っていることばかりだったようだが、空気を読んで彼らの話に、ひとつひとつ驚きの相槌を打って聞き入っていた。
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