釣った魚、逃した魚

円玉

文字の大きさ
上 下
23 / 100

#23 再会

しおりを挟む
俺がウェイゼセル市に到着した頃、神子様はちょうど最後の村の治癒が終わり、帰路に着くところだった。

距離の遠い方から巡行しているから、最後の村を終えたあとの王都帰還は、3日後の朝くらいだろうと言われた。
あと3日!
俺の心臓が早鐘のように打ち始める。

王宮に到着して帰還の挨拶をした後、その日は疲れているからとすぐに謁見の間から引き上げるだろう。

護衛騎士だけ、詳しい報告をさせるために執務室に呼び、夜まで語らせられる。
神殿での治癒活動や治癒行脚の時の俺もそうだった。

実は、その間神子様も後宮の王妃や位の高い側妃達に、帰還のご挨拶と報告をさせられて、結局疲れているというのに深夜まで自室で一休みも出来なかったらしい。
王妃や第二妃、第三妃にあたる高位側妃は椅子も勧めず立ったままずっと報告を述べさせていたという。

彼女達が何故そこまで神子様を軽んじていたのか俺には分からない。
誰に何を吹き込まれてその扱いを当たり前と思ったのか。

だがもうそれも過去の事だ。

俺はそのままウェイゼセル市で暫く滞在して神子様の到着を待った。
乗合馬車が都市の馬車駅に到着するのは、各方面行きの、それぞれ1日2回。

とはいえ天候にも左右されるから曖昧だ。
なかなか到着しない馬車にイライラしていたのは俺だけでは無い。その馬車に乗って次の都市に行こうとしている乗客もずっと待たされていた。
他方面行きはとっくに出ている。

雪道だから、途中数カ所危ない箇所があったようだ。
盗聴しているから知っている。

俺は街路樹の囲いに腰掛けて、白い息を吐きながら行き交う人々を漫然と眺めていた。イヤーカフからは、同じ馬車に乗り合わせた、小さな子供を複数ともなった家族連れの声が聴こえる。神子様は無言だ。眠っているのかも知れない。

そのうちに誰かの「やっと来たぞ」という声で、遙か遠くの都市城壁のゲートの方を見ると、乗合馬車の姿がゆっくりと近づいてきた。

近づく馬車を見つめながら俺はいつの間にか立ち上がっていた。
ゾロゾロと降りてくる乗客達。その最後に出て来たのが薄汚れたローブを纏った“タカ”だった。

タカはすぐにボーッと佇む俺の姿を見つけ「よっ」と片手をあげて「お待たせ」と言いながら近づいてきた。

何故か自分の中ではもっと劇的な再会を勝手に想像していた。

気持ちが昂ぶって抑えられなくて、思わず駆け寄り思い切り抱きしめてしまうような・・・。
でも、そんな事出来るはずも無い。
何かから護るためでも無ければ、神子様を抱き寄せるなんて出来るはずも無いんだ。

けれども、もう何だって良い。
そこに神子様が居る。これからずっと一緒にいられる。
それ以上の何かなんて何故望まなくてはいけないのか。

「お疲れさまです」
やっと絞り出した言葉はそれだった。

「途中大変でしたね」
「ああ、聴いてた?そうなんだよ。・・・ねえ、何はともあれどこかでゴハンにしよう。もうお腹ペコペコで」
俺がハイと応えると持っていた粗末な木ぎれのような杖で小突かれた。
「コラ!もう今の俺は冒険者の相棒、タカだから」
笑いながら言う。

その日は一旦ウェイゼセル市に一泊し、翌朝郊外の競り市場で馬を一頭買い、街で鞍も買って二人並んで騎馬で進む事にした。

再開した晩は何気に祝杯を挙げた。少しだけ良いワインをグラスで頼み乾杯している最中タカはブハッと噴き出した。
「ゴメンゴメン、今朝から王宮が面白い事になっているもんだから」

おそらく“盗聴”しているのだろう。

前日王都に帰還。
自室で湯浴みした後、床についた所まで、ユノも侍女も、俺の後釜の騎士から引き継いだ後宮警備部も確認した。

だが、今朝はどこにも居ない。
忽然と姿を消したのだ。

最初は舌打ちをして面倒くさそうだったユノも、騎士も侍女達も、そのうち本格的に探し始めた。だが、どこにも居ない。だんだんとヤバいと気づき始め、終いには後宮中を巻き込んでの大騒ぎとなった。

当然陛下の元にもその知らせは行く。

「ユノは湯浴みを手伝った際に、ちゃんとコレが装着されていたのを確認したかと厳しく問い詰められていたんだけどね。・・・でも実際ユノは湯浴みの手伝いなんてしてないからしどろもどろだったんだよ」
揚げた小エビをパクパク食べながら可笑しそうに笑って陛下に付けられた従属アイテムを指で持ち上げて見せた。

以降の道中は最初寒かったが、次第に体が温まってきた。

何しろ、タカは時折思い出したようにその時その時の王宮の混乱がどうなっているかを伝えてきて、二人は悪戯が成功した子供みたいな気持ちで、笑い合いながら馬を進めたからだ。

馬車では無く、騎馬に切り替えた事で、3日弱程度で姉の家がある都市ストグミク市に到着した。

「お姉さんとお義兄さんに紹介してくれるんだろう?」
えっ、と、俺は思わず声が出てしまった。
「まさか、聴いていたんですか?」

あの時の会話を?『大切な人』とか『好きなんでしょう?』とか言ってなかったか?アレを聴かれた?神子様は・・・いや、タカは悪戯っぽく笑って。

「俺のためにバスタブまで用意してくれたんだって?」
ああ、そうか。
あの時の会話を聴かれていたならそれももう・・・。サプライズにならなかった事に少し気落ちしてしまう。

「ゴメンゴメン。先に聴いちゃって。でもありがとう。すっげー楽しみにしてんだよ」
肩を叩きながらそう言ってくれたから、まあいいかと思った。
姉と義兄に紹介したときは、タカはみすぼらしい魔法使いの冒険者だった。

既に二人からこの人が『ただの相棒』では無いと聞かされていた義家族は、何故か祝宴を準備していると言う。
慌ててその認識を否定しようとする俺を窘めて、タカは「ありがとうございます」と礼を言った。

「それならば、せっかくなので、多少身なりを整えさせてもらっても良いですか」

姉の家で湯浴みをさせて貰い、後宮から持ち出したシンプルな貴族の平服に着替え、タカは認識阻害をほんの少しだけ解除した。

それでも、完全な神子様の姿よりは、地味に見えるようにはしてあったけれど。
でもどう見ても冴えない魔法使いでは無く、品の良い華奢な美青年になって現れ、姉と義兄を驚かせた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の力を搾取される偽物の侯爵令息は本物でした。隠された王子と僕は幸せになります!もうお父様なんて知りません!

竜鳴躍
BL
密かに匿われていた王子×偽物として迫害され『聖女』の力を搾取されてきた侯爵令息。 侯爵令息リリー=ホワイトは、真っ白な髪と白い肌、赤い目の美しい天使のような少年で、類まれなる癒しの力を持っている。温和な父と厳しくも優しい女侯爵の母、そして母が養子にと引き取ってきた凛々しい少年、チャーリーと4人で幸せに暮らしていた。 母が亡くなるまでは。 母が亡くなると、父は二人を血の繋がらない子として閉じ込め、使用人のように扱い始めた。 すぐに父の愛人が後妻となり娘を連れて現れ、我が物顔に侯爵家で暮らし始め、リリーの力を娘の力と偽って娘は王子の婚約者に登り詰める。 実は隣国の王子だったチャーリーを助けるために侯爵家に忍び込んでいた騎士に助けられ、二人は家から逃げて隣国へ…。 2人の幸せの始まりであり、侯爵家にいた者たちの破滅の始まりだった。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

処理中です...