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#16 滑落事故
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窓の外の景色が、真っ白に雪をかぶっているのを見た神子様が、その美しさに喜んでバルコニーに歩み出て、バルコニーから庭に降りる階段で足を滑らせて、腰をしたたかに打った。
それは、茶道具を片付けに来た侍女達も居たときのことだったから「わー、すごい。真っ白だ」と言いながら、バルコニーに出て行った神子様を、誰もが認識していた。
俺が大股でバルコニーに向かって歩き始め、ユノが厚手の上着を持って追いかけた直後に、窓の外から「あーーーーっ!!!」という悲鳴が聞こえ、足を滑らせたのだと言うのも、その場に居た侍女達が知っている。
侍女の一人は、慌てて御殿医を呼びに行き、俺はユノの見ている前で、神子様を抱き上げカウチソファまで運んだ。
おそらく雪で濡れてしまった服を、ユノが侍女達と共に取り替えるであろう。
着替えの間は俺は部屋を出る。
到着した御殿医が招き入れられたのと一緒に、再び部屋に入った時には、緩い寝衣に着替えさせられ、寝台に横たわる神子様の姿が有った。
天蓋のレースを下ろし、御殿医が助手の治癒師と共に中に入って、暫くすると「痛いッ痛い!あっ、そ、そこ痛た・・・ッ」という悲鳴が聞こえてきた。おそらく、触診されているのだろう。
侍女達は、少し痛ましそうな表情をした者も居たが、あからさまに面倒くさそうに舌打ちする者も居た。
危ないからと、雪かきをしようとする侍女達がいたから、俺はそれを制止した。
「陛下がいらした際に、神子様が事故で踏み外した事を証明しないと不味いだろう。でない、と誰かが突き落としたなんて言われかねない」
侍女達は、一様に自分がその嫌疑を受けるのは御免だとばかりに、すぐにその場を離れた。
打撲部位を御殿医が治療していると、情報が伝わった王妃が訊ねてきた。
それは酷く心配そうで、以前の彼女だったら、きっと神子様のヘマを嗤いにきたか、あるいは面倒ごとを起こしたことを咎めに来た、というようなシーンだったはずだ。
天蓋のカーテンの隙間から「状態はどうなのですか?酷いのですか?」と御殿医に尋ね、その流れで、神子様にも心配そうに「傷みますか?ああ、そのままで。無理をしなくても良いのです」などと労っている。
どうしたんだ王妃。まさか本当に心配しているのか?
極寒の時季に薪を支給しなかったり、忘れたふりして数日間食事を運ばなかったり、時々クローシュを開けると、ディナーの皿の上に死んだネズミが乗っていたときもある。
運ばれてきたリネンの殆どが雑巾のように汚れていたときも。
確かに王妃が取り立ててそれを命じたのでは無かっただろう。それでも侍女達の噂話でそういう目に遭っている神子様を皆で酒の肴にして嗤っていたのを俺は知っている。
噂話が好きなのは侍女だけとは限らないんだ。
そんな嫌がらせに興じていた王妃が本気で心配するなどにわかには信じられない。
「どうぞお構いなく。とんだへまをしてしまいました。お恥ずかしい限りです。
ああ、王妃様、今宵陛下が我が宮にお渡りくださると先ほど先触れを頂いたのですが、この有様でございますので・・・」
「分かりました。わたくしの方から陛下に言伝させておきましょう。
神子様はそのまましっかりと静養なさいね。
・・・ではすぐに使いを出しに戻ります。御殿医殿、くれぐれもよろしく」
そう言うとすぐに退室した。
神子様は腰だけで無く背中、腕、足などにも打撲痕が浮き始め、打撲部位は熱を持って腫れているところもあるらしい。
年老いた御殿医と助手に過ぎない治癒師では魔力もさほど強くは無く、せいぜい腰と背中の一番痛む場所の熱を鎮め苦痛を和らげる程度で既に息が上がっている状態だった。
腫れている部分は暫く冷やした後その場で御殿医がブレンドした薬草の粉を助手が練ってある程度の量をこしらえておく。
それを一日に何度か侍女やユノに交換するよう指示している。
冷やすための濡れタオルを持ち込んだ侍女が、天蓋のレースから出てくるときに、何故か頬を染めて口許を手で覆いながら小走りに出て来た。
彼女は同僚達数人に、やや興奮気味に言う。
「ビックリしたわ。女の私から見ても妬ましいほどの肌なのよ!」
小声で言っているつもりだろうけれど興奮しているから抑制がきかないらしく丸聞こえだ。
「水を弾くようなきめの細かさと弾力で。しかも妖しいほどに腰が細くて。陛下が囲い込むのが分かるわ」
聞こえてくる内容に俺は耳を塞ぎたくなった。
聞いてはいけない。
聞けば想像してしまう。
今ですら必死に抑え込んでいる気持ちがある。
決して呑まれてはいけない。
俺は何事も無いかのようなフリをしながら退室し、リビングで待機していた御殿医案内役の女官に「王妃様にお知らせした際、陛下にも伝えて頂けたので?」と訊ねた。
「はい、王妃様へのお知らせと同時に伝達を送りました」
そんな話をしていたら廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
衛兵に取り次ぎ無く突き進んでくることから、それが陛下の足音である事が分かる。
大きく扉を開け放って、大股で入室しながら「神子、怪我をしたというのは本当か」と寝台に駆け寄った。
無遠慮に天蓋のレースを開けて、中に踏み込み横たわる神子様を見て、少しだけ声を落として「傷むか?」などと訊いていた。
「申し訳ありません。あんまり雪景色が綺麗だったものですから。つい考えも無く庭に出ようとしてしまって」
侍女は訊かれるより早くに、陛下に伴われた騎士に場所を示して伝えた。
「そこに神子様が滑ってしまったあとがございます。ご確認されますか?」
案内され、明らかに足を滑らせた痕跡と、神子と、助けに行った俺以外の足跡がない事を騎士は確認した。
「今の時期、まだ雪が少々湿気を含んでいるので滑られたのだと思います。バルコニーに飛び出されたときに、お止めするべきでした」
俺は神妙に俯きながら、直立して反省の言葉を述べた。
騎士の鋭い視線を向けられたユノは、とっさに「で、ですが・・・急に飛び出されたのでお止めする暇も無く・・・」ともごもごと言い訳をする。その場に居た侍女達も、皆その言葉に真剣に頷いていた。
「その者達の言う事は本当です。私が迂闊だったのです」
神子様の苦しそうな声が、レースのカーテンの向こうから聞こえた。
それは、茶道具を片付けに来た侍女達も居たときのことだったから「わー、すごい。真っ白だ」と言いながら、バルコニーに出て行った神子様を、誰もが認識していた。
俺が大股でバルコニーに向かって歩き始め、ユノが厚手の上着を持って追いかけた直後に、窓の外から「あーーーーっ!!!」という悲鳴が聞こえ、足を滑らせたのだと言うのも、その場に居た侍女達が知っている。
侍女の一人は、慌てて御殿医を呼びに行き、俺はユノの見ている前で、神子様を抱き上げカウチソファまで運んだ。
おそらく雪で濡れてしまった服を、ユノが侍女達と共に取り替えるであろう。
着替えの間は俺は部屋を出る。
到着した御殿医が招き入れられたのと一緒に、再び部屋に入った時には、緩い寝衣に着替えさせられ、寝台に横たわる神子様の姿が有った。
天蓋のレースを下ろし、御殿医が助手の治癒師と共に中に入って、暫くすると「痛いッ痛い!あっ、そ、そこ痛た・・・ッ」という悲鳴が聞こえてきた。おそらく、触診されているのだろう。
侍女達は、少し痛ましそうな表情をした者も居たが、あからさまに面倒くさそうに舌打ちする者も居た。
危ないからと、雪かきをしようとする侍女達がいたから、俺はそれを制止した。
「陛下がいらした際に、神子様が事故で踏み外した事を証明しないと不味いだろう。でない、と誰かが突き落としたなんて言われかねない」
侍女達は、一様に自分がその嫌疑を受けるのは御免だとばかりに、すぐにその場を離れた。
打撲部位を御殿医が治療していると、情報が伝わった王妃が訊ねてきた。
それは酷く心配そうで、以前の彼女だったら、きっと神子様のヘマを嗤いにきたか、あるいは面倒ごとを起こしたことを咎めに来た、というようなシーンだったはずだ。
天蓋のカーテンの隙間から「状態はどうなのですか?酷いのですか?」と御殿医に尋ね、その流れで、神子様にも心配そうに「傷みますか?ああ、そのままで。無理をしなくても良いのです」などと労っている。
どうしたんだ王妃。まさか本当に心配しているのか?
極寒の時季に薪を支給しなかったり、忘れたふりして数日間食事を運ばなかったり、時々クローシュを開けると、ディナーの皿の上に死んだネズミが乗っていたときもある。
運ばれてきたリネンの殆どが雑巾のように汚れていたときも。
確かに王妃が取り立ててそれを命じたのでは無かっただろう。それでも侍女達の噂話でそういう目に遭っている神子様を皆で酒の肴にして嗤っていたのを俺は知っている。
噂話が好きなのは侍女だけとは限らないんだ。
そんな嫌がらせに興じていた王妃が本気で心配するなどにわかには信じられない。
「どうぞお構いなく。とんだへまをしてしまいました。お恥ずかしい限りです。
ああ、王妃様、今宵陛下が我が宮にお渡りくださると先ほど先触れを頂いたのですが、この有様でございますので・・・」
「分かりました。わたくしの方から陛下に言伝させておきましょう。
神子様はそのまましっかりと静養なさいね。
・・・ではすぐに使いを出しに戻ります。御殿医殿、くれぐれもよろしく」
そう言うとすぐに退室した。
神子様は腰だけで無く背中、腕、足などにも打撲痕が浮き始め、打撲部位は熱を持って腫れているところもあるらしい。
年老いた御殿医と助手に過ぎない治癒師では魔力もさほど強くは無く、せいぜい腰と背中の一番痛む場所の熱を鎮め苦痛を和らげる程度で既に息が上がっている状態だった。
腫れている部分は暫く冷やした後その場で御殿医がブレンドした薬草の粉を助手が練ってある程度の量をこしらえておく。
それを一日に何度か侍女やユノに交換するよう指示している。
冷やすための濡れタオルを持ち込んだ侍女が、天蓋のレースから出てくるときに、何故か頬を染めて口許を手で覆いながら小走りに出て来た。
彼女は同僚達数人に、やや興奮気味に言う。
「ビックリしたわ。女の私から見ても妬ましいほどの肌なのよ!」
小声で言っているつもりだろうけれど興奮しているから抑制がきかないらしく丸聞こえだ。
「水を弾くようなきめの細かさと弾力で。しかも妖しいほどに腰が細くて。陛下が囲い込むのが分かるわ」
聞こえてくる内容に俺は耳を塞ぎたくなった。
聞いてはいけない。
聞けば想像してしまう。
今ですら必死に抑え込んでいる気持ちがある。
決して呑まれてはいけない。
俺は何事も無いかのようなフリをしながら退室し、リビングで待機していた御殿医案内役の女官に「王妃様にお知らせした際、陛下にも伝えて頂けたので?」と訊ねた。
「はい、王妃様へのお知らせと同時に伝達を送りました」
そんな話をしていたら廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
衛兵に取り次ぎ無く突き進んでくることから、それが陛下の足音である事が分かる。
大きく扉を開け放って、大股で入室しながら「神子、怪我をしたというのは本当か」と寝台に駆け寄った。
無遠慮に天蓋のレースを開けて、中に踏み込み横たわる神子様を見て、少しだけ声を落として「傷むか?」などと訊いていた。
「申し訳ありません。あんまり雪景色が綺麗だったものですから。つい考えも無く庭に出ようとしてしまって」
侍女は訊かれるより早くに、陛下に伴われた騎士に場所を示して伝えた。
「そこに神子様が滑ってしまったあとがございます。ご確認されますか?」
案内され、明らかに足を滑らせた痕跡と、神子と、助けに行った俺以外の足跡がない事を騎士は確認した。
「今の時期、まだ雪が少々湿気を含んでいるので滑られたのだと思います。バルコニーに飛び出されたときに、お止めするべきでした」
俺は神妙に俯きながら、直立して反省の言葉を述べた。
騎士の鋭い視線を向けられたユノは、とっさに「で、ですが・・・急に飛び出されたのでお止めする暇も無く・・・」ともごもごと言い訳をする。その場に居た侍女達も、皆その言葉に真剣に頷いていた。
「その者達の言う事は本当です。私が迂闊だったのです」
神子様の苦しそうな声が、レースのカーテンの向こうから聞こえた。
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