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#09 助けられ癖
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今回の治癒行脚は2ヶ月掛かって移動しながら遠征の時たどった村を再び巡った。
我が国ではいつの頃からか50年に一度くらいの割合で神子様の召喚というのを行ってきたらしい。
今代で歴代何代目なのかは知らない。
その村は、遠くに山岳地帯の峰を望み山から流れてくる澄んだ川が豊かな実りをもたらし、立地条件が悪いが故に飛び抜けた発展はないものの、それでもそこそこ食うに困らない日々を送れる長閑で美しい村だった。
それがあの頃、瘴気ポイント発生によって村人の半数近くが瘴気アタリに倒れた。大半は軽かったが、中にはかなりの瘴気を体内に取り込んでしまい、昏睡状態に近い者も居た。
神子様が村に来てくれるという先触れを聞いて、村人は歓喜した。
自分たちの大切な家族がそれで健康を取り戻すと思ったのだ。
だが、遠征隊の一行は瘴気を浄化し、再びポイントが現れないように結界を張った後は急いで次のポイント目指して出立してしまったのだ。
神官達は治癒のために残った。だが神官達は瘴気の浄化の能力は無い。詰まるところ彼らには根治できないのだ。
それでも顕現している症状だけは何とか治癒して一見快方に向かったかのように見えた。しかし神官達が去った後又少しずつ元に戻る。
この一年の間に結局命を落とした者も少なくは無かった。
村人達は神子様に恨みを抱いた。
以前、タカとギルドの依頼をこなしていた後、なんとはなしにタカが話していた事がある。
「人間てね不思議なもので、助けられ癖ってのが付いちゃうんだよね。まあ、みんなとは言わないけど」
「助けられ癖・・・?」
「スゴく不運なことがあった人に助けて欲しいと縋られたら助けちゃうよね。気の毒に思って。
で、そのときは助けられた方も感謝する。けど、その人は又似たような状況もしくはもっと悪い状況になって又助けを求める。
二度目三度目となるとそう簡単には助けてもらえなくなる。
だってさ、大抵の人はそもそもそんなに人を助ける余力なんて無い。殆どの人はみんな日々の生活に頑張っていてそれぞれの人生の都合があるんだよ。
それをそうそう他人を助けるために時間や体力や資産を犠牲にはできないよ。そういう職業ならともかく。
それでもまあ、誰かに助けてもらえたとする。
・・・するとね、その人はもう自力で問題解決するよりも先にまずその親切な人に助けてもらうことを考えるようになっちゃう。そして不思議なことに助けてもらえる事を自身の権利だと思い違いをするようになる。
・・・だから「もうムリ」とか言って拒まれるとものすごく不当な目に遭ったような気になって相手を恨むようになるんだ」
なんだそれ。
そんな馬鹿な。信じられない。そう思った。
だが俺のそんな考えはお見通しだったタカは苦笑した。
「君にはまだ分からないかも知れないけど。・・・でも結構普通に居るよ。人間は弱いものだよね。・・・心が弱いんだよ。楽な方に流れる気持ちを止めることは酷く難しいんだよ」
俺がそれを思い出したのは、その村に入ったときに我々一行、特に神子様に対して村人が憎悪をむき出しにしてきたときだった。
彼らは神子様に向け罵声を浴びせてきた。
「何故、遠征のあの時足を止めて治癒してくれなかった」
「あんたが治癒してくれていれば息子は死ななくて済んだのに」
「何故一年も放っておいた」
「王様とちちくり合って俺達民の事なんぞどうでも良かったんだろが、この淫売」
「何のために召喚されてきたんだよ」
誰かが石を投げつけてきた。するとそれに続いて他にもいくつか。
俺はとっさに神子様を庇い覆い被さった。
鈍い音を立てて額と側頭部、背中や二の腕に衝撃が走った。
自分の顔に生暖かい液体が垂れてきたのを感じた。
「マクミランッ」
神子様が叫んだ。
「やめろ」「やめないか」「鎮まれ」
神官達の制止の声が飛び交う。「うるせえっ!死んじまえ」と罵りながら中年の親父が投げつけてきたレンガが破裂音と供に神子様の手前で展開された魔方陣に当たって砕けた。
一人の若い神官が村人達の前に進み出て両手を広げた。
その背後で俺と神子様を纏めて覆っている魔方陣が光っている。
「この愚か者どもめがッ」
若い長身の神官は低いが良く通る声で威圧した。
瞬間村人達の怒声も止み、一斉に動きも止まった。振り上げた拳や石を持つ手もそのままに。
「見ろ、神子様が怯えていらっしゃる」
村人の目が一斉に神子様を見たとき、神子様は震えながら俺にしがみつき口許を手で隠して涙を流していた。
そして、次の瞬間俺の顔に流れる血を見てそれを指で拭い、見つめた後ガクリと意識を失った。
「神子様ッ」
俺は神子様を抱えて居並ぶ神官達の列を後戻りにたどって自分の馬に二人乗りに騎乗し「この状態では神子様の治癒作業など出来ない!戻る!」
そう言って馬の首を巡らせ向きを変えた。
背後では村人の怒号と哀願が入り交じった声が上がっていた。
立ち去る俺達を罵る者、待て戻れと命じる者、何故だ我々を見捨てるのかと抗議する者、許してください、行かないでください、助けてくださいと乞う者、あとは互いが「お前があんなことを言うから」「お前達が石を投げたりするから」と責め合う者達。
「愚かな・・・。あれほどに怯えさせてしまったのだ。もしかするともうこの村には来られないかも知れない。誰の咎かようく考えるが良い」
村人達のそれらの声を、あの若い神官が諫めながら他の神官達共々撤退の態勢に入りそれぞれの馬に跨がった。
神子様を乗せていた馬車は空のまま一行と共に村を後にした。
我々は後戻りし、前日まで滞在していた直近の礼拝所に再び逗留することになった。
「ゴメンね」
俺の腕の中で神子様が囁いた。俺は無言で頷く。
気を失ったのも、あの涙も、怯えも、アレは全て神子様の演技だ。
そして俺はその演技に乗った。
あの胸くそ悪い場所から即刻去るために。
我が国ではいつの頃からか50年に一度くらいの割合で神子様の召喚というのを行ってきたらしい。
今代で歴代何代目なのかは知らない。
その村は、遠くに山岳地帯の峰を望み山から流れてくる澄んだ川が豊かな実りをもたらし、立地条件が悪いが故に飛び抜けた発展はないものの、それでもそこそこ食うに困らない日々を送れる長閑で美しい村だった。
それがあの頃、瘴気ポイント発生によって村人の半数近くが瘴気アタリに倒れた。大半は軽かったが、中にはかなりの瘴気を体内に取り込んでしまい、昏睡状態に近い者も居た。
神子様が村に来てくれるという先触れを聞いて、村人は歓喜した。
自分たちの大切な家族がそれで健康を取り戻すと思ったのだ。
だが、遠征隊の一行は瘴気を浄化し、再びポイントが現れないように結界を張った後は急いで次のポイント目指して出立してしまったのだ。
神官達は治癒のために残った。だが神官達は瘴気の浄化の能力は無い。詰まるところ彼らには根治できないのだ。
それでも顕現している症状だけは何とか治癒して一見快方に向かったかのように見えた。しかし神官達が去った後又少しずつ元に戻る。
この一年の間に結局命を落とした者も少なくは無かった。
村人達は神子様に恨みを抱いた。
以前、タカとギルドの依頼をこなしていた後、なんとはなしにタカが話していた事がある。
「人間てね不思議なもので、助けられ癖ってのが付いちゃうんだよね。まあ、みんなとは言わないけど」
「助けられ癖・・・?」
「スゴく不運なことがあった人に助けて欲しいと縋られたら助けちゃうよね。気の毒に思って。
で、そのときは助けられた方も感謝する。けど、その人は又似たような状況もしくはもっと悪い状況になって又助けを求める。
二度目三度目となるとそう簡単には助けてもらえなくなる。
だってさ、大抵の人はそもそもそんなに人を助ける余力なんて無い。殆どの人はみんな日々の生活に頑張っていてそれぞれの人生の都合があるんだよ。
それをそうそう他人を助けるために時間や体力や資産を犠牲にはできないよ。そういう職業ならともかく。
それでもまあ、誰かに助けてもらえたとする。
・・・するとね、その人はもう自力で問題解決するよりも先にまずその親切な人に助けてもらうことを考えるようになっちゃう。そして不思議なことに助けてもらえる事を自身の権利だと思い違いをするようになる。
・・・だから「もうムリ」とか言って拒まれるとものすごく不当な目に遭ったような気になって相手を恨むようになるんだ」
なんだそれ。
そんな馬鹿な。信じられない。そう思った。
だが俺のそんな考えはお見通しだったタカは苦笑した。
「君にはまだ分からないかも知れないけど。・・・でも結構普通に居るよ。人間は弱いものだよね。・・・心が弱いんだよ。楽な方に流れる気持ちを止めることは酷く難しいんだよ」
俺がそれを思い出したのは、その村に入ったときに我々一行、特に神子様に対して村人が憎悪をむき出しにしてきたときだった。
彼らは神子様に向け罵声を浴びせてきた。
「何故、遠征のあの時足を止めて治癒してくれなかった」
「あんたが治癒してくれていれば息子は死ななくて済んだのに」
「何故一年も放っておいた」
「王様とちちくり合って俺達民の事なんぞどうでも良かったんだろが、この淫売」
「何のために召喚されてきたんだよ」
誰かが石を投げつけてきた。するとそれに続いて他にもいくつか。
俺はとっさに神子様を庇い覆い被さった。
鈍い音を立てて額と側頭部、背中や二の腕に衝撃が走った。
自分の顔に生暖かい液体が垂れてきたのを感じた。
「マクミランッ」
神子様が叫んだ。
「やめろ」「やめないか」「鎮まれ」
神官達の制止の声が飛び交う。「うるせえっ!死んじまえ」と罵りながら中年の親父が投げつけてきたレンガが破裂音と供に神子様の手前で展開された魔方陣に当たって砕けた。
一人の若い神官が村人達の前に進み出て両手を広げた。
その背後で俺と神子様を纏めて覆っている魔方陣が光っている。
「この愚か者どもめがッ」
若い長身の神官は低いが良く通る声で威圧した。
瞬間村人達の怒声も止み、一斉に動きも止まった。振り上げた拳や石を持つ手もそのままに。
「見ろ、神子様が怯えていらっしゃる」
村人の目が一斉に神子様を見たとき、神子様は震えながら俺にしがみつき口許を手で隠して涙を流していた。
そして、次の瞬間俺の顔に流れる血を見てそれを指で拭い、見つめた後ガクリと意識を失った。
「神子様ッ」
俺は神子様を抱えて居並ぶ神官達の列を後戻りにたどって自分の馬に二人乗りに騎乗し「この状態では神子様の治癒作業など出来ない!戻る!」
そう言って馬の首を巡らせ向きを変えた。
背後では村人の怒号と哀願が入り交じった声が上がっていた。
立ち去る俺達を罵る者、待て戻れと命じる者、何故だ我々を見捨てるのかと抗議する者、許してください、行かないでください、助けてくださいと乞う者、あとは互いが「お前があんなことを言うから」「お前達が石を投げたりするから」と責め合う者達。
「愚かな・・・。あれほどに怯えさせてしまったのだ。もしかするともうこの村には来られないかも知れない。誰の咎かようく考えるが良い」
村人達のそれらの声を、あの若い神官が諫めながら他の神官達共々撤退の態勢に入りそれぞれの馬に跨がった。
神子様を乗せていた馬車は空のまま一行と共に村を後にした。
我々は後戻りし、前日まで滞在していた直近の礼拝所に再び逗留することになった。
「ゴメンね」
俺の腕の中で神子様が囁いた。俺は無言で頷く。
気を失ったのも、あの涙も、怯えも、アレは全て神子様の演技だ。
そして俺はその演技に乗った。
あの胸くそ悪い場所から即刻去るために。
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