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ろくしょう!

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 アリーの目の前で、この世界を守る天使様が鼻水を垂らしながら泣いている。アベルはひたすら難しい顔をしている。
 事実は小説より奇なり、という言葉がこれほど似合う話もないな、とアリーは心の片隅で思った。
 自分たちが暮らす世界は末端だった。それも、果てしなくどうでもいい世界。傷つくよりも、笑いが込み上げてきた。ははは、と乾いた笑い声をあげた瞬間、涙がこぼれた。

「わたしたちはわたしたちで、きちんと生きてるのに……」

 途方もなく悔しかった。なんだそれふざけんな、わたしの過去9回の人生をどうしてくれる! と目の前の天使を責めようにも、マディロールのげっそりと頬のこけた顔を見ると怒れない。
 込み上げてきた怒りをどうすべきかわからなくて、床をごろんごろん転がり回りたい。でもできない。気が付いたらアリーは手で顔を覆って、ものすごい勢いで泣いていた。
 
『ごめんなあ……』

 後ろめたさみたいなものが滲む声で、マディロールがつぶやいた。アリーは泣きながら歯を食いしばって、小さく首を横に振った。
 人は平等なんかじゃない。力を持つ者が持たない者を支配する現象は、オランドリア王国という小さな国にあっても当り前で。わかっちゃいるけど、胸が痛くて仕方ない。

『最初はな、俺もどこか冷めた目で見てたふしがあるんだ。コネがないばっかりに下等な世界に配属されたって憤ってもいたし。聖女ミアってのは、元は神が直接支配している上位世界の住人でな』

 アリーの頭を撫でながら、マディロールが言う。

『神の意向は絶対で、疑問を抱くことは罪悪扱いされ、怠慢だと言われる。ちょっとミスったからおわびに遊ばせてやってくれって、なんだよそれって思うだろ? ミアが夢のような人生を謳歌しきったら、全部なかったことにしてやるからって。馬鹿じゃねえかと思う。この世界の人間にだって、自我も心も痛みもあるってのに……』

『神に対してそこまで言うとは。もうほとんど堕天していると思いますけど』

 アベルの言葉に『たしかにな』とマディロールが返し、深く重いため息を吐いた。

『あくまでも仕事と割り切ってるつもりだった。体力も気力も限界で、毎日もがくみたいで。上位世界の天使どもは既得権益にどっぷり浸かって魑魅魍魎みてえだし』

『それが変わったのは、なぜです? 聖女ミアの魂を何の欠落もなく接待して、上位世界に送り返すことだけ考えていたんでしょう?』

 アベルが尋ねる声を、アリーは嗚咽を漏らしながら聞いた。ごくごくと喉が鳴る音が聞こえる。マディロールは豪快にげっぷをしてから『だって全員健気なんだもん』と答えた。

『うまく説明できねえのが歯がゆいけど。普通は人生って決して戻れないし、止まれねえじゃん。上手くいこうが失敗しようが、一本道じゃん。でも今、この世界は通常営業じゃなくて、それは神を恨むしかないんだけど、聖女ミアが満喫したいパターンを全部こなして初めて『あがり』なわけ』

『ふむ。そのあがりが10回目、つまり今回だったというところですか?』

『そうなわけ。俺たちだって予想外の事態だったよ、初期状態に戻ってみたら公爵令嬢アリーシアはいねーし、王太子たちは筋肉ムキムキになってるし。ごちゃごちゃ言い訳するのもカッコ悪いから白状するけど、俺たち過去9回の『祈り』すらスルーしなくちゃならなかったの。でもそれはちゃんとどっかに届いてて、筋書きが変わっちまった。まあ殴られたみたいな気持ちになったよね』

 ぽんぽん、とアリーの頭に重みが加わる。マディロールが伝えようとしてくれている気持ちが、何となくわかった。

『公爵令嬢アリーシアが祈ってたように、王太子マクシミリアンも毎回祈ってたよ。それが届いた先がどこかよくわかんねえけど、俺、このままでいいのかなって思わされたよね』

「わだしがアリージアだっで、ごぞんじだっだんでずが……」

 泣きすぎて声が上手く出てこない。アリーが顔から手を離すと、憔悴しきったマディロールの顔と、ハンカチを差し出しているアベルの優しい顔が飛び込んできた。魔王の優しさに甘えて、アリーはちーんと鼻をかんだ。

『そりゃわかるよ、だって魂が同じだもん。ああ、こりゃあ祈りが結実したんだなって、王太子とか兄貴とか友人とかの『救ってやってくれ!』って願いが、男爵令嬢アリーとしていち抜けさせたんだなって』

「ぞんなん言われだら涙がどまりまぜん……」

 ずーっと筋肉祭りでやってきて、現状しんみりしまくりなので落差が激しすぎる。あと不明瞭な点も多すぎる。
 いち抜けしたとか言われても、まったく嬉しくなかった。何もできない、何もしてあげられない。そんなのは嫌すぎる。

<そうだ山へ行こう。マクシミリアンが帰ってくるまで、己を鍛えて鍛えて鍛えまくろう……っ!>

 アリーは立ち上がり、いきなり猛烈なダッシュをした。まぶたが腫れあがっているせいで壁に思いっきりぶつかったが、そんなことはお構いなしに走った。
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