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ろくしょう!
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わたしにできることはなんだろう。眠るマクシミリアンを見ながら、アリーはひたすら考えた。
本当は、血反吐を吐く勢いで過去9回の記憶をぶちまけたい。そしたら目の前に迫りくる聖女ミアのところへマクシミリアンが行く必要はなくなるかもしれない。
<ああ。なんか、もう>
思考がまとまらなくて、アリーは思わず天井を仰いだ。
この全身が筋肉の塊みたいな、暑苦しい格闘系絵物語を通り越してもうそれホラーファンタジーなんじゃないの? みたいな王太子様は、いつも誠実だ。どんなときもアリーに対して、本当の自分を見せてくれる。
<この人きっと、わたしの過去を知ったら怒涛の勢いで謝罪するんだろうなあ。でも、それはもういらないかもしれない。だってもう、十分すぎるほど態度で示してもらったもん……>
ファーストインパクトが凄すぎて、その後に続く日々もてんやわんやで、ごつい・いかつい・濃いの三拍子にいつの間にやら目が慣れて。
自分の心に手を突っ込んでマクシミリアンに対する気持ちを浚ってみると、出てきたのは「割と嫌いではない」以上のものだった。
四天王とその婚約者たちをうっかり羨ましく思ったわけではなく、ただただ純粋に「好きなのかもしれない」という乙女な気持ちが飛び出してきて、アリーは仰天した。
目線をマクシミリアンに戻す。鼻周辺に玉のような汗をかいていた。
水魔法で濡らしたガーゼで軽くふき取り、額の上の濡れタオルも交換する。鼠径部を冷やしたり、大量発汗で濡れてしまった下着を瞬時に乾かしたり、相手がジャンであれば恥ずかしくないお世話は、精霊たちが甲斐甲斐しく働いてくれた。
<なるべく不必要なストレスを感じないために、できるだけ関わらないでおこうと思ったのに。まさか自主的に『側にいたいの』方面に突っ走ることになるとは……>
《ご主人、突っ走るのもやむなしだと我は思うぞ。我だって最初見た時は『密林の奥地に幻の怪獣は実在した!』みたいな恐怖を覚えたが、最近になって思うのだ。ギャップにきゅんきゅんするというのはこういうことなんだな、と》
<たっくんって本当にあれだよね。わたし以上に乙女心を解するよね>
《うむ、伊達にご主人の胸にくっついてはいないからな。我はちょっと前から、甘酸っぱい初恋の波動を感じ取っていたぞ。王太子の見た目がちょっとどころではなくアレなせいでご主人の感情がカオスでな、判別には時間を要したが》
アリーは自分の頬が赤くなるのを感じた。なんでか知らんが、ちょっと涙ぐんでしまう。いやまあ恥ずかしくて死にそうなんだけど、ズバッと恋愛経験がないことを見抜かれた衝撃の大きさと言ったら。
<い、いや待って。まだそうと決まったわけじゃないから。いや多分そうなんだけど、自分でも『そうかもしれない』と気付いたばっかりで、それこそカオスだから。この人のことを両眼をかっぴらいて見続けるから。そしたら、ちゃんとわかると思うから……>
なんたって過去9回婚約していて、おまけに自分を断罪した相手だ。聖女ミアの魅了のせいとはわかっていても、気持ちは複雑に決まっていた。
マクシミリアンの見た目的に恋愛要素の入り込む隙などなさそうだったのに、何だろうこの感情。ものすごく恥ずかしいんだけど、それでもちょっと嬉しかったりするから恥ずかしさの倍率ドンって感じだ。
《ご主人は責任感が強いから、過去9回では恋愛相手というより、徹頭徹尾『正しい婚約者』であろうとしたんだろう。ひょろひょろマクシミリアンは、両眼を開けて見られ続けるとプレッシャーを感じるタイプ、しかし覇王系マクシミリアンなら恐らくどんとこいだ。片目をつぶってやる必要はないから、しっかり見続けるがいい》
<うん。でも見続けるだけというのももどかしいから、わたしはわたしで、未来のためにできることは全部しようと思う。この国のためになることなら、すべて>
アリーはたっくんと脳内会話をしながら、小一時間ほどマクシミリアンの側にいた。精霊たちの協力のおかげで、熱を下げるために必要だと思われることは全部できた。
脱水症状を防ぐための水に砂糖と食塩を混ぜるドリンクレシピを教えてもらい、おばあちゃんの知恵袋に心底感心していた時、廊下の外が騒がしくなってきた。すかさず風の精霊が声を拾って届けてくれたが、ラドフェン公爵と四天王たちが戻ってきたらしい。
アベルがくれた魔法石のおかげで移動に時間がかからず、迅速に情報収集ができたようだ。
彼らがこの部屋のドアをノックするまでは寝かせておいてあげよう、と思いながら、完成したドリンクをグラスに注いだ。
腹に力を込めて気合いを入れ直したアリーの髪とドレスを、精霊たちが「しょうがない子だねえ」と言わんばかりの顔つきで整えてくれた。溢れ出る実家のおばあちゃん感に、アリーは思わず微笑んだ。
本当は、血反吐を吐く勢いで過去9回の記憶をぶちまけたい。そしたら目の前に迫りくる聖女ミアのところへマクシミリアンが行く必要はなくなるかもしれない。
<ああ。なんか、もう>
思考がまとまらなくて、アリーは思わず天井を仰いだ。
この全身が筋肉の塊みたいな、暑苦しい格闘系絵物語を通り越してもうそれホラーファンタジーなんじゃないの? みたいな王太子様は、いつも誠実だ。どんなときもアリーに対して、本当の自分を見せてくれる。
<この人きっと、わたしの過去を知ったら怒涛の勢いで謝罪するんだろうなあ。でも、それはもういらないかもしれない。だってもう、十分すぎるほど態度で示してもらったもん……>
ファーストインパクトが凄すぎて、その後に続く日々もてんやわんやで、ごつい・いかつい・濃いの三拍子にいつの間にやら目が慣れて。
自分の心に手を突っ込んでマクシミリアンに対する気持ちを浚ってみると、出てきたのは「割と嫌いではない」以上のものだった。
四天王とその婚約者たちをうっかり羨ましく思ったわけではなく、ただただ純粋に「好きなのかもしれない」という乙女な気持ちが飛び出してきて、アリーは仰天した。
目線をマクシミリアンに戻す。鼻周辺に玉のような汗をかいていた。
水魔法で濡らしたガーゼで軽くふき取り、額の上の濡れタオルも交換する。鼠径部を冷やしたり、大量発汗で濡れてしまった下着を瞬時に乾かしたり、相手がジャンであれば恥ずかしくないお世話は、精霊たちが甲斐甲斐しく働いてくれた。
<なるべく不必要なストレスを感じないために、できるだけ関わらないでおこうと思ったのに。まさか自主的に『側にいたいの』方面に突っ走ることになるとは……>
《ご主人、突っ走るのもやむなしだと我は思うぞ。我だって最初見た時は『密林の奥地に幻の怪獣は実在した!』みたいな恐怖を覚えたが、最近になって思うのだ。ギャップにきゅんきゅんするというのはこういうことなんだな、と》
<たっくんって本当にあれだよね。わたし以上に乙女心を解するよね>
《うむ、伊達にご主人の胸にくっついてはいないからな。我はちょっと前から、甘酸っぱい初恋の波動を感じ取っていたぞ。王太子の見た目がちょっとどころではなくアレなせいでご主人の感情がカオスでな、判別には時間を要したが》
アリーは自分の頬が赤くなるのを感じた。なんでか知らんが、ちょっと涙ぐんでしまう。いやまあ恥ずかしくて死にそうなんだけど、ズバッと恋愛経験がないことを見抜かれた衝撃の大きさと言ったら。
<い、いや待って。まだそうと決まったわけじゃないから。いや多分そうなんだけど、自分でも『そうかもしれない』と気付いたばっかりで、それこそカオスだから。この人のことを両眼をかっぴらいて見続けるから。そしたら、ちゃんとわかると思うから……>
なんたって過去9回婚約していて、おまけに自分を断罪した相手だ。聖女ミアの魅了のせいとはわかっていても、気持ちは複雑に決まっていた。
マクシミリアンの見た目的に恋愛要素の入り込む隙などなさそうだったのに、何だろうこの感情。ものすごく恥ずかしいんだけど、それでもちょっと嬉しかったりするから恥ずかしさの倍率ドンって感じだ。
《ご主人は責任感が強いから、過去9回では恋愛相手というより、徹頭徹尾『正しい婚約者』であろうとしたんだろう。ひょろひょろマクシミリアンは、両眼を開けて見られ続けるとプレッシャーを感じるタイプ、しかし覇王系マクシミリアンなら恐らくどんとこいだ。片目をつぶってやる必要はないから、しっかり見続けるがいい》
<うん。でも見続けるだけというのももどかしいから、わたしはわたしで、未来のためにできることは全部しようと思う。この国のためになることなら、すべて>
アリーはたっくんと脳内会話をしながら、小一時間ほどマクシミリアンの側にいた。精霊たちの協力のおかげで、熱を下げるために必要だと思われることは全部できた。
脱水症状を防ぐための水に砂糖と食塩を混ぜるドリンクレシピを教えてもらい、おばあちゃんの知恵袋に心底感心していた時、廊下の外が騒がしくなってきた。すかさず風の精霊が声を拾って届けてくれたが、ラドフェン公爵と四天王たちが戻ってきたらしい。
アベルがくれた魔法石のおかげで移動に時間がかからず、迅速に情報収集ができたようだ。
彼らがこの部屋のドアをノックするまでは寝かせておいてあげよう、と思いながら、完成したドリンクをグラスに注いだ。
腹に力を込めて気合いを入れ直したアリーの髪とドレスを、精霊たちが「しょうがない子だねえ」と言わんばかりの顔つきで整えてくれた。溢れ出る実家のおばあちゃん感に、アリーは思わず微笑んだ。
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