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ろくしょう!
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『アリーがその魔法石に願えば、誰でも何人でも好きな場所へ運べます。よく考えてお使いなさい』
「アベル……ありがとう」
転移陣の魔法としての難易度は激烈に高い。これまでも魔力消費なしで出してくれていたのに、こんなに便利なお道具まで貸してくれるなんて。
代償としていずれ魂が魔界に引っ張られちゃうかもしれないけど、たっくんも老後はあっちで過ごしたいみたいだしまあいいや、などと思いながらアリーは腹に力を込め、体幹を使ってぎゅいんとマクシミリアンの腕の中から抜け出した。
大切な魔法石を包み込んだ右こぶしを「そいや!」と床につき、そこから気合いを入れて立ち上がる。アリーが淑女らしく微笑むと、空中に半分だけ残っていた黒点がすうっと消えて行った。
「殿下、そしてラドフェン公爵様、我儘をひとつ申し上げてよろしいでしょうか。愛する弟に会いに行きたいのは山々ですが、現状わたくしは表立って動かない方がよいと思うのです」
アリーがさらに言葉を続けようとしたとき、ラドフェン公爵が「皆まで言うな」の顔つきでにっこり微笑んだ。
「そうだね。アリーちゃんはマクシミリアンから大変なものを盗んじゃったしね。あの聖女が望んでいるものは愛とか恋と違うような気がするが、一番恨まれているのは確実だから下手に動かない方がいい。弟君の身の安全は、私が速やかに確保しよう」
「よろしくお願いいたします。いつでも魔法石で飛べるようにしておきますので」
「わかった。マクシミリアンのこと、よろしく頼むね。言うこと聞かなかったら、お尻ぺんぺんしていいから」
それは全力でご遠慮したい、とアリーが困った顔をすると、ラドフェン公爵は笑いながら部屋を出て行った。四天王たちもそれに続く。事件は現場で起きているのだから、いつまでも私室でうだうだしているわけにはいかないのだ。
聖女ミアはアッパラッパラッパーな頭の持ち主なので、難しいこと考えてない。ちょっと揺さぶりをかければ、すべてが自分の思い通りになるとでも思っているのだろう。たしかに有効策ではあるが、言うまでもなく愚策だ。
「では、俺も陣頭指揮にあたる。アリーはスティラのところで待っているがいい」
「ちょおおっとお待ちを。殿下が今一番やるべきことは熱を下げることです。代わりのきかないあなたがぶっ倒れるわけにはいきませんし、まあ聖女ミアもそれを狙ってるんでしょうけど、とにかく少しだけでも寝てください」
「大丈夫だ、心配ない。この程度の熱、あると思えばあるし、無いと思えば無い。要するに、気の持ちようだ」
「たしかに、殿下はたくましくなられました。身体的にも精神的にも、とてもお強い。筋肉は重いけどフットワークは軽いし……でも、今のあなたはちゃんと弱ってるんです。万全の状態でないときにのこのこ出て行ったら、聖女ミアの思うつぼです」
マクシミリアンの名誉のために申し添えると、尋常ではなく汗臭いのは高熱のせいにほかならない。至近距離でワルツを練習していた時は、だいたい無臭だったし。
「もし本当に治癒魔法に使用制限がかかって……光の天使がおかしな動きをしているなら、泡を食ったご両親から呼び出しがかかるでしょう」
アリーは手を伸ばし、マクシミリアンの頬に触れた。とても熱い。アリーは己の中の保護欲が、限界まで刺激されるのを感じた。同時に聖女ミアに対し、ここしばらくで一番の殺意を感じる。
「さあ、ベッドに行きましょう。どうせ短い睡眠時間になります、その間はアリーがずっとお側にいますから」
襟首掴んで「そいや!」とベッドに投げ飛ばす気構えだったのだが、マクシミリアンは素直に「わかった」とうなずいた。
変わったなあ、と思う。イケメンはびこる王子様業界ではトップクラスに美しかったが、貧弱で卑屈で、頑固かと思ったら周りに流されやすくて。男のプライドが邪魔をするのか、公爵令嬢アリーシアのアドバイスなんか、ほとんど聞きゃしなかったのに。
続き間の扉を開けると、これ何サイズだ? と首をひねりたくなるほど大きなベッドがどーんと置かれていた。超プライベートな空間だけあって、雑多なものがあっちこっちに落ちている。まあ大体がトレーニング器具だ。
その中に奇妙で微妙な物体を見つけて、アリーは思わず身を屈めて拾い上げた。
「ああ、それは気にしないでいい。妙な趣味があるわけではなく、夢の中の惰弱な自分との違いを確認するためのグッズだ」
それは腰までありそうな銀髪ロン毛のウィッグだった。マクシミリアンのごつい指先が、アリーの手からウィッグを攫って行く。そしてぽふっと頭に乗せて、覇王は淡く微笑んだ。
「こういっちゃなんだが、夢の中の俺は顔だけはいいんだ。銀の髪がさらさらして、美しいこと以外はいいところがまず見当たらない。だが今の俺には似合わんだろう。ここまでくるのに、10年かかった」
「そ、そうですね……。なんかこう、言葉もないとはこのことですね……」
こうしてみると、本当に過去との違いが明確だ。たしかにイケメンではないけれど、ちゃんと整った精悍な顔立ち。自分が美しいことを理解し尽くした過去9回よりも、よほど素敵に見える。
「では、小一時間ほど寝る。何かあったらすぐに起こしてくれ」
そういってマクシミリアンはベッドに入り、目をつぶった。3、2、1の入眠だった。やっぱり体がつらかったんだな、と思いながら、アリーはマクシミリアンの頭からウィッグをそっと抜き取った。
「アベル……ありがとう」
転移陣の魔法としての難易度は激烈に高い。これまでも魔力消費なしで出してくれていたのに、こんなに便利なお道具まで貸してくれるなんて。
代償としていずれ魂が魔界に引っ張られちゃうかもしれないけど、たっくんも老後はあっちで過ごしたいみたいだしまあいいや、などと思いながらアリーは腹に力を込め、体幹を使ってぎゅいんとマクシミリアンの腕の中から抜け出した。
大切な魔法石を包み込んだ右こぶしを「そいや!」と床につき、そこから気合いを入れて立ち上がる。アリーが淑女らしく微笑むと、空中に半分だけ残っていた黒点がすうっと消えて行った。
「殿下、そしてラドフェン公爵様、我儘をひとつ申し上げてよろしいでしょうか。愛する弟に会いに行きたいのは山々ですが、現状わたくしは表立って動かない方がよいと思うのです」
アリーがさらに言葉を続けようとしたとき、ラドフェン公爵が「皆まで言うな」の顔つきでにっこり微笑んだ。
「そうだね。アリーちゃんはマクシミリアンから大変なものを盗んじゃったしね。あの聖女が望んでいるものは愛とか恋と違うような気がするが、一番恨まれているのは確実だから下手に動かない方がいい。弟君の身の安全は、私が速やかに確保しよう」
「よろしくお願いいたします。いつでも魔法石で飛べるようにしておきますので」
「わかった。マクシミリアンのこと、よろしく頼むね。言うこと聞かなかったら、お尻ぺんぺんしていいから」
それは全力でご遠慮したい、とアリーが困った顔をすると、ラドフェン公爵は笑いながら部屋を出て行った。四天王たちもそれに続く。事件は現場で起きているのだから、いつまでも私室でうだうだしているわけにはいかないのだ。
聖女ミアはアッパラッパラッパーな頭の持ち主なので、難しいこと考えてない。ちょっと揺さぶりをかければ、すべてが自分の思い通りになるとでも思っているのだろう。たしかに有効策ではあるが、言うまでもなく愚策だ。
「では、俺も陣頭指揮にあたる。アリーはスティラのところで待っているがいい」
「ちょおおっとお待ちを。殿下が今一番やるべきことは熱を下げることです。代わりのきかないあなたがぶっ倒れるわけにはいきませんし、まあ聖女ミアもそれを狙ってるんでしょうけど、とにかく少しだけでも寝てください」
「大丈夫だ、心配ない。この程度の熱、あると思えばあるし、無いと思えば無い。要するに、気の持ちようだ」
「たしかに、殿下はたくましくなられました。身体的にも精神的にも、とてもお強い。筋肉は重いけどフットワークは軽いし……でも、今のあなたはちゃんと弱ってるんです。万全の状態でないときにのこのこ出て行ったら、聖女ミアの思うつぼです」
マクシミリアンの名誉のために申し添えると、尋常ではなく汗臭いのは高熱のせいにほかならない。至近距離でワルツを練習していた時は、だいたい無臭だったし。
「もし本当に治癒魔法に使用制限がかかって……光の天使がおかしな動きをしているなら、泡を食ったご両親から呼び出しがかかるでしょう」
アリーは手を伸ばし、マクシミリアンの頬に触れた。とても熱い。アリーは己の中の保護欲が、限界まで刺激されるのを感じた。同時に聖女ミアに対し、ここしばらくで一番の殺意を感じる。
「さあ、ベッドに行きましょう。どうせ短い睡眠時間になります、その間はアリーがずっとお側にいますから」
襟首掴んで「そいや!」とベッドに投げ飛ばす気構えだったのだが、マクシミリアンは素直に「わかった」とうなずいた。
変わったなあ、と思う。イケメンはびこる王子様業界ではトップクラスに美しかったが、貧弱で卑屈で、頑固かと思ったら周りに流されやすくて。男のプライドが邪魔をするのか、公爵令嬢アリーシアのアドバイスなんか、ほとんど聞きゃしなかったのに。
続き間の扉を開けると、これ何サイズだ? と首をひねりたくなるほど大きなベッドがどーんと置かれていた。超プライベートな空間だけあって、雑多なものがあっちこっちに落ちている。まあ大体がトレーニング器具だ。
その中に奇妙で微妙な物体を見つけて、アリーは思わず身を屈めて拾い上げた。
「ああ、それは気にしないでいい。妙な趣味があるわけではなく、夢の中の惰弱な自分との違いを確認するためのグッズだ」
それは腰までありそうな銀髪ロン毛のウィッグだった。マクシミリアンのごつい指先が、アリーの手からウィッグを攫って行く。そしてぽふっと頭に乗せて、覇王は淡く微笑んだ。
「こういっちゃなんだが、夢の中の俺は顔だけはいいんだ。銀の髪がさらさらして、美しいこと以外はいいところがまず見当たらない。だが今の俺には似合わんだろう。ここまでくるのに、10年かかった」
「そ、そうですね……。なんかこう、言葉もないとはこのことですね……」
こうしてみると、本当に過去との違いが明確だ。たしかにイケメンではないけれど、ちゃんと整った精悍な顔立ち。自分が美しいことを理解し尽くした過去9回よりも、よほど素敵に見える。
「では、小一時間ほど寝る。何かあったらすぐに起こしてくれ」
そういってマクシミリアンはベッドに入り、目をつぶった。3、2、1の入眠だった。やっぱり体がつらかったんだな、と思いながら、アリーはマクシミリアンの頭からウィッグをそっと抜き取った。
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