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ごしょう!
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「これは一体どういうことなの! 男爵家の娘が悪役令嬢って、ありえなくはないけどストーリー的に斬新すぎないっ!?」
風の精霊がミアの大きすぎるつぶやきを拾ってきた。
「類まれな魔力を持つ男爵令嬢が、ラドフェン公爵家の養女になるなんて、これって悪役令嬢というよりは、まさかのダブルヒロインっ!?」
<悪役令嬢? ダブルヒロイン?>
ご高齢の精霊たちの魔法は、もはや千里眼、地獄耳の域に達しており、天使たちの警戒を容易にかいくぐる。
ミアの周囲を、光の天使たちがふよふよと漂っているのが感じられるが、精霊たちはひるむ様子もない。
アリーは光属性を持っていないから光の天使たちの姿は見えないが、筋肉量の増加とともに魔力量が飛躍的に増えているので、彼らが何となくおろおろしていることはわかった。
<おろおろしているのは、ミアの思い通りにいかない『ストーリー』に対してか、いきなり魔法大決戦の様相を呈していることに対してか……>
ワルツの調べに乗ってくるくると旋回しながら、アリーは思考の海に沈んだ。マクシミリアンは涼しい顔だが、ステップを踏むことに必死らしく、むやみに話しかけてこないのがありがたい。
へなちょこな魔力しか持っていない貴族たちにはまったく見えないし、感じ取れないだろうが、大広間の上の方には何体もの精霊たちと闇の五天王が、己の主人を守るためふよふよと漂っているのだ。
光属性一辺倒で、自然4属性はまったく使えないミアにも、その姿ははっきりとは見えないに違いない。
<しかしミアはクソほど魔力が高いから、マクシミリアンたちがあの子にとって『嫌なオーラ』を纏っているのは感じているはず……>
そこらへんも、ミアのイラつきの原因の一つになっているに違いない。
もうすぐワルツが終わろうとしている。マクシミリアンはアリーの体をくるりと回転させると、華麗な動きでダンスを締めくくった。
うやうやしくお辞儀をして、アリーの手の甲に唇を押し当てるという形で。満座の観衆から大きなため息が漏れ、ついで割れんばかりの拍手が巻き起こる。
<かーーーーーーっ! くっそ似合うっ!!!!>
これこそがマクシミリアンを血の海に沈めた必殺技、もといアリーが伝授したミア挑発のための『魅力的な王子様の振る舞いそのいち』だ。
彼がスムーズにこなせるようになるまで、つまり昨日まで覇王モードでこれを受け取っていたアリーを、誰か褒めてほしい。
<でもなんか、覇王の時の方がカッコよく見えたような……>
アリーは笑みを貼りつけたまま、内心で首をひねった。わたしってば疲れすぎて目がおかしくなったのね、と結論を下す。
世紀末覇王系マクシミリアンと、精霊たちの飴でドーピングした王子様、どっちがカッコいいかなんて決まりきっているのに。
「なによなによあの娘! ダブルヒロインなんて冗談じゃないわ、絶対にあの子が悪役令嬢に違いないんだからっ!!」
ミアが地団太を踏んでいる。はた目からは、庇護欲をそそる美少女がおどおどしているようにしか見えないのが恐ろしい。
<『ダブルヒロイン』はまだわかるけど……。どうやらミアにとって『悪役令嬢』ってのが、重要なキーワードみたいね>
社交シーズンの初っ端を飾る大舞踏会、その栄えあるファーストダンス。過去9回の人生では、王太子マクシミリアンと婚約者アリーシアのお披露目だった。まあその時点でミアの魅了は浸食していたので、ちょっとぎくしゃくしたんだけど。
<このファーストダンスを皮切りに、公爵令嬢アリーシアの立ち位置が、だんだん聖女ミアに奪われていく……>
しかし今回のファーストダンスは、聖女ミアと男爵令嬢アリーの戦いのゴング。こっちの思う通りにまんまと挑発されて、ミアがぽろぽろ言葉をこぼすので、アリー的には大変助かる。
「次はあの娘か……。風の精霊の拾った声を聞いていると、聖女というより頭の可哀そうな人にしか思えないが……」
クラバットを弄りながら、マクシミリアンがため息を漏らす。
「魅力的な姿を振りまくのも、王太子としての務めですわ。国王様と王妃様が『聖女ミア様を王太子妃に』と望んでおられるのですから、殿下はしっかりお相手なさいませんと」
「もちろん王太子としての務めはしっかり果たすが。アリー、俺としては──」
「さあ、聖女様がお待ちです」
アリーがにっこり微笑むと、マクシミリアンはようやく踵を返した。際立って魅力的な背中が、聖女ミアの方へと進んでいく。
ファーストダンスでは我儘を通し、王弟ラドフェン公爵がお勧めする一介の男爵令嬢と踊ったのだ。ここから彼は王太子として、決められた令嬢たちと次々踊らなくてはならない。
アリーがダンスフロアから下がると、数えきれないほどの好奇の目が襲ってきた。
なんたってアリーは、国王が激押しする聖女ミアを押しのけ、王弟ラドフェン公爵の後ろ盾で王太子のファーストダンスを勝ち取った男爵令嬢だ。
ミアを悔しがらせるという目的さえ果たせればそれでいい、どんとこい珍獣扱い! と思っていたら、目の前に貴公子たちの手が次々に差し出されてくる。
<え、どういうこと?>
《私とたっくんの予想通り、ダンスの申し込み殺到ですよ》
《案の定過ぎて、驚きもしないな》
ブローチとして胸元に張り付いているたっくん、ティアラにあしらわれたブラックダイヤモンドに擬態している黒点が、同時に「やれやれ」と笑いを漏らす。
マクシミリアンとミアのダンスが見たいのに、とアリーは内心で盛大に頭を抱えた。
風の精霊がミアの大きすぎるつぶやきを拾ってきた。
「類まれな魔力を持つ男爵令嬢が、ラドフェン公爵家の養女になるなんて、これって悪役令嬢というよりは、まさかのダブルヒロインっ!?」
<悪役令嬢? ダブルヒロイン?>
ご高齢の精霊たちの魔法は、もはや千里眼、地獄耳の域に達しており、天使たちの警戒を容易にかいくぐる。
ミアの周囲を、光の天使たちがふよふよと漂っているのが感じられるが、精霊たちはひるむ様子もない。
アリーは光属性を持っていないから光の天使たちの姿は見えないが、筋肉量の増加とともに魔力量が飛躍的に増えているので、彼らが何となくおろおろしていることはわかった。
<おろおろしているのは、ミアの思い通りにいかない『ストーリー』に対してか、いきなり魔法大決戦の様相を呈していることに対してか……>
ワルツの調べに乗ってくるくると旋回しながら、アリーは思考の海に沈んだ。マクシミリアンは涼しい顔だが、ステップを踏むことに必死らしく、むやみに話しかけてこないのがありがたい。
へなちょこな魔力しか持っていない貴族たちにはまったく見えないし、感じ取れないだろうが、大広間の上の方には何体もの精霊たちと闇の五天王が、己の主人を守るためふよふよと漂っているのだ。
光属性一辺倒で、自然4属性はまったく使えないミアにも、その姿ははっきりとは見えないに違いない。
<しかしミアはクソほど魔力が高いから、マクシミリアンたちがあの子にとって『嫌なオーラ』を纏っているのは感じているはず……>
そこらへんも、ミアのイラつきの原因の一つになっているに違いない。
もうすぐワルツが終わろうとしている。マクシミリアンはアリーの体をくるりと回転させると、華麗な動きでダンスを締めくくった。
うやうやしくお辞儀をして、アリーの手の甲に唇を押し当てるという形で。満座の観衆から大きなため息が漏れ、ついで割れんばかりの拍手が巻き起こる。
<かーーーーーーっ! くっそ似合うっ!!!!>
これこそがマクシミリアンを血の海に沈めた必殺技、もといアリーが伝授したミア挑発のための『魅力的な王子様の振る舞いそのいち』だ。
彼がスムーズにこなせるようになるまで、つまり昨日まで覇王モードでこれを受け取っていたアリーを、誰か褒めてほしい。
<でもなんか、覇王の時の方がカッコよく見えたような……>
アリーは笑みを貼りつけたまま、内心で首をひねった。わたしってば疲れすぎて目がおかしくなったのね、と結論を下す。
世紀末覇王系マクシミリアンと、精霊たちの飴でドーピングした王子様、どっちがカッコいいかなんて決まりきっているのに。
「なによなによあの娘! ダブルヒロインなんて冗談じゃないわ、絶対にあの子が悪役令嬢に違いないんだからっ!!」
ミアが地団太を踏んでいる。はた目からは、庇護欲をそそる美少女がおどおどしているようにしか見えないのが恐ろしい。
<『ダブルヒロイン』はまだわかるけど……。どうやらミアにとって『悪役令嬢』ってのが、重要なキーワードみたいね>
社交シーズンの初っ端を飾る大舞踏会、その栄えあるファーストダンス。過去9回の人生では、王太子マクシミリアンと婚約者アリーシアのお披露目だった。まあその時点でミアの魅了は浸食していたので、ちょっとぎくしゃくしたんだけど。
<このファーストダンスを皮切りに、公爵令嬢アリーシアの立ち位置が、だんだん聖女ミアに奪われていく……>
しかし今回のファーストダンスは、聖女ミアと男爵令嬢アリーの戦いのゴング。こっちの思う通りにまんまと挑発されて、ミアがぽろぽろ言葉をこぼすので、アリー的には大変助かる。
「次はあの娘か……。風の精霊の拾った声を聞いていると、聖女というより頭の可哀そうな人にしか思えないが……」
クラバットを弄りながら、マクシミリアンがため息を漏らす。
「魅力的な姿を振りまくのも、王太子としての務めですわ。国王様と王妃様が『聖女ミア様を王太子妃に』と望んでおられるのですから、殿下はしっかりお相手なさいませんと」
「もちろん王太子としての務めはしっかり果たすが。アリー、俺としては──」
「さあ、聖女様がお待ちです」
アリーがにっこり微笑むと、マクシミリアンはようやく踵を返した。際立って魅力的な背中が、聖女ミアの方へと進んでいく。
ファーストダンスでは我儘を通し、王弟ラドフェン公爵がお勧めする一介の男爵令嬢と踊ったのだ。ここから彼は王太子として、決められた令嬢たちと次々踊らなくてはならない。
アリーがダンスフロアから下がると、数えきれないほどの好奇の目が襲ってきた。
なんたってアリーは、国王が激押しする聖女ミアを押しのけ、王弟ラドフェン公爵の後ろ盾で王太子のファーストダンスを勝ち取った男爵令嬢だ。
ミアを悔しがらせるという目的さえ果たせればそれでいい、どんとこい珍獣扱い! と思っていたら、目の前に貴公子たちの手が次々に差し出されてくる。
<え、どういうこと?>
《私とたっくんの予想通り、ダンスの申し込み殺到ですよ》
《案の定過ぎて、驚きもしないな》
ブローチとして胸元に張り付いているたっくん、ティアラにあしらわれたブラックダイヤモンドに擬態している黒点が、同時に「やれやれ」と笑いを漏らす。
マクシミリアンとミアのダンスが見たいのに、とアリーは内心で盛大に頭を抱えた。
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