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さんしょう!

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「まあ、あれだ。『真実の姿は愛する人の前でだけ』というのもオツではないか。なあスティラ、お前は兄様の逞しい筋肉が好きだよな?」

「うん。ゴツゴツしてて面白いから好きー」

「そうかそうか、やはり俺の愛する妹だ。精霊どもの飴は、社交シーズンを円滑に乗り切るためだけに活用するとしよう」

「お兄様ー、スティラもその飴食べてみたいなあ」

 微笑ましい(?)兄妹の会話を眺めていたアリーは、大慌てで「いけません!」と叫んだ。800歳近いおばあちゃんたちの作った飴など、材料の消費期限からして相当にヤバそうだ。
 マクシミリアンの周囲を飛んでいた精霊ババアたちが、スティラの顔の前に集合する。そして曾孫ひまごを眺めるような眼差しで、ゆっくり首を横に振った。食べちゃいかん、ということらしい。

<なるほど、やはり筋肉特戦隊専用の劇薬ってわけか……>

 アリーは肩で息を吐きだした。
 マクシミリアンがスティラの頭をひと撫でし、そっと地面に下ろす。とととっとこちらに駆け寄ってくる可愛い主君を、今度はアリーが抱き上げた。

「第二形態でどこまで動けるか試しておく必要があるな。攻撃力、防御力……魔法操作や物理で殴る力を検証しておこう」

 マクシミリアンの言葉に、四天王たちが一斉にうなずく。魔法を行使するために精霊を呼び出すと、毎回ご褒美的に飴が残されていくシステムなので、在庫はいっぱいあるらしい。
 せーので口に入れて噛み砕き、彼らは同時に変身した。

『じゃあ、裏山まで運んで差し上げましょう。闇の使徒は非常に美意識が高いので、その姿の方が呼び出しやすいかもしれませんね。筋肉マシマシだと怖すぎて『我こそは四天王最弱』って言って、あの子たち逃げ出しちゃいそうなんで』

 ふわふわ浮いている黒点アベルがのたまう。

「そういえばアベルの四天王って、何て名前なの?」

 正しくは五天王だけど、と思いながらアリーは尋ねた。闇の四天王が美意識高めなら、なぜアリーが魔王を呼び出せたのかという謎は残るが、そっちはまあ捨て置くことにする。

『四天王就任に私が新しい名前を授けるシステムでして。アベルにちなんでイベル、ウベル、エベル、オベル、カベルにしました』

『大変わかりやすくて助かるが、もうちょっと凝ってやってもよかったと思うぞ』

 たっくんのナイスツッコミを聞いたところで、闇の触手が全員を包み込み、次の瞬間にはもう裏山にいた。

「わたしとスティラ様は残してくれてもよかったのに……」

 ここのところ謎の疾走感ありまくりな日々で、正直言って疲れている。精神の疲労は肉体のそれを遥かに凌駕することを痛感しまくりだ。
 マクシミリアンたちは、さっさと自然4属性の操作確認を始めた。その姿を見ているスティラが大変嬉しそうなのが唯一の癒しだ。

<しかしまあ、第二形態だと激烈に絵になるのが腹立つというかなんというか……>

 彼ら自身は己の屈強な筋肉に自信を持っており、偽りの姿をちやほやされても嫌悪感しか感じないようだが。
 ひっつきもっつきしながら育ってきた仲良し集団は、せっかく見た目が格好良くなっても汗臭く男くさいままらしい。真剣な顔で動き回りながら、あーでもないこーでもないと検証を続けている。

「む、王宮西翼に来客あり」

 成り上がりスティーブンがぱっと顔を上げた。

「今、私の耳に風魔法が届きました。不測の事態に備えて、西翼に私付きの風の精霊を残しておいたのです。彼らは風に乗せて声を拾ったり届けたりするのが得意ですから」

 ようやく間諜スパイらしいところを見せたスティーブンに、周囲から「おお」と賞賛の声が上がる。

「それで、誰が来た」

 主君の問いに、スティーブンが答える。

「……ええ、聞こえる声からすると……ヘイヴン伯爵とそのご家族のようです」

「ヘイヴン伯爵? ジャスパー・ヘイヴンか。脳血管障害を起こしてから、もう何年も屋敷から出てこなかったはずなのに……」

 マクシミリアンが軽く眉を上げる。アリーは全身が粟立つのを感じた。

<ジャスパー・ヘイヴン伯爵……。『聖女ミア』の養父……っ!>

 全身がガタガタと震え出して、こめかみから冷や汗がにじみ出た。

<過去9回の人生では、気付いた時にはもう、彼女はマクシミリアンに取り入っていた。いつどこで最初の出会いを果たしたのかもわからなかった。もしかして、今日がそうなの……っ!?>

 これまでの前世とは何もかも違う、ということはわかっていた。それなのに、同じだけの恐怖心を感じた。

「アリー、アリー、どうしたの。なんだか顔色が悪いみたい」

 スティラがこてんと首をかしげて、下から見上げてくる。その姿に弟のジャンが重なる。アリーははっと我に返った。

「いいえ、何でもありませんわ。さあスティラ様、お兄様にはお客様がいらっしゃったようです。西翼に戻って、少しお勉強をいたしましょうか」

 アリーはしゃがみ込み、己が守るべきものの小さな体を抱きしめた。
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