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にしょう!

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「とにかく、夢のお告げによれば『脅威』は社交界に現れるらしい。夢の中で脅威にとらわれた俺は何度も助けを呼ぶのだが、その声は誰にも届かなかった。しかし、今の俺はひと味違う。脅威に真っ向勝負を挑み、必ずや打ち勝って見せる……!」

 マクシミリアンの体を取り囲む暑苦しい闘気のオーラを見ながら、アリーは再び「聖女ミア逃げて、超逃げて!」と思わずにはいられなかった。
 しかし彼らが見ている夢の内容は、ずいぶんふんわりしているらしい──そんな風に思っていると、マクシミリアンがぎゅんっと首を巡らせてアリーを見た。

「アリーがいてくれて助かった。久しぶりに社交界に出ようにも、俺にはエスコートすべき婚約者がいない。母上の言う通りに 淑女レディの相手などしていては、脅威に立ち向かえないからな」

「え? は? わたしが殿下のお相手として社交界に出るんですか? わたしが一介の男爵令嬢だって、ちゃんとわかってます?」

「大丈夫だ、アリー。女ながらにその筋肉、なかなか見どころがある。お前なら、しっかり演じきれるだろう」

「すべての価値観を筋肉で統一するのやめて頂けます?」

 アリーは超高速で首を横に振りながら、胸の前でバッテンを作った。王太子が男爵令嬢をエスコート──そんなの、前代未聞にもほどがある。あの権威が大好きな王妃ベルフィアがそれを許すとは、到底思えない。

「それなら来月からスタートする社交シーズンの前に、超特急で誰かと婚約したらいいじゃないですか。王太子なんですから、小さな頃から見合いの話は矢のようにあったでしょうに。側近の皆様はちゃんと婚約しているのに、殿下はどうしてしなかったんですか?」

「そうだな。まあひとつには、俺の眼鏡にかなう女がいなかったということだ」

「またえらい上からだなあオイ」

「何か言ったか?」

「いえ何も~おほほほほほほ~」

 マクシミリアンにねめつけられて、アリーは慌ててごまかした。

「だが最大の理由は、やはり夢だ。繰り返し見る夢の中に、信じられないほどの美女が出てくる。俺は、その娘を泣かせてばかりだった……」

 一瞬遠くを見た後、マクシミリアンはアリーの目を真っすぐに見つめて微笑んだ。

「夢の娘はどことなく、アリーに似ている」

 アリーはぐっと息を呑んだ。今のはさすがに胸に突き刺さった。心の中で「似てないし……」と泣き笑いしてしまう。
 流れる水のように波打つ金の髪、澄み渡った空のような青い瞳、 磁器人形ビスクドールのように愛らしい顔立ち──今のアリーは、もう何ひとつ持っていない。
 あるものと言えば男爵令嬢という中途半端な身分と、病弱な弟とちょっと頼りない両親、狭くて貧弱な農地とそこに生きる領民たちに対する責任だけ。

<いやまてまて、センチメンタルになってどうする。それでいいんだって、もう関わり合いにならなくていいんだって>

 アリーが両手で自分のほっぺを叩いた瞬間、成り上がりスティーブンが「そういえば」と声を上げた。

「殿下、今日は王妃様が高位貴族の御婦人方を集めて、中央で音楽会を催す予定とか。おそらく、殿下の婚約者に相応しい娘がいないか、母親世代にヒアリングするつもりなのでしょう」

「母上め……。今の俺には、そのような暇はないと言っておいたというのに。スティーブン、魔法を使って 間諜スパイを放っておけ」

「御意」

 あ、やっぱ今でもその役目はスティーブンなんだ、と思いながらアリーは姿勢を整えた。
 魔法というものは血筋に宿り、貴族の特権と言ってもいい。とはいえ過去9回までの前世では、モヤシ集団すぎて魔法が不得手だった彼らが、どれほど成長したかはちゃんと見ておきたい。
 さていったいどんな詠唱で、何属性の魔法を使うのか──とワクワクしていたら、ちょっと空いたスペースまで移動したスティーブンが大股を開いて腰をぐっと落とした。そして左手を引き、右手を真っすぐ突き出す。

「ぬううううんっ!」

「いや待って待って、その魔法の発動方法絶対に間違ってるから!」

 アリーは立ち上がって叫んだ。男たちの血走った瞳が、一斉にアリーをとらえる。

「そうなのか? 俺たちは魔法が発動できるまで、この『正拳突き』をひたすら繰り返しているんだが……。もしやアリーには、高位貴族並みの行儀作法だけではなく、魔法の才能まであるというのかっ!?」

 マクシミリアンが少し呆然とした口調で言った。
 スティラがこてんと首をかしげて「そうだよー」と微笑んだ。

「アリーの魔法はすごいんだよ。お水でも土でも火でも、何でも自由自在に操れちゃうの」

 ニコニコしながらお菓子をほおばっているスティラに大物感を感じつつ、アリーはぺしんと己の額を叩いた。ここのところの忙しさにかまけて、口止めするのをすっかり忘れていた。
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