6 / 81
いっしょう!
6
しおりを挟む
「はい、スティラ様。あーんしてください」
超特急で作った麦粥を風魔法でちょうどいい熱さに調整して、アリーはスティラに向かって匙を差し出した。
<しまった、ついジャンにやるようにしちゃった>
まがりなりにも一国の王女様に、たかが男爵令嬢が! と心の中で壁に頭を打ち付けても後の祭り。
スティラはぽかんと口を開いて、それからダバーッと瞳から涙を溢れかえらせた。
「ああ、ああああすみませんスティラ様、ご無礼平にご容赦をーーーー!」
アリーがおわんと匙を持ったまま膝をつきかけたとき、スティラがふるふると首を振った。
「ちがうの、ちがうの……お母様を、思い出しただけ……。お母様、王宮のみんなから馬鹿にされていたけど、すごく優しかった……」
湯殿番という低い身分から国王陛下のお手付きとなり、スティラ様を身ごもった人の名前は、たしかケリーと言ったはず。
アリーは慌てておわんと匙をテーブルに置き、スティラの頬を流れる涙をハンカチで拭ってあげた。
「アリーさん、ごめんなさい。半年前にお母様が亡くなった後、この離宮でお金になりそうなものは、みんな持っていかれちゃったの。たまに商人さんが、食べ物や日用品を届けてくれるんだけど、それもいつの間にか無くなるの。せっかく優しくしてもらったのに、アリーさんにあげられるものは何も持ってないの……」
「ぐっはあっ!」
今度こそアリーは床に膝をつき、天を仰いだ。
たった10歳の女の子に何してくれとんじゃ、と四方八方に悪態をついて回りたい。少なくとも国王と王妃は全身を複雑骨折して、痛みにのたうち回るべきだと思う。
<え、でもできるんじゃない? 今のわたしならできちゃうんじゃない? さっき魔法使ってみたら、おっそろしいほど楽々発動出来ちゃったし>
アリーはきっと前を見据え、スティラの肩を強く掴んだ。
「スティラ様、ご心配なさいますな。アリーはずっとお側におります。わたくし貧乏育ちですから物欲はありませんし、やろうと思えば何でも自分の力で手に入れられますの!」
「何でも……?」
「ええ。見ていてくださいませ!」
アリーは高々と手を掲げ、最難関魔法である闇魔法の詠唱を始めた。
「漆黒の翼を持つ闇の使徒よ、その力を我の前に現せ! 詠唱以下省略で、この離宮で働いていた馬鹿どもの足取りを追い、不正の証拠を全部掴んでくるのよっ!!」
手のひらから飛び出した漆黒の闇が渦を巻き、やがて人の姿を取り始める。
魔力の強さは尊い血筋であればあるほど強いが、その使用には莫大な精神力と体力が求められる。
つまり、公爵令嬢アリーシアは高位魔法を使えるようでいて、そう連発できなかったのだ。なんたって箱入りすぎて体力がなかったから。
<ふふふ、しかし今の私は一味違うわ! なんたって6歳から畑で鍛えた、この泥臭い無尽蔵の体力がありますもの!>
ふはーーはっはっは!と高笑いしていると、やがて目の前に漆黒の闇を纏った美男子が現れた。闇の使い魔だ。
「さあ、情報収集をしてくるのよ。スティラ様周辺を余すところなく探ってきなさい!」
アリーは顎をしゃくって、最高位の使い魔をガチのお使いに出した。
「アリーって、すごい……」
呆然としているスティラに向かって、アリーは「まだまだこんなものじゃありませんわ」と微笑んで見せた。
「出でよ土人形っ!」
がばっとしゃがみ込んで床に手をつくと、窓の外で巨大な土の壁が盛り上がった。それはいくつもの小人となり、倉庫から勝手に鎌やら縄やらを取り出して、四方八方に散っていく。
「あの子たちが勝手に畑仕事をしてくれますし、イノシシやら野ブタを取ってきますわ。これで食糧問題は解決! さ、スティラ様、お食事を続けましょう」
アリーが再び匙を差し出すと、目をまん丸くしたスティラは素直に口を開いた。
「おいひいれふ……」
そうでしょうそうでしょう、とアリーはうなずいた。
お腹がびっくりしない程度の量を食べさせ、ジャンにするように頭をゆっくり撫でてやると、スティラはすぐに健やかな寝息を立て始めた。
食べ物が逆流しないように、スティラの身体をソファの背にもたれさせる。
「本当にすごいわ、この身体……。公爵令嬢だったころは、ひとつ魔法を使えば青息吐息だったのに。聖女ミアがばかすか魔法を使えたのって、単に体力馬鹿だったからなの……?」
ならば聖女ミア、恐るるに足らず。
ど田舎の男爵領で山を越え谷を越え、毎日体を鍛えまくっていたアリーは、高位魔法を連発してもちっとも疲れていなかった。
超特急で作った麦粥を風魔法でちょうどいい熱さに調整して、アリーはスティラに向かって匙を差し出した。
<しまった、ついジャンにやるようにしちゃった>
まがりなりにも一国の王女様に、たかが男爵令嬢が! と心の中で壁に頭を打ち付けても後の祭り。
スティラはぽかんと口を開いて、それからダバーッと瞳から涙を溢れかえらせた。
「ああ、ああああすみませんスティラ様、ご無礼平にご容赦をーーーー!」
アリーがおわんと匙を持ったまま膝をつきかけたとき、スティラがふるふると首を振った。
「ちがうの、ちがうの……お母様を、思い出しただけ……。お母様、王宮のみんなから馬鹿にされていたけど、すごく優しかった……」
湯殿番という低い身分から国王陛下のお手付きとなり、スティラ様を身ごもった人の名前は、たしかケリーと言ったはず。
アリーは慌てておわんと匙をテーブルに置き、スティラの頬を流れる涙をハンカチで拭ってあげた。
「アリーさん、ごめんなさい。半年前にお母様が亡くなった後、この離宮でお金になりそうなものは、みんな持っていかれちゃったの。たまに商人さんが、食べ物や日用品を届けてくれるんだけど、それもいつの間にか無くなるの。せっかく優しくしてもらったのに、アリーさんにあげられるものは何も持ってないの……」
「ぐっはあっ!」
今度こそアリーは床に膝をつき、天を仰いだ。
たった10歳の女の子に何してくれとんじゃ、と四方八方に悪態をついて回りたい。少なくとも国王と王妃は全身を複雑骨折して、痛みにのたうち回るべきだと思う。
<え、でもできるんじゃない? 今のわたしならできちゃうんじゃない? さっき魔法使ってみたら、おっそろしいほど楽々発動出来ちゃったし>
アリーはきっと前を見据え、スティラの肩を強く掴んだ。
「スティラ様、ご心配なさいますな。アリーはずっとお側におります。わたくし貧乏育ちですから物欲はありませんし、やろうと思えば何でも自分の力で手に入れられますの!」
「何でも……?」
「ええ。見ていてくださいませ!」
アリーは高々と手を掲げ、最難関魔法である闇魔法の詠唱を始めた。
「漆黒の翼を持つ闇の使徒よ、その力を我の前に現せ! 詠唱以下省略で、この離宮で働いていた馬鹿どもの足取りを追い、不正の証拠を全部掴んでくるのよっ!!」
手のひらから飛び出した漆黒の闇が渦を巻き、やがて人の姿を取り始める。
魔力の強さは尊い血筋であればあるほど強いが、その使用には莫大な精神力と体力が求められる。
つまり、公爵令嬢アリーシアは高位魔法を使えるようでいて、そう連発できなかったのだ。なんたって箱入りすぎて体力がなかったから。
<ふふふ、しかし今の私は一味違うわ! なんたって6歳から畑で鍛えた、この泥臭い無尽蔵の体力がありますもの!>
ふはーーはっはっは!と高笑いしていると、やがて目の前に漆黒の闇を纏った美男子が現れた。闇の使い魔だ。
「さあ、情報収集をしてくるのよ。スティラ様周辺を余すところなく探ってきなさい!」
アリーは顎をしゃくって、最高位の使い魔をガチのお使いに出した。
「アリーって、すごい……」
呆然としているスティラに向かって、アリーは「まだまだこんなものじゃありませんわ」と微笑んで見せた。
「出でよ土人形っ!」
がばっとしゃがみ込んで床に手をつくと、窓の外で巨大な土の壁が盛り上がった。それはいくつもの小人となり、倉庫から勝手に鎌やら縄やらを取り出して、四方八方に散っていく。
「あの子たちが勝手に畑仕事をしてくれますし、イノシシやら野ブタを取ってきますわ。これで食糧問題は解決! さ、スティラ様、お食事を続けましょう」
アリーが再び匙を差し出すと、目をまん丸くしたスティラは素直に口を開いた。
「おいひいれふ……」
そうでしょうそうでしょう、とアリーはうなずいた。
お腹がびっくりしない程度の量を食べさせ、ジャンにするように頭をゆっくり撫でてやると、スティラはすぐに健やかな寝息を立て始めた。
食べ物が逆流しないように、スティラの身体をソファの背にもたれさせる。
「本当にすごいわ、この身体……。公爵令嬢だったころは、ひとつ魔法を使えば青息吐息だったのに。聖女ミアがばかすか魔法を使えたのって、単に体力馬鹿だったからなの……?」
ならば聖女ミア、恐るるに足らず。
ど田舎の男爵領で山を越え谷を越え、毎日体を鍛えまくっていたアリーは、高位魔法を連発してもちっとも疲れていなかった。
302
お気に入りに追加
2,259
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる