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いっしょう!

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 お金にならない研究ばかりしている父に代わって、アリーは領地を切り盛りしていた。とはいえグランツ公爵家の領地に比べれば、猫の額どころか雀の涙ほどの広さしかない。
 10回目にして手に入れたアリー・クルネア男爵令嬢としての人生は、ある意味ではハードだ。なにしろ齢6歳から畑を耕している。

「おほほほほほほ、でもわたしにとっては超絶イージーモードーなのよ~、手にまめができようが日に焼けようが、断頭台に行かないで済むんですもの~」

 すね肉のシチューを弱火にした後、アリーは鍬を握り締めて領地に繰り出した。何しろ家が狭いので、10歩歩けばもう農地だ。
 男爵家の土地から得られる収入は微々たるもの、それで小作人の生活環境を向上させるのは難しい。
 しかしアリーには9回の公爵令嬢人生で得た知識がある。収入の一部を投資に回し、手堅くリターンを得ていた。
 小作人たちの住む家、領地内にかかる橋、小さな病院と学校も整備できたから、上々の部類だと思う。

「まあ、それですっからかんになっちゃったけど! でもでも、領地の民はいずれジャンを助けてくれるはずだもの。大事にしなくちゃね~」

 病院はジャンのために必要だし、学校も以下同文。アリーは嫁に行くつもりはないから、持参金も衣装代も必要ない。

「あああ~この土の感触ときたら! 生きてるって感じがしていいわああああああ~!」

 大声で叫びながらざっくざく畑を耕しているアリーを、領民はいつだって暖かい顔で見つめてくれる。

「わたしは! 一生! ここから出ない!」

 クルネア男爵家から、王都ファールドンは遥か彼方。万に一つもマクシミリアンに会うことは無いし、そもそも田舎すぎて情報が入ってこないし、奴が今何をしているかなんて興味はない。

「まあ、グランツ公爵家にアリーシアなんて娘はいないってことだけは、確認したけどね!」

 ツテをたどって何とか情報を仕入れた時は「よかった、殺される公爵令嬢なんていなかったんだ」とアリーは滂沱の涙を流したものだ。
 それにしても1回目の人生はきっちり18歳まで生きたが、2回目からは何かが変だった。

「断頭台で死んだーって思った瞬間に、婚約する7歳に巻き戻って、次の瞬間には13歳、17歳、18歳みたいなぽぽぽぽーんって進行だったもん。そんなんで断罪を回避できるかっての!」

 まあ、そのおかげで繰り返しの人生にも何とか耐えられたわけだが。
 10回目の人生アリー・クルネアは、ちゃんと0歳時から成長している。記憶が戻ったのはやっぱり7歳だったけど、普通に8歳9歳と歳を重ねた。
 グランツ公爵家の馬鹿どもと違い、クルネア家の家族はみんな暖か温かい。
 父ヨゼフは39歳、母フロリアは35歳、弟ジャンは10歳。貧乏ながら仲のいい家族万歳だ。

「アリー、アリー、どこにいるの」

「はあいお母様、アリーはここよ~」

 家から呼ばれて農地から答えられる近さ、超便利。アリーは微笑みながらぶんぶん手を振った。

「もう、アリーったら。あなたは腐っても男爵令嬢なんだから、もうちょっとおしとやかにしなさいとあれほど……」

「ごめんなさいお母様、わたし『おしとやか』の在庫は使い果たして生まれてきたの」

 なんせ9回も公爵令嬢しましたから、と心の中で思いつつ、アリーは泥で汚れた顔を手で拭った。

「それでどうしたの、お母様」

「あああ、そうだった! あなたにとってもいいお話が来たの! なんとなんと、王宮の侍女として上がってほしいんですって! よかったわあああ、王宮侍女と言えば、男爵家の娘最大の名誉よおおおおお!!」

「はああああああああああああ!!!!」

 領地内での「奥様とお嬢様は騒がしい」との評判もうなずけるほど、アリーとアリーの母は互いに全力で叫びまくった。
 母は喜びで、アリーは驚愕でと叫ぶ内容に違いはあるが。

「い、いいいい、嫌よ! わたしは一生王都にはいかないと心に決めているし、ましてや王宮だなんて!」

「だってだって、侍女になれば支度金がたくさん頂けるのよ! アリー、あなたには秘密にしていたけれど、ジャンは実は重い病で、王都で手術をしないと長くないのおおおおおお!」

「嘘でしょおおおおおおお!!!!」

 アリーは冗談抜きで卒倒した。倒れたのが耕したばかりの土の上で幸いだった。泥まみれにはなったが、怪我はしなかった。
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