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いっしょう!

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 ひとたび光の聖女の姿を見れば、もう彼女以外のことは何も考えられなくなる。
 その噂を裏付けるように、オランドリア王国の高位貴族の間では、ここのところ婚約破棄劇が多発していた。
 異世界から落ちてきたという光の聖女、ミア。
 天使のように美しく、強烈な癒しの力を持っている。そして彼女が持つ、強烈な女性としての魅力に、社交界の淑女たちは誰もが嫌な思いをさせられていた。

「アリーシア・グランツ公爵令嬢。最後に言い残す言葉はあるか」

 王太子マクシミリアンの言葉に、アリーシアは誇り高く前を向いた。

「ございません」

 いくらミアが類まれな美しさを持ち、女神の生まれ変わりのように慈悲深く、男性ならば誰もが愛さずにはいられないとはいえ。
 まさか王太子ともあろうものが、ミアの魅力に抗えないわけがない。アリーシアはそう信じていた。少なくとも、そう信じようとしてきた。

「お前は光の聖女ミアの暗殺を企てた。それ以前に、ミアを苛め抜いていた。どれをとっても許せることではない」

 そんなことはしていない、と反論したところで無駄なことはわかっていた。
 なにしろアリーシアの父であるグランツ公爵、兄のアルベルトまで、すっかりミアに心酔しているのだ。
 ありもしない罪状で殺されようとしているアリーシアを助けようとするものなど、この場には誰もいない。
 アリーシアは魔法を封じる腕輪と首輪をつけられ、粗末な木綿のワンピースを着せられ、縄で引っ張られて断頭台まで登る。
 マクシミリアンの隣には、聖女ミアが怯えた顔をして立っている。
 異世界から落ちてきたミアに、人々はこぞって救いの手を差し伸べた。そして彼女は伯爵家の養女となり、社交界に彗星のごとく現れた。
 高位貴族の息子たちを次々に虜にし、ついに王太子の心まで手に入れた聖女を恨んだことはあるが、神に誓って虐めてなどいないし、暗殺を企てたこともない。

「──処刑の準備を!」

 マクシミリアンが高らかに叫ぶ。
 兵士に肩を掴まれ、アリーシアは断頭台へと導かれた。
 物心ついた時には婚約が決まっていたとはいえ、一生添い遂げようと思った相手だ。口にしたことは無かったけれど、マクシミリアンのことが好きだった。
 ふさわしい相手になりたくて、血のにじむような努力をした。

<でも、全部全部全部無駄だった! たった一人の異世界人のせいで、わたくしの世界は崩壊してしまった!>

 唇を引き結んで、前を見据える。死ぬ瞬間まで公爵令嬢の誇りだけは失うまいと、強く自分に言い聞かせる。

<もしも生まれ変われるならば、わたくしは草でいい、木でいい、いえ、ただの石ころでかまわない。心を持たないものに生まれたい>

 恐ろし気な顔つきのマクシミリアンが見える。あれは元婚約者を見る目ではなく、汚物を嫌悪している目つきだ。
 ミアが嫌らしく口元を歪めた瞬間、アリーシアの首に鋭い刃が降りてきた。
 最後の瞬間に見たのは、わっと泣き崩れるように手で顔を覆ったミアを、マクシミリアンが優しく慰める姿。
 そうして公爵令嬢アリーシア・グランツの18歳という短い人生が終わった──はずだった。



「──というわけで、公爵令嬢なんて二度とごめんだと思ったお姉様は、今回の人生では貧乏な男爵家の娘として生まれたってワケ」

「あはは、やっぱりアリーの話は何度聞いても面白いや。公爵令嬢の生活なんて見たことないのに、すごくリアルに聞こえる」

「そうでしょうそうでしょう、さ、ジャンはもう寝なさい。昨日からの熱が、まだ下がってないんだから」

 17歳のアリーは微笑みながら、病弱な弟ジャンの頬をやさしく撫でた。

「もう寝るのは飽きたよ」

 10歳のジャンが、頬をぷうっと膨らませる。

「そんなこと言ってると、夕ご飯作ってあげないわよ。今日は肉屋のマスダイさんに分けてもらった、牛のすね肉があるのに」

「え、本当に! やったああ、すごいごちそうだあああ!」

 粗末なパジャマ姿で飛び跳ねようとする弟を、アリーは慌てて手で制した。
 10回目の転生にしてようやく手に入れた違う人生、違う暮らし、違う名前、そして愛しい弟。
 ジャンは病弱なのにちっともじっとしていなくて困るが、正直可愛くて仕方がない。
 もう少し大きくなったら体も丈夫になるだろうし、なにより貧乏男爵家の嫡男。小作人に混じって一緒に畑を耕すレベルの貧しさだから、ジャンが「聖女ミア」の餌食になることは絶対にないだろう。

<ジャンはおとぎ話だと思っているけれど、これは実話なのよね……。これまでの9回の人生だと、聖女ミアはそろそろ異世界から落ちてくるはず……>

 今のアリーはアリーシアではないから、ミアが落ちてこようがどうしようが、まったく関係ないのだが。
 何しろ末端男爵家だから、華やかな舞踏会や大夜会の招待状は届かない。
 毎日書物に埋もれている学者の父は、貴族社会では「そんな奴いたっけ?」くらいの扱いだ。
 慣例にのっとって17歳で社交界デビューしようにも、そもそもドレスを仕立てるお金がない。
 アリーはこのまま弟の看病をしながら、のんびりと領地で生きていくつもりでいた。
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