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38.「来歴」

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 桶に微温湯を作って布を濡らして絞る。
 向けられた背中に声を掛けてから湿らせた布を宛がい、右の肩から拭き始めた。

「で…、本当に話せそうか?後、背中拭きながらで良かったか?」

 暗に向き合って真面目に聞くぞと問うとマーレスが緩く首を振った。

「いや、このままで良い。この方が上手く話せそうな気がする。」

「なら良いんだが。」

「ああ、…余り良い話では無いんだが、俺の元となった人の話をしようか。」

「元…?」

 いきなりの不穏な話に思わず手が止まりそうになったんだが、気を取り直して背中を拭き続けるとマーレスも話を続けてくれる。

「そう。人工的に創られた存在と言うのはソルも知っていると思うけれど素体が存在している。名をマールス・フォルティシムス、勇者だった男だ。その男の死体から俺は創られた。」

「え…」

「驚いたと思うけど…、研究所を潰したい理由の一つは亡き勇者の墓を暴いた事。そして、その遺体を研究に使い潰した事。もっと言うならば、俺のような存在を生み出すのに更に勇者の遺体の破損や犠牲者を出したくないからだ…。」

 流石に手が止まったってか、勇者の墓は基本的に聖国が管理している。道徳的にも勿論、国際的にも真っ黒な話しだ。

「それって…聖国関係者は知ってるんだろうか?」

「多分、盗まれた事は確実に。只、表面的には争いが起こってないから、帝国だと断定出来ていないか、証拠が無いのかも知れない。」

「そうか…そうだよな。この話を知ってたら間違いなく黙ってないだろう。」

 人道的、道徳的であるからこそ、プロエリウム聖国は帝国に対して厳しい態度で臨むだろう。
 思案をし、自分の中に話を落とし込んだ所でマーレスがまた口を開いたんで気を紛らわせるように背中を拭いてやる。

「魔法で保存されていた勇者の死体の殆んどと人体の情報を組み合わせて新しく生命を培養、帝国の持つ技術を使って力を最大限まで引き伸ばしたのが俺の体なんだが…世界の摂理に反したせいか、或いは無茶をしたせいか、調べた結果、生殖能力は皆無だそうだ。体液にかなりの魔力が常に循環しているようで、体内で弱い生命体が存在を維持できないかららしい…と、研究者の男に言われた。」

「そうか…。話を聞いてマーレスへの気持ちが変わることはねぇけど、言い出し難かったのは良く分かった。話してくれて、ありがとうな。」

「うん。ソルならそう言ってくれると思って、話せた…。」

 何処か安堵したような声音と息遣いに背中を布越しによしよしと撫でてやる。もしかしたら、まだ話はあったのかもしれないが沈黙したマーレスに何かを促す気にはなれず、暫く背中を丁寧に拭う。
 意外にも背中を拭きながらで良かったなと、お互いに気が紛れるかと思っているとマーレスが呟く。

「ソルは、何があっても傍にいてくれるか…?」

 濁すような言い方に手を止め、直ぐに答える代わりに背後から包み込むように抱き締める。

「離さねぇよ。マーレスが嫌だって言っても逃がさない。」

「ソル…。」

 気持ちは伝わったのか、暫く抱き締められるまま静かな時間だけが流れた。







 落ち着いてからマーレスの背中を拭き終え、後は自分でやるからと少し気まずそうな照れているような雰囲気のマーレスに微笑ましい視線を向けながら布を渡し、ベッドに腰掛けながら思案する。
 マーレスが気にしていたのは勇者の、しかも死体由来の肉体と生殖能力の有無だろう。

 まあ、無事に今マーレスが生きていて、元々男同士で子供は作れないと考えると実質何も問題は無い。
 問題となるとするならば、マールス・フォルティシムス。マーレスの元となった勇者の功績だ。

「マーレス、もしかしたら聖国で一悶着あるかもしれない…。」

「一悶着?」

 不思議そうに半裸のマーレスが此方を振り返って、ちょっと目に毒だなと思いながらも真面目な表情は崩さない。

「マールス・フォルティシムス。知ってるかもしれないが、歴代最強の勇者だろ?」

「ああ…だが、俺は本人じゃない。」

「本人じゃなくとも歴史に名が残ってるとなると聖国が存在に気づいたら最低でも保護対象ぐらいにはすると思う。俺が聖国関係者なら間違いなく引き抜く。只でさえ、勇者様が戻って来られないんだから…。まあ、そん時はマーレスの意思を俺は尊重して最後まで付いてくけどな。」

「ソルが一緒なら問題は無い。分かった、一応想定して考えて置けば良いんだな。」

「ああ、そういう事だ。多分、問題になる部分はそこだと思うから。」

「そうか…。」

 何か眩しいものでも見るようにこっちを見られて、面映ゆい心地になるんだが。
 本当にマーレスにとって一番問題なのは、俺の情動や衝動のような気がする。一々、動揺するし、襲いたくなるし…。
 そんな緩くも危ないことを考えてたせいかは分からないが、体を拭き終えたマーレスがお返しにと無邪気に俺の背中を拭いてくれる事になった。
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