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34.「追駆」side.マーレス。

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 唇に触れた柔らかな感触が忘れられないー…。

 ずっと、ソルが戸惑っている事ぐらいは分かっていた。
 けれども、気持ちを口にしてから止められない衝動に突き動かされるまま口付けて、傍に寄り添ってと思うままに行動していたら、まさかそれが返ってくるとは思わなかった。

 しかも、彼らしい大胆さと言葉で…。

 自然と零れた溜息と共に目を開ける。
 あれから何も出来なくなった俺を見て、ソルは何処か満足そうに出発の準備を進めて食事も取りに行ってくれた。
 彼の口元に視線が行ってしまうのを避けるように俯き気味に過ごし、言葉少なに一日を終えて寝床に入ったのだが、直ぐに眠れる気分になれなくて何度目かの寝返りを打つ。

 抑えようのない好意が溢れて止まらない。

 恐らく、ソルは同じ気持ちを抱いてはくれていないのだろうが、俺をどこまでも甘やかしてくれる。
 それが、嬉しくも、苦しいー…。

 今まで、苦しいことも辛いことも数え切れない程にあったが、甘さを含んだこの痛みは手に負えない。

 どうしたら上手く制御が出来るのだろう。
 けれど、制御する必要があるのかとも思う。

 誰にもソルを奪われたくないのならば自分の腕の中に囲い込んでしまうしかない。
 ならば、どうやって彼に心を向けて貰うかだ…。

 また、寝返りを一つ打って考え込んでいると少し可笑しくなって笑う。
 思いつくのは戦いのことばかりで、こんなにも愛を育む方法を考える方が難しいのかと。

 生きている実感と、愛しい人のことを考えられる幸福に、少しだけ世界を好きになれた気がした…。







 結局、答えは出ないまま浅い眠りを繰り返して朝を迎え、宿で朝食だけ済ませ老夫婦に挨拶を済ませてからソルとまた二人だけの旅が始まった。

 プロエリウム聖国に向かうとしても、まだ何度か別の町を経由するだろうし、ソルがダンジョンに行きたがっていたので出来るならば一緒に行きたい。
 そんな話をするとソルが地図を取り出すように促したので、貰った大事な地図を広げて道端で作戦会議が始まった。

「今、また北上し出したところで、一番近いダンジョンで少し遠いがピトスって所だな。確か、宝石が採れる時があるから運が良ければ稼ぎにはなると思う。んで、更に近くに小さいが湯屋がある。」

「湯屋…。」

「そうそう、前に言ってただろう?風呂上がりの飲み物が旨いって。」

「そうだったな…。」

 一瞬、落ち着いて共に入れるだろうかと頭に過って、直ぐに考えないようにする。余り考え込んでしまうと心音が狂い出しそうだったからだ。

「マーレス?どうした?」

「いや、楽しみだと思って。」

「そうか。俺も楽しみにしてる。」

 何だろうか、ソルの笑顔がいつもより深い気がする。
 そんな風に思って見つめているとソルの顔が近付いて来て、額に額が触れた。

「…ソル…っ…?」

「いや、なんかくっつけたくなっただけだ。」

 直ぐに離れたが、心臓に悪い。
 何処か悪戯めいた雰囲気を感じて、余計にたちが悪くも思う。けれど、ソルがされる方の気持ちと言っていたので強くも言えないし、嫌な訳では決してないので言いたくもない。

「ソル…。」

 だが、一つ彼には知ってほしいとも思う。

 名前を呼ぶと新緑を思わせる瞳が此方を意識してくれる。
 それだけで幸せを感じながら直ぐに逃れられないようにソルの後頭部に片手を添えて引き寄せた。

「ちょ、マー…っ!」

「…ん…」

 再び触れた彼の唇は柔らかくて温かい。
 そして、直ぐに身を引こうとするので少しばかり腕に力が入る。本当に今までは戦いにしか役に立たなかった力だが、自分自身の役にも立つのかと妙に感心しながらも一時ソルの唇に触れ、名残惜しさから軽く啄んで解放すると少し驚いた。
 思わず呆けて見つめると耳まで朱に染まっているように見える顔を片腕で直ぐに隠される。

「ソル…?」

「…っ、バカ!これまで、真似しなくて良いって…!」

 明らかに激しく動揺する姿にじわじわと体が喜びに支配されていくのが分かる。
 可愛らしいと、思うままに告げれば更に動揺させてしまいそうで我慢したが、浮つく心だけは抑えられない。

 意識してくれただろうか。嫌で無いのなら、また触れ合わせたい。

 そんな想いでソルを見つめていると動揺からか、ほんの少しだけ涙目になった瞳で見返されて思わず…。

「可愛い…。大好きだ、ソル。」

 笑み崩れると何かに打たれたように仰け反られ、ソルが何故か進行方向に向かって猛然と走り出した。
 別に追い付けるのだが、置いて行かれたくは無いので地図だけは丁寧に収納鞄マジックバックに戻してから全力で追い掛ける。
 ソルの背中が間近に迫る頃には楽しくなって来て、暫く、追い掛け続けた。
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