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31.「起点」

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「マーレス、水だ。飲めるか?」

 宿屋に帰還し、手を離してくれないマーレスを何とかベッドに座らせて収納鞄マジックバックから水袋を取り出して差し出すと受け取って飲んではくれたものの、直ぐに酔いが醒める筈もなく…。

「うわっ!?」

 突然腕を腰に回されて引き寄せられ、そのままマーレスを下敷きにする形でもろともにベッドへ転がり、水袋も床にぶちまけた。

「ああああ!」

 やっちまった!と、直ぐに片付けたくて飛び起きたかったんだが、酔っぱらっているとは言えマーレスの拘束がそう容易く解ける訳も無く、 【身体強化】を使っていないが素の全力で抗っても腕は外せなかった上にすんすんと匂いを嗅ぐように胸元に顔を寄せられて擽ったいやら慌てるやらで、一旦それどころじゃ無くなった。

「マーレス、マーレスさん。頼むから離してくれ、水袋がひっくり返ってる。」

「うん…。」

 了承の返事があったんで離してくれるかと思い気や、待てど暮らせど全然そんな事は無かった。
 満足するまで諦めるかと、とりあえず肘で体を出来るだけ支えてマーレスに体重が掛からないようにしたんだが、何故か抱えられたまま横向きに回転された。

「うわっ!と、お…。」

 腕を上げてマーレスの下敷きにならないようにしたが、体勢が落ち着くと腕の置き場所に困った。とりあえず、掴まれたまま下向きになった左腕は胸元に右腕はマーレスの体の上に置かせて貰ってからよしよしと手で髪を撫でてやると余計に擦りつかれる。
 大型の獣感が否めないなと、明後日の方に思考を飛ばして置かないとまた浜辺にいた時の気持ちに逆戻りしそうで困った。

「ソル…。」

「うん、どうした?」

「気持ちが、いい…。」

「…そうか、良かったな。」

 撫でられて心地良いんだろうが状況とか場所を考えると、ちょっと、流石に、いや、本当に勘弁してくれ。心に余裕があるせいか、思考がふわふわし易い気がするってのにとか考えてたら脚の間にマーレスの脚が割り込んで来てめちゃくちゃ驚いた。
 本人的には触れてる面積を増やしたかったみたいで、直ぐに動きは止まったんだが、こっちは無性に居たたまれない。
 家は無いが、家に帰りたいような気分を味わいつつカーリタースの言葉を何故か思い出した。

『恋人が出来て誘われたら、恥掛かすんじゃないよ~。』

 面白がってにししと笑っていた効果音付きでだ。遠回りにあんたのせいもあって、俺は今めちゃくちゃに困ってんだよ!誘われてもねーし!どっちかっつーと懐いてくれてんだから信用を全力で失うわ!
 心の中で悪態をついたお陰か、少しは気持ちが落ちついて来たってのに顔を胸元から上げたマーレスに何でか顎に口付けられた。

「あのな、マーレス…。」

「うん…。」

 ああもう、話を聞いてない感じの返事だし、胸元にまた帰って行った。後、規則的な呼吸が聞こえて来てるんで、これは寝る気だな。

 人の気も知らないで!

「もう、俺もこのまま寝ようかな…。」

「…う…ん。」

 その方が平和な気がする、お互いの為にとあちこち絡まったまま、出来るだけ無心で目を閉じた。







「んぁ…?」

 擽ったさで落ちていた意識が戻って目を開けると、とろんとした黒い瞳と視線が合う。
 眠そうだなと思ったのも束の間で鼻先に唇を押し当てられて一瞬で覚醒した。

「マーレス!」

 まさかとは思うが、たまに酔っぱらうと口付けしまくる奴がいるって聞いた事がある。
 案の定、どう見てもゆるゆるの覚束無い視線のまま見つめられてから額にちゅっと口付けられた。

 なんか、可愛いなー…。

 と、一瞬過る程の軽いそれは擽ったいだけで、少しずつ場所を変えながら啄まれて、ついつい許容しそうになってハッとする。

「マーレス、落ち着け。」

「……?」

 いやもう、心底不思議そうにきょとんとされるとやっぱり可愛らしさが勝つんだが、俺も落ち着け。

「口付けは好きな人とするもんだ。」

「……?…ソルが、すきだ…。」

「いや、うん、嬉しいが、違くてだな…。」

 誰か頼む、上手い説明の仕方を俺に今直ぐ教えてくれ。贅沢を言うなら一瞬で落ち着く方法も一緒に知りたい。

「ソルに、したい…。」

 頬にまた軽く口付けられて心臓が変に脈打つし、何だろうかこの可愛い生物はと強いマーレスに思ってしまっている自分に戸惑う上にこっちの理性が切れそうだ。

「頼む、本当に待ってくれ。」

「…うん、…。」

 弱ったとばかりに声を出したからか一旦口付けは止んだが、今度は背中を撫でられぽんぽんと軽く叩かれる。
 うん、慰めてくれてるみたいだな…。

「ソル…。」

「ぐっ…。」

 ぎゅっと絡んだ指を握り込まれて、なんかもう、本当に襲いたくなる…。
 いや、実際はしないが、実際にしないせいでなのか、マーレスの酔いが醒めて離してくれた時には妙な違和感が体の中に芽生えていたような気がしたー…。
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