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23.「エチル支店」

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 港町のリートゥスに向かう道中は取り立てて問題も無く進んだ。
 魔物は少し出るが、基本的に辺境過ぎて人がいない。広野か森が点在するだけで、旅に慣れていれば特に問題は無い。途中、見つけた川で行水が出来たのも助かったし、魔王をマーレスが倒してくれたお陰か天候も比較的良い日が続き、時折降る雨は適当に雨宿りしていれば短時間で過ぎ去って行った。

 快適な旅で予定よりも少し早くリートゥスに到着し、早速、宿屋を探そうかとも考えたが先にエチル商会に立ち寄ろうと考え直してマーレスに伝え、賛同を得てから向かった。
 商会は表通りにあり、看板には酒瓶と花束が合わさった絵の上にエチルと表記されている。完全にカーリタースの趣味だろう。酒と実は恋話が好きらしく、俺も根掘り葉掘り聞かれて困った記憶がある。

 小さな店舗だが、綺麗な木製の扉を開けて店内に入ると丸眼鏡を掛けた品の良さそうな中年の男が店番をしていた。こっちの来店に気がつくと愛想良く笑い掛けて来る。

「いらっしゃいませ。ようこそ、エチル商会へ。商品は棚に並べておりますが、何か御不明な点や御用の際は遠慮無くお声掛け下さい。」

「ああ。早速で悪いが、妖精の小道が欲しいんだが在庫はあるか?」

「おお、妖精の小道ですか。勿論、御用意しておりますよ。奥に在庫がございます、宜しければ一度ご覧になって好きな品物をお選び下さい。」

「助かる。早速、見せて貰いたい。」

「はい。では、どうぞ。」

 マーレスに一度視線を向けると頷いてくれたんで促されるままにカウンターの後ろにある扉を潜り抜け、廊下を奥へ向かって付いて行くと途中で二階から降りて来た店員らしき女に男が声を掛けて店番の指示を出すと廊下の突き当たりにある黒塗りの扉を開いて招いてくれる。
 密談の為に作られた部屋だとは分かってたんで何の疑いも無く入り、マーレスが続いて男が最後に扉を閉めて鍵を掛けた。

「どうぞ、お好きな席にお座り下さい。」

 内部は応接室になっていて、座り心地の良さそうなソファーとテーブルと周囲には本棚がある。物書きの隠れ家のような雰囲気もあって少しわくわくした。
 ソファーに腰掛けると隣にマーレスが、帳簿のような冊子と筆記具を持って対面に男が座わる。

「リートゥス支店を任せて頂いております、クルクスと申します。宜しくお願い致します、ソル様。」

「話が通ってるんだな…流石と言うか、話が早くて助かる。」

「此方の御客様はまだまだ少ないですので。カーリタース様の趣味かとも思っております。」

 今、言ったことは内緒ですよと人差し指を立てて口許に寄せたクルクスは早速とばかりに冊子を開いてペンを持つ。依頼内容を聞いてくれる様子で、実際に言葉でも促されたんだがかなり危険な依頼なんで、まずはその前提、特に強力な守衛がいる事を先に説明してから本題に入った。
 内容はマーレスと二人で話していた通りで、サルワトール帝国の研究所が今どうなっているかを可能な範囲で調べて欲しい事。
 エチル商会で無理な場合は諜報系のギルドに依頼を出したいのだが、仲介して貰えないかどうか。
 マーレスがそこで人造された英雄マーウォルス本人だとは流石に言わなかったが、魔王を倒す為に英雄マーウォルスを造り出した施設だとは伝えると、クルクスがかなり真剣な表情になった。

「正直に言って、かなりの高難易度で長期のご依頼になるかと存じます。」

「だろうな…、只でさえ帝国の膝元だ。即答せずにカーリタースと通信機で相談して貰って構わない。魔石はこれを使ってくれ。」

 収納鞄マジックバックから通信機で使用する無属性の魔石を五つ取り出してテーブルに置く。
 驚いたクルクスに、ついでにと壊れ掛けの収納鞄マジックバックを見せて、新しい物が無いか尋ねると在庫が有ると教えてくれた。

収納鞄マジックバックは悩まずに売って欲しい。どちらも言い値で支払うぜ。」

 冗談めかして肩を竦めるとクルクスの表情が緩んだんで、少し安心した。只でさえ、依頼内容に警戒されているんだ。あんまり、悪い方向に思い詰めないで欲しい。
 その意図も伝わったのかクルクスからもその後は細かい質問を受け、軽い先払いだった魔石も受け取って貰えたんで少なくとも諜報系のギルドへの繋ぎぐらいはしてくれるだろう。

 少しは手応えがあった事に満足し、空振りでも帰り際に購入出来た新品の収納鞄マジックバックが有り難い。共同金から支払いを済ませ、次の来店を二日後の日盛りに約束して店を出て宿屋に向かいながら早速、宿の部屋で詰め替えようとそわそわしてたらマーレスに微笑まれた。

「手に入って良かった。」

「ああ、辺境だから無理かとも思ったが流石、エチル商会だな。」

「そうだな。依頼も受けて貰えそうで良かった。」

「ああ、少なくともギルドへの繋ぎはして貰えそうで良かった。」

「繋ぎ…?直接、受けて貰えると思うが。」

「え?どうしてだ?」

 好感触ではあったが、絶対に受けて貰えるとは流石に確信できなかった。困惑してマーレスを見ると、また少し目を細められて…。

「狩人にとって日々の糧になる獲物も大事だが、それとは別に強い獲物は燃えるだろう?」

「それはまぁ…、分かる気がする。自分が強者であればある程。」

「うん。勘だが、クルクスは強い。末端にあれだけの者を置いてるなら、情報程度なら集めてくれるだろう。正しく言うなら、その力量が有る。」

「まじか…。」

 特に彼に不自然な所が無かったので、気づかなかった。いや、自然だから気づかなかったのか。マーレスは気づいて凄いなと、羨ましいとは違う、尊敬に似た感情が湧く。

「それよりも交渉してくれてありがとう、ソル。」

「ああ、いや大した事はしてねぇと思うが、どう致しまして?」

 なんか、面映ゆいなと変な方向に視線を逸らしたせいか、道を歩いていた人に肩が少しぶつかってしまった。
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