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3.「真実」
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雨は降り止む所か、益々酷くなって来る。
泥濘んだ土に足を取られて幾度となく滑って斜面に手を着くも、マーレスは何とか背中から落とさずに済んでいる。
根性だけはあって良かったなと己を鼓舞しながら、着実に一歩一歩を踏みしめて行くとやがて山の中腹辺りに出た。
頂上はまだ先だが、少しだけ休憩をと考えた矢先に嫌な気配を感じて走り出す。
地形と疲労で思ったより速さが出ない事に舌打ちをしながらも、懸命に気配と距離を取ろうと獣道を強引に抜けて行った。
だが、そんな俺を嘲笑うかのように背後から魔弓が幾つも飛んで来た。
「【風の障壁】!」
追尾型の魔弓に射抜かれる前に展開した風の壁で全て薙ぎ払い、即座にその場も離脱する。
追って来ている弓使いのロンペールは兎に角、しつこい男だ。
狙った獲物を仕留めるまで絶対に攻撃を止めないし、追い込むことに一種の興奮を覚えるらしい。
聞いた時は引いたが、狙われる側になってもっと引いた。
悪態をつきながらも【風の障壁】を連発するには、俺の魔力量では心許ない。
得意とする魔法の一つ、【身体強化】で脚力にだけ魔力を集中させ、加速する。
パーティの中でマーレスに次いで自分の足は速かった、密かに自慢だったんだぜと笑うと遠くで『人狼』と言われた先祖の遠吠えが聞こえたような気がした。
「はっ…はっ…」
呼吸と心拍がどんどん上がるのを感じながら、幸いにしてロンペールと少しは距離が稼げたようだ。
だが、逃げる最中に何度か攻撃があったものの体感としては生温い。
もしかして、何か別に目的があるのだろうかと考えながらも山越えをしない限り、どの道後が無い。
分かっていても引き返せない道、だが、後悔は無いし、マーレス以外は勘定に入れなくて良いのは少し気が楽だ。
俺はもう、彼のお陰で目的を達したー…、自分自身に未練も無いし、只、死ぬ場所が変わっただけだ。
「寧ろ、幸せだな…。」
復讐の後、こんな気分で人生の最期を考えられるなんて夢にも思わなかった。
戦いの中で死んでいてもおかしくは無かったし、復讐を終えたとしても、虚しいまま朽ちるだけだと思っていたー…。
「マーレスに出会えて良かった…。」
独り言は風の音に紛れ、この想いは誰に届く宛もない。
生きた証も何も残らないだろう、けれど、満足だった。
例え、苦労して登り切った先で『元仲間』の三人が待ち受けていようとも…。
「よお、待たせたか?」
「手間は取らされたな。貴重な転移の魔道具を使わされた。」
「嫌なら使うなよ。」
忌々しげなグナートルを挑発しながら退路を探していると背後からロンペールが合流してくる。分かり易い、挟み撃ちだ。
「君が、使わせたんでしょ。しかも僕は徒歩ですし…あー疲れた。お詫びにソルは殺させて下さいよ?前からイイなって思ってたんです。犬みたいで、嬲りがいが有りそうだ。」
いや、もう本当にこいつとは心底合わねぇ。
優男風の外見で物腰も柔らか、街を歩けば町娘にきゃーきゃー言われる程度には容姿も整っているが、中身は鬼畜な変態だ。
寒気を感じてる場合じゃないが、悪寒に苛まれつつも一番気になっていた人物にこの際だから視線を向ける。
「テルスも、か…?」
サルワートル帝国の聖女、テルステス・サルワトール第一王女。
旅の中でマーレスと恋仲になり、俺の目にテルスはマーレスを本当に慕っているように見えた。
「ソルさんて、意外に一途な方ですよね。」
淡く発光する聖なる結界を雨避けにし、汚れの無いさらりとした長い金髪を繊細な指先で弄びながら澄み渡った碧い瞳は此方を優しく見つめ、細められる。
「だから、とても演技の参考になりました。感謝しています。」
「は…?」
いや、待て。俺はマーレスをそういう目で見てはいないんだがと呆気に取られると、大凡聖女に似つかわしくない軽薄な笑みをテルスが浮かべた。
「流石は『森の民の聖女』のお兄様。絶望している筈なのに、貴方の瞳は『慈愛』に満ちている。」
「なっ…んで、それを…」
嫌な予感に喉も体も、震える。
「だって…、貴方の村に『聖女』がいると魔族に伝えたのは我が国ですもの。『聖女』は何人も必要ないでしょう?」
一瞬、アルテの笑顔が浮かび、怒りで目の前が真っ赤に染まる。
喉からは唸り声が漏れ、鋭く伸び硬質化した爪で今にも女の首を跳ね飛ばしたい。
けれども、踏み出そうとした足を、投げ出せない背中の体温が止めさせた。
「あら、『狂化』させれば流石に本性が現れるかと期待したのですが…根っからのお人好しとは、笑えますわね。」
「そこが、イイんじゃないですかー。テルス様は分かって無いなぁ。」
「分かって、遊んでいましてよ?」
こてりと小首を傾げる姿はいっそ無邪気で『聖女』の面影を感じさせる。
だが、その奥に潜む得体の知れなさに怖気も覚えた。
「さて、時間稼ぎは宜しいようですね。」
テルスの言葉にしまったと思ったと同時に足元で爆発が巻き起こった…。
泥濘んだ土に足を取られて幾度となく滑って斜面に手を着くも、マーレスは何とか背中から落とさずに済んでいる。
根性だけはあって良かったなと己を鼓舞しながら、着実に一歩一歩を踏みしめて行くとやがて山の中腹辺りに出た。
頂上はまだ先だが、少しだけ休憩をと考えた矢先に嫌な気配を感じて走り出す。
地形と疲労で思ったより速さが出ない事に舌打ちをしながらも、懸命に気配と距離を取ろうと獣道を強引に抜けて行った。
だが、そんな俺を嘲笑うかのように背後から魔弓が幾つも飛んで来た。
「【風の障壁】!」
追尾型の魔弓に射抜かれる前に展開した風の壁で全て薙ぎ払い、即座にその場も離脱する。
追って来ている弓使いのロンペールは兎に角、しつこい男だ。
狙った獲物を仕留めるまで絶対に攻撃を止めないし、追い込むことに一種の興奮を覚えるらしい。
聞いた時は引いたが、狙われる側になってもっと引いた。
悪態をつきながらも【風の障壁】を連発するには、俺の魔力量では心許ない。
得意とする魔法の一つ、【身体強化】で脚力にだけ魔力を集中させ、加速する。
パーティの中でマーレスに次いで自分の足は速かった、密かに自慢だったんだぜと笑うと遠くで『人狼』と言われた先祖の遠吠えが聞こえたような気がした。
「はっ…はっ…」
呼吸と心拍がどんどん上がるのを感じながら、幸いにしてロンペールと少しは距離が稼げたようだ。
だが、逃げる最中に何度か攻撃があったものの体感としては生温い。
もしかして、何か別に目的があるのだろうかと考えながらも山越えをしない限り、どの道後が無い。
分かっていても引き返せない道、だが、後悔は無いし、マーレス以外は勘定に入れなくて良いのは少し気が楽だ。
俺はもう、彼のお陰で目的を達したー…、自分自身に未練も無いし、只、死ぬ場所が変わっただけだ。
「寧ろ、幸せだな…。」
復讐の後、こんな気分で人生の最期を考えられるなんて夢にも思わなかった。
戦いの中で死んでいてもおかしくは無かったし、復讐を終えたとしても、虚しいまま朽ちるだけだと思っていたー…。
「マーレスに出会えて良かった…。」
独り言は風の音に紛れ、この想いは誰に届く宛もない。
生きた証も何も残らないだろう、けれど、満足だった。
例え、苦労して登り切った先で『元仲間』の三人が待ち受けていようとも…。
「よお、待たせたか?」
「手間は取らされたな。貴重な転移の魔道具を使わされた。」
「嫌なら使うなよ。」
忌々しげなグナートルを挑発しながら退路を探していると背後からロンペールが合流してくる。分かり易い、挟み撃ちだ。
「君が、使わせたんでしょ。しかも僕は徒歩ですし…あー疲れた。お詫びにソルは殺させて下さいよ?前からイイなって思ってたんです。犬みたいで、嬲りがいが有りそうだ。」
いや、もう本当にこいつとは心底合わねぇ。
優男風の外見で物腰も柔らか、街を歩けば町娘にきゃーきゃー言われる程度には容姿も整っているが、中身は鬼畜な変態だ。
寒気を感じてる場合じゃないが、悪寒に苛まれつつも一番気になっていた人物にこの際だから視線を向ける。
「テルスも、か…?」
サルワートル帝国の聖女、テルステス・サルワトール第一王女。
旅の中でマーレスと恋仲になり、俺の目にテルスはマーレスを本当に慕っているように見えた。
「ソルさんて、意外に一途な方ですよね。」
淡く発光する聖なる結界を雨避けにし、汚れの無いさらりとした長い金髪を繊細な指先で弄びながら澄み渡った碧い瞳は此方を優しく見つめ、細められる。
「だから、とても演技の参考になりました。感謝しています。」
「は…?」
いや、待て。俺はマーレスをそういう目で見てはいないんだがと呆気に取られると、大凡聖女に似つかわしくない軽薄な笑みをテルスが浮かべた。
「流石は『森の民の聖女』のお兄様。絶望している筈なのに、貴方の瞳は『慈愛』に満ちている。」
「なっ…んで、それを…」
嫌な予感に喉も体も、震える。
「だって…、貴方の村に『聖女』がいると魔族に伝えたのは我が国ですもの。『聖女』は何人も必要ないでしょう?」
一瞬、アルテの笑顔が浮かび、怒りで目の前が真っ赤に染まる。
喉からは唸り声が漏れ、鋭く伸び硬質化した爪で今にも女の首を跳ね飛ばしたい。
けれども、踏み出そうとした足を、投げ出せない背中の体温が止めさせた。
「あら、『狂化』させれば流石に本性が現れるかと期待したのですが…根っからのお人好しとは、笑えますわね。」
「そこが、イイんじゃないですかー。テルス様は分かって無いなぁ。」
「分かって、遊んでいましてよ?」
こてりと小首を傾げる姿はいっそ無邪気で『聖女』の面影を感じさせる。
だが、その奥に潜む得体の知れなさに怖気も覚えた。
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