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136.「出口のない回廊XXII」

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 部屋に戻り、出して貰った紅茶をソファーに座って頂きながら彼と伝承の本を確認したのだが、特に追加の情報は得られなかった。
 詳細には書かれていたものの、デンファレさんの口伝通りで、約束の内容は当事者の二人が全く周囲に語らなかったのか、書かれていない。

 子孫達への恩恵も妖精族と愛し子の血筋に列なる者達に惹かれてくる小妖精達が、細やかな実りをもたらすだけだ。
 ついつい考え込んで眉間に皺を寄せていると、優しく微笑んだ彼に人差し指をそっと眉間に添えられたので直ぐにそれも崩れる。

「あの…。」

「難しい顔をしていたのでね、つい。何か気にかかる内容はあったかい?」

「あ、いえ…逆に無さすぎて考え込んでしまいまして。」

「そうか。」

「えっと、何を約束したかぐらいは気になるのですが…二人の秘密であればそれはそれで良いのかとも思いまして…。」

 何か言わなければと慌てて補足するときょとんとした表情をされた後に髪を優しく撫でられる。

「慌てなくて大丈夫だ。別の事を考えていただけだから。」

「別の事ですか?」

「ああ、君に口付けたいな…と。」

「………………え?」

「冗談か本気、どちらだと思う?」

 突然、冗談を言われて戸惑ったものの、意図としては今の状況では余り深く追求して欲しくないのかと思い至って苦笑する。

「冗談でも、本気でも…どちらでも嬉しいですよ。」

 立て直そうとして発した言葉だったものの、彼が瞬きを数回繰り返して不敵に微笑み、何故か口付けられた。
 拒絶は無いが、監視されているのではと戸惑って口を開こうとして隙間から舌が滑り込み、気を取られている内にソファーにやんわりと押し倒されて余計に焦る。
 だが、嫌でもないのに押し返す訳も無く、中途半端に彼の腕に指を添えると何故か口付けが激しくなった。
 待ってとも、どうしたのかとも尋ねられずにされるがままになり、流し込まれた唾液を飲み込んで体に強制的な熱も渦巻き出した頃に漸く解放される。

「っ…は…ぁ、…ん…ハッ、いっ…た…、…い…?」

 覗き込んだ瞳には熱が籠っているのだが、口角がくっと上がったと思うと彼が突然声を上げて笑い出した。本当にどうしたのですかと問う前に瞳を覗き込まれ…。

『思い出せ。』

「なに…を…っ」

 困惑したものの直ぐに頭の中に今までの・・・・記憶が次々と鮮明に甦る。

 特に鮮やかなのは、花祭りの日の襲撃だった。

「……!?っ…あ、シュヴァルト様は!?ヘルマプロディートス神、え、あ、姿が…ここは…。」

「大丈夫だから落ち着きたまえ。シュヴァルトは少し眠って貰っているがここにいる、無事だ。それから、君の記憶にも少し干渉していてすまなかったね。いきなり演技をするのは無理だと判断した為だ。今は監視も外れたので説明が出来る。先ずは、落ち着くと良い。」

 驚き過ぎて言葉も返せなかったが何度も頷いて、深い呼吸を繰り返していると会話が出来る程度には落ち着いて来た。

「大丈夫です。あの…どういう状況なのか教えて頂いても良いですか?」

「勿論。君も聞いた通りに今現在、我々は二十年前に存在している。時間を操る者が関与しているのは確定で、それに巻き込まれて他の者達は同じような時を繰り返しているのは何となく分かっただろうか?」

「はい…。デンファレさんに出迎えられてからは殆ど一緒でしたし、皆、一度目の記憶があれば何かしら動揺するか、接触をして来たと思います。俺が記憶を取り戻せたのは守護神が守って下さったから、ですよね?」

「ああ、余り好き勝手にされたく無かったのでね。他の者は取り込まれているが、まあ、命に別状は無い。」

「それは…何と言って良いか…もう…。」

 記憶を取り戻したのもあるが、悪くなっている現状に本当に頭が痛くなって来る。
 不幸中の幸いで誰一人、欠けていないのはまだ良いが…。

「どうすれば良いのか…。」

「ある程度、穏便に済ませたいならば時を繰っている者を突き止め無くてはいけないね。系統が違うので、どうしても私の力だけで解決すると綻びが出るし、かなり野蛮になると思って貰って構わない。」

「かなり野蛮にですか…俺の思っている十倍ぐらいは危険そうですね。」

「否定はしない。」

 少しやり取りに和みながらも、時を操る者と考えて思い浮かんだのは意識を失う前に聞こえた声だった。

「何度でも、会いに行くよ。」

「どうした?」

「意識を失う前にそう聞こえた気がして、もしかしてなんですが…妖精族の青年が約束した事って…。」

「なるほど。愛し子にそう約束して、添い遂げた確率は高いね。そうなると、時を司る彼が何度も時間を繰り返している。此処までは良いが、今とは時間がかなりずれている。」

「はい…。何らかの理由でこの時間を繰り返しているか、若しくは、別に時を動かしている者がいるとしたら…。」

「子孫だろう。何が、細々とした実りをもたらすだけだ。時を操作できる者がいるではないか。」

「ええ、しかも…今、その可能性が高いのは…スノーフレークさん…。」

「そうだね。危険を考えないのであれば、彼女に接触するのが最善だろう。」

 今でも信じられないが疑わしい点が多すぎる。
 結界の中で、領主の館に俺達を招待した点。
 フランツェさんの娘と言う事は妖精族の子孫である点。
 騒動のある花祭りを熱心に勧めて来た点。

 道化師人形クラウンドール全員が関わっているかまでは断定出来ないが、話してみる価値はあるだろう。

 しかしもし、強硬な姿勢に出られた時はと考えると気は重い。

「まあ、見た目が幼気な少女だから気が引けるのは分かるよ。だが、君は私を取るだろう?」

 気軽な口調で、まるで浮気の有無を疑われているように聞かれてやはり頭が痛い。けれど…。

「ええ、何があっても俺は貴方達を選びます。」

「良い子だね。」

 スノーフレークさんには心の中で謝ってから、出来るだけ穏便に話が出来るように最善は尽くそうと思う。

「さて…では、早速乗り込もうかと言いたいが。」

「何かまだ、重要な話がありましたか?」

 急に真剣な表情をされたので此方も気を引き締めたのだが…。

「記憶通りに行けば、嫉妬した私に君が迫られて受け入れ、途中からは君も積極的に私に奉仕したり跨がってくれたんだが…話をしに行く前にしていくのと後でするのと、どちらが良い?」

「………………絶対にしないです。」

「うん、体位を変えてすると言う事かな?まあ、気になる事があっては落ち着かないし、話の後でしようか。」

「だから、絶対にしないですってば!切迫している状況を考えて下さいよ!」

 一応、説得はしたのだが、終始、機嫌が良さそうに微笑まれてスノーフレークさんと話した後がある意味怖くなった…。
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