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106.「小さな手」

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 守護神の仮定の話が終わると一様に微妙な沈黙が流れたせいか、最後に肩を竦めて「確証は無いから結局は直接調べた方が良い。」と締め括られた。
 最もな意見に同意しながらも、説得力のある説明にその場の誰しもが一応の解答を見出だしたように思う。少しだけ、考え込んでしまいそうになった所に何故かヘルマプロディートス神が近付いて来たので見上げると、シュヴァルト様とは逆の頬へ唐突に口付けられて固まる。

「報酬だからね。」

 片目を閉じて笑う姿に俺はまた、何とも形容しがたい気持ちを抱いて顔面から膝へ突っ伏し、「守護神様…。」と、レイさんの呆れた声が部屋に木霊した…。

 それからの日々は早かったように思う。
 体調も回復し、レイさんが到着して三日後の夕暮れ時にメイさんとリリー様、竜谷の騎士ドラゴンバレーナイトの面々にニルさんと護衛の方々が無事に到着した。
伝心メッセージ】で連絡を受けていたので、教会に先に立ち寄ってシュタルクさんに案内を受けながら塔までやって来た一同を出迎えるとリリー様が感涙しながら走り寄って来た。

「無事で、何よりですわ…っ!」

 堰を切ったように目の前でぼろぼろと涙を流す姿に慌ててハンカチを取り出して手渡すと、ぎゅっと握り締めてから涙を拭う。暫く喋れないであろう様子を見兼ねたように後から静かに近付いて来たメイさんが「ご無事で何よりです。」と頭を下げると、肩から前側に短く斜め掛けにされている革鞄の中から小さな上半身が飛び出して来た。

「こうせい!ぶじ!?けがしてない!?」

「ドラシル!?」

「お預かりしてから、共に行動しておりました。」

 メイさんの言葉に何度か瞬き、何処にも怪我がないか自然と確認してから無事な様子に安堵の息が出る。

「ありがとうございます…。俺は大丈夫。ドラシルこそ、大丈夫か?大変だったろ?」

「だいじょうぶ!もらった、ちからがあるし、めいがたいせつにしてくれた!」

「メイさん…本当にありがとうございます。ドラシルも頑張って迎えに来てくれてありがとう、凄く嬉しい。」

「ううん!こうせいがよろこぶなら、どんなにとおくてもむかえにいくよ。だいすき、だから。」

 えへへとはにかむようなドラシルの姿に俺も感極まって涙が零れた。
 メイさんが鞄からドラシルを鉢ごと手渡してくれ、受け取るとぎゅっと胸に抱き締める。

「本当に無事で良かった…。」

 暫く気持ちが高ぶるまま腕に閉じ込め、落ち着いてから周囲を見渡すと何だか微笑ましげな視線をシュヴァルト様からも向けられており、更に笑みが深まったのを見て守護神も笑っているように思えた。
 皆が皆、一通り落ち着いてから荷解きを済ませ談話室に集って情報の確認と擦り合わせを行なった。
 到着までにやり取りしていたので大きな齟齬も無く、一先ずのこれからの方針も伝え、話し合い事態は順調に進んだ。

 騒ぎが合ったとしたら一通りの話し合いが済んで、各々が警備の配置や宿泊先の手配、物資調達等で動き出した後だった。
 シュヴァルト様がリリー様に相談があると談話室を出て行かれて数分後、脱兎の如く戻って来るなり血走った目を向けて力強く叫ばれた…。

「致したんですの!?私のいない間に!?シュヴァルト様と!!!!!!」

「は………?」

 残っていた人は少なかったものの、その場の空気が凍ったのは言うまでも無い。
 俺は素早くドラシルの入っている鉢を掴んでメイさんに手渡し、メイさんはドラシルを抱えて部屋から速やかに待避してくれる。ドラシルは不思議そうにしながらも「さんぽ!」と、小さな手を振ってくれたので、笑顔で振り返して見送った。
 部屋に残されたのはレイさんと俺とリリー様だけだ、何とかこれで戦えるだろうか…。

「あああああああ!!!!!!見たかったですわぁああああああ!!!!!!ひっそりこっそりねっとりと!!隠れて見たかったですわ!!!!寧ろ、お二人のベッド、いえ、この際贅沢は言いませんは…っ、壁にでもなりたかったのにぃいいいいい!!!!一回でも良いですから!いえ、本当は何回でも見たい欲望はありますが、そこは抑えて、速やかに今夜にでも!早速!一度、再現をむぐうっっっっっ!!!!!!」

 貴族令嬢として、一人の人として、大変駄目な駄々を捏ねていたリリー様だったが、余り時を置かずに複数の影に縛り上げられ、磔のような状態で空中に浮く。
 言わずもがな、後を追ってきたシュヴァルト様なのだがとても頭が痛そうな表情をされている。

「お騒がせしました。気にしないで下さいね、コウセイ。それからリリー、別の話が出来ましたので今すぐ着いて来て下さい。」

 拒否権はあるのだろうかと、そのままの状態で引き摺られて行く彼女を見送りながら遠い目をしてしまう。

「詮索は良くないのかもしれませんが、一体…どの様な話をされていたのでしょうか…。」

「…お察しの通りかと。どうか、危うきに近づかれませんように。」

 出来れば俺も危険に近付きたくはないのだが、そこにシュヴァルト様がいるのならば話は変わってくるなとレイさんと視線を交わすと溜め息を吐かれてしまったが、どうやら付き合ってくれる様子ではあった。申し訳無く感じながらも頼れるレイさんに感謝の言葉を告げると少し目元を細められた。
 因みに、一時間程して戻って来たリリー様は別人かと思うような、とても清んだ目をしながら俺に丁寧に謝って来て、非常に怖かった…。 
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