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76.「魔法使いの塔」

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 折角なので、一階から順番に部屋を確認して行く事にした。
 一階のエントランスホールに当たる部分は玄関扉と物置に繋がる扉があった。
 一応、物置を確認したのだが空の木箱が幾つか置いてあるだけで、特に何も無く、そのまま二階部分へと上がる。

 二階はキッチンや浴室、トイレといった水回りの物が集まっていた。
 確認すると水も出て流れるので無事に使用が可能だ。定期的に清掃しているとの事だったので今も使えるのだろう。

 二階にもめぼしい物は無く、三階に上がると同じ間取りの客室が三部屋と、談話室が一室、この階は完全に来訪者向けになっていた。
 一先ず、各部屋に本が数冊ずつ置いてあるのを確認し、書斎を見つけたら運び出そうと考えて四階部分に上がる。

 四階には主寝室と思われる部屋と物置、そして、探していた書斎があった。
 他と比べて部屋は広く、壁一面に本棚と本が所狭しと並んでいる。
 中央に作業机が有って、机の周囲と上にも本が積まれていたり、何か試作し掛けた魔道具のような物も置いてある。
 目的の部屋を見つけられて良かったと安堵し、客室と、主寝室にも本が数冊置いてあったので回収して書斎に運び入れた。

「後は、五階と六階か…。」

 確認を終えたら守護神を探して呼びに行こうと、まずは五階部分に上がって部屋を見て回ると調薬の作業場と思われる部屋が二部屋と、アトリエのような部屋を一つ見つける。
 壁にはファンタジー世界ならではの妖精のスケッチや美しい風景画が飾られ、絵の具に筆、製作途中のキャンバスが置かれたイーゼルも残っていて、学校の美術室を何となく思い出させた。

「思えば、遠くまで来たな…。」

 本来なら、俺はまだ高校に通っていて、大学に行く為に受験勉強に勤しんでいただろう。
 特別、遣りたい事は無かったけれど、平凡に暮らせればそれで良いと人並みの幸せぐらいは理想として考えていた。
 一人でいるせいか考え込んでしまうなと気を取り直し、部屋を更に見渡すと隅に釣り道具がちょこんと一式置かれているのに気がついた。
 川釣りでもしていたのだろうか?それとも時折、海にでも行っていたのだろうか?
 少し不思議に思いながらも特に本は見当たらなかったので、何となく後ろ髪を引かれる思いで六階部分に向かった。

 一つだけある扉を開けると、どうやら屋上に続いているようだった。
 微風はあるが陽の光が差して心地良く、誘われるままに屋上へ繋がる階段を上がるとヘルマプロディートス神の背中が見える。
 見掛けないと思っていたら、先に屋上まで来ていたようだ。
 屋上の中心地点に立って、地面を眺めていた。

「何か見つかりましたか?」

「君か…まあ、此処が原因なんだろうが、今は何も無い。やはり、暫く様子を見ないと何とも出来ないね。」

 確かに、コツコツと靴で軽く叩かれた石畳の上には何も見えないし、正直言って何も感じない。
 逆に何かあると気がつける守護神はやはり神様なのだろう。

「次の月が満ちた時に対処も出来るだろう、それまで読書でもしていようと思ってね。準備は出来たかい?」

「え…、ええ、出来てますよ。時間潰し用だったのですか?じゃあもう、何も手伝えない…?」

 何か解決に必要になるのかと考えていたので、まだ何か出来るのかと期待していた。
 次の満月となると一週間ぐらいはあるだろう、その間、どうしようか?
 例えば、此処が図書館ならばシュヴァルト様の状態について調べ物も出来るのだがと…そういえば、高名な魔法使いが所持していた本が沢山あるじゃないか!
 先にシュタルクさんに相談しようかとも考えたが、本を物色してからでも遅くは無い。

「俺も一緒に読書していて構いませんか?」

「別に構わないが…君が欲している情報があるとは限らないよ。」

「でも、探さなくては、それこそ一生辿り着けません。」

「それもそうか…。」

 少し寂しげに、何処か優しく微笑まれて動揺した。
 本当にどうしたんだろうか?今朝から少し様子がおかしい気がする。

「まあ、早々に諦めて抱いてくれと言うのを待っているよ。」

「あの…」

「行こうか。」

 軽口にも何処か覇気が無く、本当にどうしたんだと本格的に心配になって来た…。







 その日は結局、シュタルクさんから物資と塔の鍵を受け取った後も書斎で『ヘルマプロディートス神が』読書に励んでいた。
 俺も読書をしようとしたのだが、本棚の端から順番に本を取り出して作業机に持ってくるように言われ、最初に十冊程運んだのだが…そこからが凄かった…。
 一冊の本を一分程で速読してしまい、十冊読むのに平均して十分。しかも、怪しんで何冊か内容を聞くと一言一句間違っていない。
 能力に最早、畏怖を抱きながらも求められるままに本を出して片付けてとしていると自分が本を読む時間が無い!
 途中で訴えると関係するものが有れば抜き出すと言われ、本当に睡眠や昏睡に関する医学書や眠りの魔法といったシュヴァルト様の状態に関係のある本を見つけては手渡され、おまけに記載ページに栞のように適当なメモ用紙を挟んでくれている。
 正直、此処で初めて神か…と心の底から賛辞と共に思ってしまったのは内緒だ。

 結局、休憩を三十分程挟んで深夜までに書斎にあった本を殆ど読み切っただろうか…心理的にだが、本当にこんな所で神々しい力を発揮しないで欲しかった…。
 本人より此方がぐったりしていたのだが、収穫はあったので礼を口にし、食後に受け取った本を読もうと部屋に置いて、シュタルクさんが準備してくれていた夕食を守護神が寛いでいる談話室に持って行ったのだが…。

「食事は嫌いだ…。」

「いや、そんな全国の子供を凌駕する発言をしないで下さい。」

 ピーマンが嫌いならばまだ分かるし、他の物が食べられるならば良いが…食事を全否定しないで欲しい。

「何がそこまで嫌なんですか?」

「他の生物から命を奪うという概念が野蛮だろう。生物にとっては必要な過程だが、私たちはそもそも食事を必要としない存在だ…慣れないし、面倒だ。」

 面倒、が本心のような言い方だが、理由が何であれ食べて頂かないと休憩中も紅茶だけだったので、シュヴァルト様のお体が持たない。
 良案が無いかと考えていると可笑しそうに笑って守護神が此方を見た。

「君は料理は出来るか?」

「俺ですか…?簡単な物ならできますけど、上手くはないです。」

 母に少し習ったが、たまに作ってくれる会社員の父の方が実は料理が上手くて、母も俺も好きだった。
 舌は父の料理で鍛えられているものの、経験が浅くて同じ物は作れない。

「では、次から君が作ってくれ。まだ、その方が食べられる。」

「え、いや…だから…」

「シュヴァルトの体が弱るぞ。」

 最高の脅し文句に反論も出来なくて固まる。
 何故だろうか、予想外の出来事ばかり起こってしまうのは…。
 項垂れながらも、今夜は持ってきた物を少しは食べてくれる様子の守護神に力無く頷いた。
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