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60.「アーベントイアー散策Ⅸ」
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マンドラゴラ以外の荷物は全て【異空間収納】に仕舞ってから道具屋を後にし、商店街を再び歩き出したのだがシュヴァルト様の様子が気に掛かった。
何かを考え込んでいるのか心ここにあらずで、危なげなく歩いてはいるものの心配で反射的に手を取らせて頂くと此方を振り向いてから悠然と微笑まれた。
「コウセイ、参りましょう。」
「え?」
問う間もなく、するすると人波を避けて先へ先へと手を引かれて先導される。
行き交う冒険者、街人、旅人、女性に男性、子供に老人、様々な人の顔が暮れ行く日の光で照らされ流れて行く。
目まぐるしく変化する景色に最初こそ戸惑ったが、シュヴァルト様が何処か楽しげで、じわじわと伝染して来た気持ちと一緒に気がつけば後を夢中で追い掛けていた。
やがて、商店街を抜け、大通りから逸れて小道を進み、街の端の方まで来ると長い階段を上って行く。
煉瓦造りのしっかりとした足場を上り終え、外壁の上まで辿り着くと街の外が一望出来た。
「ここは?」
「民に開放されている展望台です。アーベントイアーは城郭都市ですし、非常時は物見櫓の一つとして使用されるのですが、此処だけ普段は自由に出入り出来るそうです。」
「そうなのですね…。」
説明を聞きながら眼下に広がる景色を自然と眺める。
平原の中に街道が一本通っており、少し遠くには森が見えるのだが夕日に染まって影を作り始めている。
逢魔が時を迎えようとする何とも幻想的な雰囲気と高台からの景色に暫し魅入られた。
「とても、綺麗ですね…。」
月並みな言葉になってしまったが感動したままを口にするとシュヴァルト様が嬉しそうに微笑んで下さる。
「それは本当に良かった。コウセイと一緒に見たいと考えていましたので…先程の…。」
一度、言葉を切ると彼が俺の方へ真っ直ぐ向き直り何処か困ったように眉を寄せた。
どうされたのかとも思ったが大事な事を話そうとしている雰囲気に言葉を飲み込む。
「私は…人としてまだまだ未熟だと、痛感させられました。貴方に想いを寄せながらも、どう行動すれば良いかが分かっていなかった。コウセイを攫って、二人だけで何処かへ行って、閉じ込めて、私だけしか見えないようにしたいと本気で考えたりもしていたのですが…先程の店主の言葉に、貴方の恋人になれたのならばどれだけ幸せなのかと、居ても立ってもいられなくなって…勢いで連れて来てしまいました。」
「…シュヴァルト様…、その、俺は…。」
「今直ぐに答えが欲しい訳ではありません。コウセイも戸惑ているでしょうし…只、覚えていて欲しいのです。私が貴方を心から想っていると…。」
本当に何と答えて良いのか、完全に戸惑う思考とは裏腹に体の内側から這い上がって来る叫び出したい程の歓喜の衝動を堪えるのに微動だに出来なかった。
今、口を開いても意味のない言葉しか紡げないだろうと、代わりに何度も頷くとシュヴァルト様はそれで満足して下さったのか深い笑みを浮かべてから俺の頬に指先を寄せる。
「日が沈む頃で良かった…。」
不意に落とされた呟きに意味が分からずきょとんと見つめてしまうと可笑しそうな御様子で頬を軽くつつかれる。
「自惚れずに、まだ自制が出来ますので…夕日のせいでコウセイの顔が赤いのだと。」
「っ…シュヴァルト様!?」
軽口だとは分かるのだが、漂っている甘い雰囲気も手伝って実に気恥ずかしい。
どうした物かと考え、自分だけ焦っているのは何だか悔しい気持ちもあって離れようとするシュヴァルト様の腕を掴んで唇は流石にと、殆ど頬の口端に軽く唇を押し当てる。
柔らかい皮膚の感触に鼓動が早まるのを感じ、緊張冷めやらぬ内に顔を離すと見開かれた紫水晶の瞳と視線がぶつかる。
ゆっくりと細められる目許と皮肉げに歪んだ口許、顔色はやはり傾いた日の光りで分からないが、シュヴァルト様の言葉の意味は分かった気がする。
「んっ…!」
何か言う前に噛み付くように唇が塞がれ、咄嗟に紙袋を抱える腕に力を入れて落とさないようにしながらも激しい口付けに体の力が抜けそうになり腰を支えられる。
安定はしたのだが、同時に腰が引けても後ろに下がれず、後頭部も片手で固定されて深い角度で咥内を貪られると急速に熱が集まってくる感覚に身震いした。
「…ぁ、く…っ…」
今までの経験が体に変化をもたらしている事に気がつきつつも、止まない口付けに、絡まる舌に、吸い上げられる唾液に羞恥と一緒に焦りが生まれる。
人がいないとは言え、屋外でこの状態が続くのは色々と不味い。
シュヴァルト様も気付いてはいる筈なのだが、聞いていた通り止め難いのだろうかと思った頃、場違いな声が上がった。
「なおーん。」
一瞬、猫かと思考が逸れ、彼の動きもピクリと反応して緩まる。
僅かな隙をついて体を離すともう一度下の方から声が上がった。
「あおーん?」
「っ…な…んで…、ぎも…ん系?」
荒い息を整えながら紙袋の中で首を傾げているマンドラゴラの様子に思わず笑みが溢れる。
鳴き声が定まらないのか、再び首を逆方向に傾けるとまた鳴く。
「ぎゃおーん!」
竜のような声で鳴き、ドヤア!と満足顔を浮かべるとお風呂に浸かるように土の中に肩まで深く潜って行く。
意外な伏兵に助けられ、軽率な行動に反省しつつシュヴァルト様の方を見ると微苦笑を浮かべている。
「コウセイの竜騎士気取りなのでしょうか?兎に角、助かりました。」
「そうですね。あの、申し…」
「謝らないで下さいね?嬉しかったのですから…今日は、本当にありがとうございました。」
「あ、はい!こちらこそ、誘って頂いてとても楽しかったです。ありがとうございます。…あの、良ければまた…俺と出掛けて下さいませんか?」
日が沈むように終わりが近づき、寂しさから勝手に口が動く。
断られる可能性や旅の途中である事は頭の隅にはあったのだが、シュヴァルト様と何か約束がしたかった。
「勿論です。道中また、機会を探しますね。」
「はい!」
こうして、シュヴァルト様との初めての街の探検は幕を閉じた。
何かを考え込んでいるのか心ここにあらずで、危なげなく歩いてはいるものの心配で反射的に手を取らせて頂くと此方を振り向いてから悠然と微笑まれた。
「コウセイ、参りましょう。」
「え?」
問う間もなく、するすると人波を避けて先へ先へと手を引かれて先導される。
行き交う冒険者、街人、旅人、女性に男性、子供に老人、様々な人の顔が暮れ行く日の光で照らされ流れて行く。
目まぐるしく変化する景色に最初こそ戸惑ったが、シュヴァルト様が何処か楽しげで、じわじわと伝染して来た気持ちと一緒に気がつけば後を夢中で追い掛けていた。
やがて、商店街を抜け、大通りから逸れて小道を進み、街の端の方まで来ると長い階段を上って行く。
煉瓦造りのしっかりとした足場を上り終え、外壁の上まで辿り着くと街の外が一望出来た。
「ここは?」
「民に開放されている展望台です。アーベントイアーは城郭都市ですし、非常時は物見櫓の一つとして使用されるのですが、此処だけ普段は自由に出入り出来るそうです。」
「そうなのですね…。」
説明を聞きながら眼下に広がる景色を自然と眺める。
平原の中に街道が一本通っており、少し遠くには森が見えるのだが夕日に染まって影を作り始めている。
逢魔が時を迎えようとする何とも幻想的な雰囲気と高台からの景色に暫し魅入られた。
「とても、綺麗ですね…。」
月並みな言葉になってしまったが感動したままを口にするとシュヴァルト様が嬉しそうに微笑んで下さる。
「それは本当に良かった。コウセイと一緒に見たいと考えていましたので…先程の…。」
一度、言葉を切ると彼が俺の方へ真っ直ぐ向き直り何処か困ったように眉を寄せた。
どうされたのかとも思ったが大事な事を話そうとしている雰囲気に言葉を飲み込む。
「私は…人としてまだまだ未熟だと、痛感させられました。貴方に想いを寄せながらも、どう行動すれば良いかが分かっていなかった。コウセイを攫って、二人だけで何処かへ行って、閉じ込めて、私だけしか見えないようにしたいと本気で考えたりもしていたのですが…先程の店主の言葉に、貴方の恋人になれたのならばどれだけ幸せなのかと、居ても立ってもいられなくなって…勢いで連れて来てしまいました。」
「…シュヴァルト様…、その、俺は…。」
「今直ぐに答えが欲しい訳ではありません。コウセイも戸惑ているでしょうし…只、覚えていて欲しいのです。私が貴方を心から想っていると…。」
本当に何と答えて良いのか、完全に戸惑う思考とは裏腹に体の内側から這い上がって来る叫び出したい程の歓喜の衝動を堪えるのに微動だに出来なかった。
今、口を開いても意味のない言葉しか紡げないだろうと、代わりに何度も頷くとシュヴァルト様はそれで満足して下さったのか深い笑みを浮かべてから俺の頬に指先を寄せる。
「日が沈む頃で良かった…。」
不意に落とされた呟きに意味が分からずきょとんと見つめてしまうと可笑しそうな御様子で頬を軽くつつかれる。
「自惚れずに、まだ自制が出来ますので…夕日のせいでコウセイの顔が赤いのだと。」
「っ…シュヴァルト様!?」
軽口だとは分かるのだが、漂っている甘い雰囲気も手伝って実に気恥ずかしい。
どうした物かと考え、自分だけ焦っているのは何だか悔しい気持ちもあって離れようとするシュヴァルト様の腕を掴んで唇は流石にと、殆ど頬の口端に軽く唇を押し当てる。
柔らかい皮膚の感触に鼓動が早まるのを感じ、緊張冷めやらぬ内に顔を離すと見開かれた紫水晶の瞳と視線がぶつかる。
ゆっくりと細められる目許と皮肉げに歪んだ口許、顔色はやはり傾いた日の光りで分からないが、シュヴァルト様の言葉の意味は分かった気がする。
「んっ…!」
何か言う前に噛み付くように唇が塞がれ、咄嗟に紙袋を抱える腕に力を入れて落とさないようにしながらも激しい口付けに体の力が抜けそうになり腰を支えられる。
安定はしたのだが、同時に腰が引けても後ろに下がれず、後頭部も片手で固定されて深い角度で咥内を貪られると急速に熱が集まってくる感覚に身震いした。
「…ぁ、く…っ…」
今までの経験が体に変化をもたらしている事に気がつきつつも、止まない口付けに、絡まる舌に、吸い上げられる唾液に羞恥と一緒に焦りが生まれる。
人がいないとは言え、屋外でこの状態が続くのは色々と不味い。
シュヴァルト様も気付いてはいる筈なのだが、聞いていた通り止め難いのだろうかと思った頃、場違いな声が上がった。
「なおーん。」
一瞬、猫かと思考が逸れ、彼の動きもピクリと反応して緩まる。
僅かな隙をついて体を離すともう一度下の方から声が上がった。
「あおーん?」
「っ…な…んで…、ぎも…ん系?」
荒い息を整えながら紙袋の中で首を傾げているマンドラゴラの様子に思わず笑みが溢れる。
鳴き声が定まらないのか、再び首を逆方向に傾けるとまた鳴く。
「ぎゃおーん!」
竜のような声で鳴き、ドヤア!と満足顔を浮かべるとお風呂に浸かるように土の中に肩まで深く潜って行く。
意外な伏兵に助けられ、軽率な行動に反省しつつシュヴァルト様の方を見ると微苦笑を浮かべている。
「コウセイの竜騎士気取りなのでしょうか?兎に角、助かりました。」
「そうですね。あの、申し…」
「謝らないで下さいね?嬉しかったのですから…今日は、本当にありがとうございました。」
「あ、はい!こちらこそ、誘って頂いてとても楽しかったです。ありがとうございます。…あの、良ければまた…俺と出掛けて下さいませんか?」
日が沈むように終わりが近づき、寂しさから勝手に口が動く。
断られる可能性や旅の途中である事は頭の隅にはあったのだが、シュヴァルト様と何か約束がしたかった。
「勿論です。道中また、機会を探しますね。」
「はい!」
こうして、シュヴァルト様との初めての街の探検は幕を閉じた。
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