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54.「アーベントイアー散策Ⅲ」
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「シュヴァルト様、一体どうされたのですか?」
再び落ち着きを取り戻してから心配してくれる彼を軽く押し止め、言動が普段と異なっている事を神妙な面持ちで訪ねると苦笑しながらも話し出して下さった。
「今回の事で私も反省を致しました。今まではコウセイに不必要だと思われる情報は詳しく説明せずに省いておりましたが、少なくとも貴方が関係、実害を被る事は素直に話して置くべきだったと考えを改めたのです。その最たる物が私の情動です…。」
視線を一度下げたシュヴァルト様は言葉を選んでいるのか、少し考える素振りを見せてから此方に視線を戻した。
「まず、『守護神』による影響が全て神のせいだとは言いません。寧ろ私の思いは私の物なので言いたくないのですが…。コウセイ、先程もそうですが貴方に触れたく…抱きたくて堪らなくなるのです。優しい言葉を掛けられただけ、ほんの何気ない仕種を見ただけで…酷く胸がかき乱されてしまいます。勿論、自制は今後もして行きますが、絶対に安全とは最早言い切れません。本来ならば距離を置くべきなのかもしれません、しかし…。」
一度戸惑うように視線が揺れ、そして激しい熱を孕みながらも同時に途方もなく冷えた、複雑に感情が絡み合った眼差しで射抜かれる。
「貴方が傍にいなければ私の世界は色褪せる。とても無価値で無意味な、それこそ全てを壊してしまっても何も思わない程の…だから、危険だと分かっていてもコウセイに傍にいて欲しい…。」
本心と感じ取れるからだろうか、切々と神に懺悔でもするように告げられた言葉は只々、心を満たすだけだった。
「…今のお言葉だけで充分です。危険だとおっしゃいますが、シュヴァルト様がいつも俺を気遣って下さっているのを知っています。出会ってから変わらず、いつも無理をしてでも気に掛けてくれている。だから、これからはどうか俺の前で無理をなさらないで下さい。貴方様が苦しむ方が、何倍も辛いです。」
だから、俺も本心からの言葉を返せる。
あれこれと考え込んでしまうと前に進めなくなる気がして、思ったままを口にするとシュヴァルト様の方が困ったような、けれども何処か嬉しそうに表情を歪められた。
「…ありがとうございます、コウセイ…。」
此方が受け入れて貰えたような感覚に満足して頬を緩め、無意識に入っていた肩の力を抜く。
正直、この先が思いやられる気しかしないが、シュヴァルト様の為なら魂でも売り払える覚悟はある。
決意を密かに改めていると目の前のパニャーニアを勧められ、今度は自分で口に運んだからか漸く少しは味わえたように思う。
食事を無事に終え、残った食器類は魔法で軽く洗って【異空間収納】に収納してから気になっていた水鏡の泉を体験して行く運びになった。
二人並んで泉に近付き、水面を覗き込んだタイミングでシュヴァルト様が説明をして下さる。
「水鏡の泉には未来を占う力があると言われています。全ての方が常に見えると言った都合の良い物では無いのですが、岐路にある者、良くも悪くも運命を目前にした者等が何か啓示を受けるそうです。」
「成る程、それは一度見てみたくなる不思議なお話しですね。このまま水面を見ていれば良いのでしょうか?」
「いえ、指先でも良いので水に触れてみて下さい。それで見える者は変化が起こるそうです。」
「分かりました。」
神社でおみくじを引くような好奇心を抱きながら教えて頂いた通りに水面へと伸ばした指先を触れさせる。
すると、小さな波紋が広がり、徐々に縁へと広がって行く。
最初は何の変哲も無い波紋だった。
魅入られるように暫く見つめていると透き通っていた水面に突然、花開くように色が散る。
最初は光のように輝く黄が大きく弾けて大輪を咲かせ、次いで暖かさを感じるような優しい赤が咲き乱れる。
鮮やかさは一瞬にして澄んだ青に上塗りされ、まるでそこに青空が広がったようだった。
驚く間も惜しむように青空は怪しさを含んだ夜空に変化し、星のように浮かんだ赤茶色の粒が一つ、二つ、三つと存在を示すように激しく明滅する。
目まぐるしく続く光景は終わらず、次の瞬間には闇夜を燃え上がらせる深紅の大火が広がった。
目を凝らすとグレイオ様の姿が見えた気がして、直ぐに掻き消えてしまう。
消したのは神秘的な色を含んだ紫で、シュヴァルト様の瞳の色と認識しているからか、一瞬にして心が浮き立った。
いつまでも眺めていたかったのだが、徐々に変色し最後には今までの全ての色が混ざりあったように真っ黒に染まってしまう。
一貫して不思議で興味深い光景ではあったものの、何とも不吉な結末にごくりと喉を鳴らして瞬くと泉の色はいつの間にか元の澄んだ色に戻っていた。
「コウセイ、何か見えたのですか?」
「…はい、色々と見えたのですが…。」
暫く呆然としていたせいか、気遣わしげに声を掛けられて我に返る。
泉から指を抜き、手を握り締めながら今見た情景をお伝えすると少し考え込むようにシュヴァルト様が眉を寄せ、数秒だけ沈黙が流れると私見ですがと前置きしてから話し出してくれた。
「多くの色はそれに関係した人物との未来を示すと思います。今後、出会う者達か、或いは出会っている者との縁とでも言いましょうか。グレイオ様の姿が見えた事に関しては、現在の距離的に考え難くは有りますが何か今後、直接的か間接的かは分かりませんが、また関わる機会が有るのかもしれません。嬉しくも私を連想させる色が見えたとなれば、関わるか対処は出来るのでしょう。最後は黒に染まった事…一見、不気味にも感じてしまいますが多くの運命が絡みあったような感覚ならば明確な未来がまだ見えないだけとも考えられます。ですから、必要以上に怖がらなくて良いと思いますよ。」
俺の拙い説明だけで的確に解釈されているのは流石の一言に尽きる。
しかも、安心させるように言葉を選び、説得力を持って説明して下さる心遣いに落ち着きを徐々に取り戻せた。
「ありがとうございます。そう言って頂けて随分と心持ちが楽になりました。それにしても、本当に未来のような物が見えるとは思いませんでした。」
「そうですね、正直私も半信半疑でした。流石、コウセイとしか言えません。」
何やら手放しで褒めて下さる様子を擽ったく感じつつ、シュヴァルト様も何か見えるのではと思い至る。
「宜しかったらシュヴァルト様も占ってみてはどうでしょうか?」
「私もですか?分かりました、何か情報が得られれば良いですしね。」
純粋に楽しんで下さって構わないのだが、理知的な意見を口にしながら彼の長く綺麗な指先が水面を撫でる。
此方からは只、美しい水が波紋を描くだけだったのだが、何故か泉を見つめるシュヴァルト様の表情が段々と険しくなり、眉間にくっきりと皺を作りながら瞼を伏せた。
「シュヴァルト様…?」
「コウセイ、私は神も啓示も嫌いです。」
「え!?」
苦渋に満ちた声で絞り出された言葉に何か凶兆でも見えてしまったのかと、心配しながら彼が話してくれるのを暫く待った。
再び落ち着きを取り戻してから心配してくれる彼を軽く押し止め、言動が普段と異なっている事を神妙な面持ちで訪ねると苦笑しながらも話し出して下さった。
「今回の事で私も反省を致しました。今まではコウセイに不必要だと思われる情報は詳しく説明せずに省いておりましたが、少なくとも貴方が関係、実害を被る事は素直に話して置くべきだったと考えを改めたのです。その最たる物が私の情動です…。」
視線を一度下げたシュヴァルト様は言葉を選んでいるのか、少し考える素振りを見せてから此方に視線を戻した。
「まず、『守護神』による影響が全て神のせいだとは言いません。寧ろ私の思いは私の物なので言いたくないのですが…。コウセイ、先程もそうですが貴方に触れたく…抱きたくて堪らなくなるのです。優しい言葉を掛けられただけ、ほんの何気ない仕種を見ただけで…酷く胸がかき乱されてしまいます。勿論、自制は今後もして行きますが、絶対に安全とは最早言い切れません。本来ならば距離を置くべきなのかもしれません、しかし…。」
一度戸惑うように視線が揺れ、そして激しい熱を孕みながらも同時に途方もなく冷えた、複雑に感情が絡み合った眼差しで射抜かれる。
「貴方が傍にいなければ私の世界は色褪せる。とても無価値で無意味な、それこそ全てを壊してしまっても何も思わない程の…だから、危険だと分かっていてもコウセイに傍にいて欲しい…。」
本心と感じ取れるからだろうか、切々と神に懺悔でもするように告げられた言葉は只々、心を満たすだけだった。
「…今のお言葉だけで充分です。危険だとおっしゃいますが、シュヴァルト様がいつも俺を気遣って下さっているのを知っています。出会ってから変わらず、いつも無理をしてでも気に掛けてくれている。だから、これからはどうか俺の前で無理をなさらないで下さい。貴方様が苦しむ方が、何倍も辛いです。」
だから、俺も本心からの言葉を返せる。
あれこれと考え込んでしまうと前に進めなくなる気がして、思ったままを口にするとシュヴァルト様の方が困ったような、けれども何処か嬉しそうに表情を歪められた。
「…ありがとうございます、コウセイ…。」
此方が受け入れて貰えたような感覚に満足して頬を緩め、無意識に入っていた肩の力を抜く。
正直、この先が思いやられる気しかしないが、シュヴァルト様の為なら魂でも売り払える覚悟はある。
決意を密かに改めていると目の前のパニャーニアを勧められ、今度は自分で口に運んだからか漸く少しは味わえたように思う。
食事を無事に終え、残った食器類は魔法で軽く洗って【異空間収納】に収納してから気になっていた水鏡の泉を体験して行く運びになった。
二人並んで泉に近付き、水面を覗き込んだタイミングでシュヴァルト様が説明をして下さる。
「水鏡の泉には未来を占う力があると言われています。全ての方が常に見えると言った都合の良い物では無いのですが、岐路にある者、良くも悪くも運命を目前にした者等が何か啓示を受けるそうです。」
「成る程、それは一度見てみたくなる不思議なお話しですね。このまま水面を見ていれば良いのでしょうか?」
「いえ、指先でも良いので水に触れてみて下さい。それで見える者は変化が起こるそうです。」
「分かりました。」
神社でおみくじを引くような好奇心を抱きながら教えて頂いた通りに水面へと伸ばした指先を触れさせる。
すると、小さな波紋が広がり、徐々に縁へと広がって行く。
最初は何の変哲も無い波紋だった。
魅入られるように暫く見つめていると透き通っていた水面に突然、花開くように色が散る。
最初は光のように輝く黄が大きく弾けて大輪を咲かせ、次いで暖かさを感じるような優しい赤が咲き乱れる。
鮮やかさは一瞬にして澄んだ青に上塗りされ、まるでそこに青空が広がったようだった。
驚く間も惜しむように青空は怪しさを含んだ夜空に変化し、星のように浮かんだ赤茶色の粒が一つ、二つ、三つと存在を示すように激しく明滅する。
目まぐるしく続く光景は終わらず、次の瞬間には闇夜を燃え上がらせる深紅の大火が広がった。
目を凝らすとグレイオ様の姿が見えた気がして、直ぐに掻き消えてしまう。
消したのは神秘的な色を含んだ紫で、シュヴァルト様の瞳の色と認識しているからか、一瞬にして心が浮き立った。
いつまでも眺めていたかったのだが、徐々に変色し最後には今までの全ての色が混ざりあったように真っ黒に染まってしまう。
一貫して不思議で興味深い光景ではあったものの、何とも不吉な結末にごくりと喉を鳴らして瞬くと泉の色はいつの間にか元の澄んだ色に戻っていた。
「コウセイ、何か見えたのですか?」
「…はい、色々と見えたのですが…。」
暫く呆然としていたせいか、気遣わしげに声を掛けられて我に返る。
泉から指を抜き、手を握り締めながら今見た情景をお伝えすると少し考え込むようにシュヴァルト様が眉を寄せ、数秒だけ沈黙が流れると私見ですがと前置きしてから話し出してくれた。
「多くの色はそれに関係した人物との未来を示すと思います。今後、出会う者達か、或いは出会っている者との縁とでも言いましょうか。グレイオ様の姿が見えた事に関しては、現在の距離的に考え難くは有りますが何か今後、直接的か間接的かは分かりませんが、また関わる機会が有るのかもしれません。嬉しくも私を連想させる色が見えたとなれば、関わるか対処は出来るのでしょう。最後は黒に染まった事…一見、不気味にも感じてしまいますが多くの運命が絡みあったような感覚ならば明確な未来がまだ見えないだけとも考えられます。ですから、必要以上に怖がらなくて良いと思いますよ。」
俺の拙い説明だけで的確に解釈されているのは流石の一言に尽きる。
しかも、安心させるように言葉を選び、説得力を持って説明して下さる心遣いに落ち着きを徐々に取り戻せた。
「ありがとうございます。そう言って頂けて随分と心持ちが楽になりました。それにしても、本当に未来のような物が見えるとは思いませんでした。」
「そうですね、正直私も半信半疑でした。流石、コウセイとしか言えません。」
何やら手放しで褒めて下さる様子を擽ったく感じつつ、シュヴァルト様も何か見えるのではと思い至る。
「宜しかったらシュヴァルト様も占ってみてはどうでしょうか?」
「私もですか?分かりました、何か情報が得られれば良いですしね。」
純粋に楽しんで下さって構わないのだが、理知的な意見を口にしながら彼の長く綺麗な指先が水面を撫でる。
此方からは只、美しい水が波紋を描くだけだったのだが、何故か泉を見つめるシュヴァルト様の表情が段々と険しくなり、眉間にくっきりと皺を作りながら瞼を伏せた。
「シュヴァルト様…?」
「コウセイ、私は神も啓示も嫌いです。」
「え!?」
苦渋に満ちた声で絞り出された言葉に何か凶兆でも見えてしまったのかと、心配しながら彼が話してくれるのを暫く待った。
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