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40.「穢れた想い」

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「【土防護壁アースプロテクションウォール】!」

 一直線に飛んできた幾つもの黒い水弾にいち早く対処して下さったのは意外にもリリー様だった。
 前方に土の防護壁を三枚、並び重なるよう瞬時に構築して攻撃を防ぐと忌々しそうに表情を歪めて叫んだ。

「攻撃が重いですわ!なんてモノを放置プレイしているのですか!【土防護壁アースプロテクションウォール】!」

 早口で捲し立てながら土壁を追加してくれたのだが、壁の向こうから聞こえる轟音が危険性を物語っている。
 更にリリー様が矢継ぎ早に三度目の【土防護壁アースプロテクションウォール】を発動した所で間近に来ていたヴィアベル王太子殿下から指示が入った。

「【浄化】を頼みたい。今のままではあの者を止める事は出来ない。怒りと怨み、それ以上の悲しみで暴走しているんだ。」

「…!」

「コウセイ、不本意ですが【浄化】に集中して下さい。他の事は私達で対処致します。」

 色々と物申したいのは俺も彼も同じ様子だが、庇うようにシュヴァルト様に前に出られたのでは今は何も言う気にはなれないし、助かる為にも現状を何としても突破しなくてはいけない。
 戦いの中、無防備になるのは承知で意識を集中させ、何度か深い呼吸を繰り返しながら精神を落ち着かせて行く。
 緩やかに自分の魔力を高めて周囲に放ち、広げて行くと余り間を置かずに耳を劈く絶叫が廊下に木霊した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」

 怨嗟を体現したような叫びと共に酷くなった攻撃音と衝撃派。
 しかし、それに構っていられる余裕は全く無かった。

 何かが濁流のように意識に流れ込んで来て駆け抜けて行く。
 神経が焼き切れるのでは無いかと言う錯覚と共に見えたのは海岸を歩く一人の少女の姿だった。
 透き通る水色の長髪に白い肌、清楚な白いドレスを潮風に靡かせ裸足で砂浜を歩んでいる。
 音は聴こえないが何かを口ずさんでいるのか微笑みながら歌う姿は楽しげで、無邪気な様子が伺えた。

 しかし、不意に此方に気がつき振り向いた彼女の深い青色の瞳は何も映してはいない。
 ああ、この人は目が見えないのだろうか…でも、なんて幸せそうに笑うのだろうー…。
 彼女が何かを問いかけて、その瞬間に視点が入れ替わった。

 次に見えたのは優しく微笑む男性、ヴィアベル王太子殿下に良く似たその人は何かを腕に抱えて嬉しそうに話している。
 同じ気持ちを抱いているからよく分かるのかも知れないが、この人は彼女に恋をし、愛したのだろう。
 それを証明するように甘やかな瞳が彼女に向けられ、二人の距離が近づくのが分かって見ている此方が恥ずかしかったー…。

 そして、また視点がぐるりと入れ替わる。
 暗く細い道を抜け、明るく開けた視界に飛び込んだのは…絨毯に広がる真っ赤な鮮血と倒れているあの少女。
 美しかった薄青い髪が赤に染まって汚れ、白い肌には生気が感じられない。

 何より、大好きだった彼女の笑顔がある筈も無く、虚ろな瞳は涙に濡れている。

 あの人がいない間は私が守ると約束した、あの人があなたを想うぐらい私もあなたが大切だったー…。
 なのに、その約束を守れなかったー…。

 その想いが過ぎったのを最後に視界が真っ暗に染まり、体が鉛のように重たくなって俺は膝をついたのだろう。
 感覚だけでそれを理解し嫌な汗がどっと体から湧き出た気がするが、今はもう響き続ける叫び声が恐ろしくは無かった。
 まるで、幼い子供が泣きじゃくっているようにしか聞こえない悲哀に満ちた声を痛ましく思い、無理にだが笑顔を浮かべた。

 そして、幼子をあやすように何度も力を流し続け、同時に語り掛ける。

 もう良いんだと、君が想う彼女は君に苦しみを求めてはいない。
 大事だったという彼女も君を大事に思っていたんじゃないか?
 それに彼女は今、怒っても悲しんでもいないと思う。
 信じて貰えるか分からないが、楽しげな声がこの城に来てから聞こえるんだ。
 でも何故か、彼女は今もこの城に囚われている。
 原因はまだ分からないが、このままでは君の想う彼女は永遠に救われない。
 だから落ち着いて、出来れば協力して欲しい…一緒に今度こそ彼女を助けに行かないか?

 説得が届くかどうかは分からないし、推測できる状況からの言葉だったが、この子をこのままにしていたくは無かった。
 その思いだけで【浄化】を続け、語りかけているとやがて攻撃の音が徐々に止んで行く。
 辺りが完全に静かになったのを確認し、周囲から漂う安堵の気配に自分も息を吐き出したのだが、戻らない視界に苦笑し…。

「彼女は歌っていたんだな…。」

 明瞭に聴こえるようになった澄んだ美しい声と幻視した姿も相まって、まるで人魚が歌っているような錯覚を覚えた。
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