呪われた騎士と関西人

ゆ吉

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2章

48.「約束」

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「なんか、良い夢見た気がする…。」

 日の光がカーテン越しに入って室内が明るくなって来たんで目が覚めた。
 昨夜のぼんやりした心地良い夢を思い出しながらフォルクを探して横を見たら姿が無くて、一気に寝ぼけた頭が覚醒して飛び起きる。
 今まで起きた時には必ず近くにおったからなんでおらんのかと部屋を見渡すが、やっぱり姿は見えん。

 何処に行ったんかとそのまま慌てて部屋を飛び出し、柔らかい絨毯の敷かれた長い廊下を裸足で駆けて探し回ってたら中庭から楽しそうな声が聞こえて来て窓からそっちを見たら木製のガーデンテーブルと椅子があり、座ってるウィプキングさんとその少し先に誰かを背中に乗せて遊んでるフォルクの姿が見えた。

 まさかの浮気現場!?
 その背中は俺の特等席…!いや、何を考えとんねんと居場所が分かったんで安心したんかボケつつ、出入口探して見つけるなりフラフラその場へと近づいて行った。

「フォルク…。」

「おお、ダイチ。起きた…」

 ウィプキングさんが先に気がついて振り返ってくれたんやけど俺の姿を見るなり固まって、神妙に上から下まで確認してから一つ頷くと立ち上がって近づいて来る。

 どうしたんかな?と、思ってたらシャツに手を伸ばして釦を一つずつ止めて行ってくれたんで漸く寝てる間に衣服が乱れてたんかと、後ついでにズボンもベルトしてなかったから普段よりズレてるし、裸足やし…寝起きで顔洗ってない上に多分、髪も寝癖がと思い至った。

「あの、もう一回登場やり直して良いですかね?」

「うむ、構わんよ。このままだと誰かに見咎められてどの道やり直しさせられるじゃろうて。」

 ですよねー。
 お客さん扱いされてるとは言え、どう考えても身分の高いウィプキングさんの前に出てくる格好やない。
 本人は気にせんでも周囲がええ顔せんわなと、こっちに気づいて見てたフォルクに手を振ってから一度部屋に戻って行った…。

 さて、俺は目を覚ますとフォルクが隣にいない事に素早く気がつきながらも冷静に、それはもう落ち着き払って服を着込み、ちょうど朝食や水桶、タオルやらと朝の準備に必要な物をトレイに乗せて持って来てくれた執事さんぽい壮年の方に優雅にお礼を言ってから身支度を念入りに整え、食事は偶然見つける予定のウィプキングさんとかと食べれば良いなとトレイに乗せたまま手に持って中庭へと向かった。

 到着するとお茶しながら軽食食べてるウィプキングさんの横の席に見知らぬ男の子とその近くの地面にフォルクが座ってて…なんか…いや、別に何処に座ってても良いし…フォルクも自由行動したい時はあるやろうけど、なんか場所取られたみたいでく、悔しいんだからね!

「ダイチ、起きたようじゃな?おはよう。」

 心でハンカチ噛んでたらウィプキングさんが律儀に登場シーンをやり直してくれてるんで、俺も乗っかって軽く頭を下げた。

「おはようございます、ウィプキングさん。いや、ウィプキング様の方がええです?」

「むむ、ダイチにそう呼ばれるとグッと胸に来るものがあるが、さんで良い。なんなら呼び捨てて貰っても構わんぐらいじゃ。」

「呼び捨ては色々と問題がある気がするんで、ウィプキングさんで行きますね。…後、彼はどちら様で?」

「おお、この子は儂の孫じゃ。名をユヴェーレン・ラントヴィルトシャフトと言う。なかなか可愛いじゃろ?」

 初孫を全力で喜ぶおじいちゃんて感じでデレデレのウィプキングさんが紹介してくれた濃茶の短髪と意思の強そうな瞳にキリッとした眉は遺伝かなの小学一、ニ年生ぐらいの男の子。
 白いシャツに黒のベスト、グレーの短パンに黒のソックスと革靴のユヴェーレン君が椅子から立ち上がると丁寧にお辞儀してから顔を上げた。

「ダイチ様。おじい様を助けて頂き、本当にありがとうございました。僕にとっても王国の民にとっても、とても大切なお方なのです…感謝に堪えません、ありがとうございます…っ…。」

 最初はハキハキと話してたが、段々と目元が潤んで来て最後は涙声になったんで思わずウィプキングさんの方見たら眉がハの字に口元がヘの字になっててめっちゃ精神的ダメージ食らってるのが分かる。
 ヴェルデ様には強いみたいやけど、完全にユヴェーレン君には弱いみたいやな…。

「気持ちは有り難く貰いますけど、俺はそんな大した事してないんで…寧ろ戦ったフォルクを褒めてあげて下さい。」

「勿論、フォルクにはお礼を言わせて頂きました。それから、ダイチ様の大切な従魔なのに勝手にお借りしてしまってすいませんでした。とても珍しい魔獣でしたので、つい…年甲斐もなく興奮してしまいまして無理を言ってしまいました。」

 申し訳なさそうにペコリと頭を下げてくれたんやけど、子供やったらそりゃ興奮して乗りたがる子もおるわなとってか、まだ大人びるには早い歳やで!
 こっちも勝手に焼き餅こんがり焼いてごめんなと反省して謝罪したら不思議そうな顔しつつも頷いてくれたんで、これまた空気の読める聡い子やでと感心した。

「そう言えばなんでフォルクは此処におったん?散歩?」

「イヤ…ソノ…」

「散歩しておった所を儂が引き留めたんじゃ。少し大事な話があってのぅ。」

 歯切れの悪いフォルクの態度は気になったけど、それより悪巧みしてそうなウィプキングさんの表情の方が気になる。

「もしかして、何かフォルクとも密会を?」

「まあ、説明と了承を得ただけなんじゃが…ダイチにはまだ秘密かの。」

 口元に人差し指立てて、更に片目も閉じてお茶目に言われたんやけど気になるっちゅーねん!

「もう、めっちゃ色々お預けされてるような…。」

「ふふ、煮込めば煮込む程に旨くなるのが人生と言うものじゃよ。」

 なんか格言みたいなんでサラッと流されたけど楽しそうな雰囲気なんで半分は遊ばれてんなと溜息混じりに空いてる椅子に座り、トレイをテーブルに乗せて食事始めようとしたらウィプキングさんがふと真剣な眼差しで俺を見た。

「そうじゃ、ダイチ…頼みがある。」

「はい…なんです?」

「妙な頼みだとは思うが、この国にいる間は出来る限りヴィーダーの傍にいてやってくれ。」

「ヴィーダーさんの…傍にですか?また、なんで?」

 本人も自覚してるみたいやが変な話や。
 内容の真意が分からんくて問い返したら、表情を一瞬歪めてから俯いて顔を片手で覆ってまう。

「『理』の存在は知っておるな…?あやつ自身は気づいていないが、特殊な『理』に縛られている。どうにかしようとしたが、儂では…どう足掻いてもあやつの助けにはなれん。だから、頼む…。」

「え…?」

 特殊な『理』て聞いてエーベルさんの顔が真っ先に浮かんだ。
 ヴィーダーさんもそんな『理』に縛られてるて初耳やし…どういう事や!?

「それって、特別に親しくなった人が死んでまうとかそんなんですか!?」

「いや…そうではないが、悪いモノだ。見た所、ダイチは『理』に縛られぬ様子。共にあれば少なくとも緩和、上手く行けば防げると思うのだ。」

「理由は分かりましたけど…その内容って教えて貰えませんか?何か対策が立てられるかもしれませんし…それになんで、ウィプキングさんはヴィーダーさんが縛られてるって知ってるんです?」

「すまぬ、内容は教えられんのじゃ。何故、知っているかも、理由を話せば…『制約』に触れてしまう。儂もまた『理』に強く縛られておる存在でな…助言しかできない…。」

『制約』って言葉も引っ掛かったがウィプキングさんが心底申し訳なさそうにしてたら隣で静かに話を聞いてたユヴェーレン君がテーブルを両手で強く叩いた。

「おじい様は何も悪くありません!お願いしますダイチ様!おじい様はずっと苦しんでおいでだったのです…どうか、彼をお導き下さい。そうすれば、おじい様も…きっと…」

 今にも大粒の涙が溢れ出そうになる程、必死に訴えて来る幼い姿に慌てて何度も頷いた。

「分かりました!とにかく土の国では傍におったらええんですよね?それで、ヴィーダーさんとウィプキングさん、ユヴェーレン君も安心出来て全部解決するならいますから!」

「ダイチ様…。」

「おお…ダイチ。」

 勢いで捲し立てたら二人とも落ち着いたんでホッと胸を撫で下ろしたんやけど、フォルクの方へ視線を移すとふいと素っ気なく視線をそらされて今度はそっちの方が個人的には大問題になった。







「おい…、誘っておいて上の空とは良い度胸だな。」

 城壁の修理と堀を動けるメンバーというかレオ以外に手伝って貰ってからヴィーダーさんの近くにいる口実に『ユナカイト』の治療院で約束してた『遊び』に誘ったんやが、頭の片隅…いや、ど真ん中でフォルクの今朝の様子に意識が持って行かれてたら軽く頭を小突かれた。
 お陰様でバッチリ意識は戻ってちょっとお怒り気味のヴィーダーさんに向き直って見上げると何故か眉間を狙って人差し指が繰り出される。

「あいたぁ!」

「バーカ。……調子、悪いなら帰るか?」

 通常運行かと思いきや明らかに心配してくれて気遣ってくれる姿に申し訳ない事したなと苦笑って気分を切り替える。
 フォルクは皆と先に戻ったんで夜にじっくり話したらええかなとも思いつつ、ウィプキングさんの依頼遂行を兼ねたヴィーダーさんとの遊びの約束を今は楽しもう。
 そういう訳で遊びって言ったらぶらぶら話しながら買い物とかかなって思って王都の街中へ繰り出したんやが、正直、土地不案内なんでヴィーダーさんにお任せして歩こうと思って言ったら苦い表情された。

「普段は冒険者ギルドと武器、防具屋に道具屋、酒場と宿屋に…後は女の所か店にしか行かねぇから微妙だろう。何処に行きたいとかないのか?」

「それはまた…実用的な感じなんですね。えーと…食べ歩きしたりとか服や装飾品見たり、本屋とか…あるんかな?娯楽的な事とかってあります?」

「食べ歩きなら…今は数が少ないが市場の方にあるな。服や装飾品は高価になるが店があるし、本も高いが見掛けた事がある。娯楽…だと酒場でカードを使った賭けか、ボードゲームだが…やった事がないから詳しくは分からん。」

「へぇ、カードとかボードゲームとかもあるんですね?只、俺もルール分からんし…手近な所で市場の方に行きましょうか?」

「ああ、分かった。」

 行き先が決まったんで市場の方へと並んで歩みながらちょっと探りを入れて見るかと話題を振ってみる。

「あの、気になってたんですがヴィーダーさんとウィプキングさんてどうやって知り合ったんです?」

「……普通に依頼を受けてだが、急にどうした?」

「いや、なんか仲悪そうで良さそうってか端から見たら関係性が気になるんですよね。なんか特別なんかなってか…ウィプキングさんの事どう思ってます?」

「特別…どうと言われても、世話焼きの胡散臭いじじいだな。」

 うん、暖簾に腕押し!
 ウィプキングさん完全に片想いしてらっしゃいませんか!?て、ぐらいの温度差やな…。

「ただ…」

「はい!なんですか!?」

 少しは脈ありかと顔を上げたら遠くの空を見つめるようにして呟く声が聞こえる。

「名をくれたのは…嬉しかったと思う…。」

 言葉が聞こえた瞬間、衝撃に思考も体も固まってもうた。
 名?…名前?それって…ヴィーダーさんの!?
 記憶が無かったから名前も無くてって…え?もしかせんでも名付け親がウィプキングさん…?

「それって、めっちゃ重要ですやん!?」

「そうなのか?確かに便利にはなったが、なんでも良いモノなんだろう?」

「なんでも良くはないですよ!自分を示す言葉なんですから、有ると無いとでは全く違いますし、付けてくれた人の思いとかも大事です!」

「そうなのか…考えた事無かったが、あいつは何を思って付けたんだろうな…。」

「是非!是非!本人に聞いてみるってのも良いかと思います!」

 詰め寄る勢いで不憫に感じて来てたウィプキングさんを推してみたら若干、引きつつもヴィーダーさんが頷いてくれたんで一安心や。
 一仕事終えた気分でご満悦状態になって道を進み、気がつけば市場に到着してた。
『緑の国』よりは劣るもののそれなりに野菜や果物、干し肉や乾燥させた植物なんかが並んでて商売は疎らながら出来てるように見える。

「備蓄品と『土の国』にも『緑の民』がいるから今は力を借りて王都内に作った畑で植物や果物の育成を促している。だから、何とかと言った所だが…全体的には減って来てるな。」

 ヴィーダーさんが説明してくれながら一緒に立ち並ぶ日よけの下の商品を順番に眺めて行ってたら花屋が見えて、百合に形が似た白い花が沢山…いや、それしか置いて無くて立ち止まった。

「この花…。」

「ベーテン、墓に供える花だ…。」

 ヴィーダーさんの言葉にエーベルさんが抱えてた白い花束を思い出す。
 これだけ店にあるって事はそれだけの人が…と考え込みそうになったんやが横で見てたヴィーダーさんが店のおばあちゃんに声を掛けて一輪花を買うと俺の方に差し出して来た。

「ヴィーダーさん…?」

「今は何処もこの花しか置いていない。だが、本当はもっと色んな花がこの国にはあった。」

 話しながら手に持ってる花の茎の部分から葉、花弁へと徐々に鋼のように表面が侵食して、やがて形を保ったままの鋭く輝く新しい花に変わった。

「やる。花は見つけられなかったらしいし、白い花は縁起が悪い…お前にはそれぐらいの方が似合いだ。」

 最後に笑って有無を言わさず手に鋼の花を持たせると先を歩き出す。
 俺は持たされた花を見て…きっとこの花はヴィーダーさんみたいに強くて、枯れへんのかなって想像して手元にあるのがなんとも面映く感じた…。







 市場を冷やかしてから衣類に装飾品の店、本屋と覗いてから最後に酒場界隈も見学したいって言ったらやや渋りながらもちゃんと案内してくれた。
 夕暮れ時ってのもあって昼間と雰囲気も違い、冒険者って感じの人らと商売のおねーさんがワイワイガヤガヤ道を行ったり来たり、店の中から音楽も聴こえて来て良い賑わいっぷりやと思う。

「ここらは、繁盛しとるんですね?」

「まぁ…純粋なモンばっかりじゃねぇがな。現実を見たくないって奴等も集まって柄悪い所もあるから気をつけろ。」

「そうなんですか…。」

 お酒や女性に逃げるってやつなんかなと納得しながら比較的安全で普段よく利用するって酒場にヴィーダーさんが案内してくれようとしたんやが、遠くの方から髪と…間違いなく豊満な胸を揺らしつつ走ってくるおねーさんの姿が見えて静止した。

「あれは…」

「ちっ…逃げるぞ!」

 ヴィーダーさんが素早く俺の手を取って逆方向に走り出そうとしたら物凄い勢いで鞭が飛んで来て二人の腕に同時に絡む。
 そして、どんだけの速さで距離を詰めたんか知らんが直ぐに聞き知った綺麗な声が背後から聞こえて来たんやけど恐怖を感じるのは最早、自然の摂理やと思う…。

「いらっしゃって下さいましたのね、ダイチ様!後、ついでにヴィーダーも!あらあら、なんですの?お二人仲良く手を繋いで逢引き後にムフフですのね、わかりますわ!さあ、遠慮なさらずにずずずいと我が店へ参りましょう?忘れられぬ一夜を演出するには当店の設備が最高ですの!」

 なんかテンションが異常に高いのと強引さが半端ないってか大の男二人を鞭一本で引っ張り出す身体能力ぅううううう!?!?!?

「ベツァオさん落ち着いて下さい!酒場の方が目的なんです!決して嗜虐被虐プレイを望んでるわけやないんですってか、誰か助けてぇえええええ!!!!」

「まあ、いけませんわダイチ様!ヴィーダーがいますのに他の殿方に助けを求めるだなんて不潔。ここは助けて、ヴィーダー!後でなんでも言う事聞くから…お願い!と、うっかり発言も交えてさあ、もう一度!」

 なんか熱の入った謎の指導も始まった!?
 てか、全然話が通じてない!?

「おい、そろそろ落ち着けベツァオ。酒の飲める方には行くからあの店に連れて行くのはやめろ…潰すぞ。」

「んもぅ、意地悪ですわ。折角、ダイチ様に似合いそうな首輪と鎖を準備していましたのに…後、犬耳と尻尾も可愛いんですのよ?」

「いや、もう…ほんま、全力で勘弁して下さい…。」

 脱力しながらも鞭解いてくれたんで腕を擦りつつ、ベツァオさんに案内されながら彼女の経営する酒場へと並んで行く事になった。
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