呪われた騎士と関西人

ゆ吉

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2章

35.「触れる者」

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 翌朝の早朝。身支度を整え、荷物は置いたまま【隠密】スキルを使って天幕を抜け出し、門で一応散歩に出る旨を本日の当番らしき門番さんに伝言して街道へと向かった。
 周囲に人影がない事を【索敵】で調べた後は【俊足】を使って一気に『エルフの里』近くまで駆け抜ける。
 目的は勿論フォルクに明日の出発を伝えるのが第一とエルフリーデくんに別れの挨拶もして行こうと思ってやった。
 今度こそ暫く『緑の国』へは帰ってこうへんから別れを惜しむなら今日しかないでな。
 フォルクに会えるってだけで鼻歌混じりになりながら、森の中を【索敵】使いながら探索したら直ぐに姿を見つけられた。
 俺のフォルクセンサーがぐんぐん上がってるんやないかと鼻高々になりながら近づいて声を掛ける。

「フォルク!おはよ~。」

「ダイチ!オハヨウ。」

 尻尾フリフリしながら近づいて来てくれて鼻を頬や肩に擦り付けてくるんで、辛抱堪らん。
 ご満悦やってんけど何故か直ぐに身を引いたと思ったら姿勢を低くして体の匂いを嗅ぎ、嗅ぎ終えたら揺れてた尻尾が下がって明らかに落ち込んだ様子になって周囲をぐるぐると回り出したんでめっちゃ困惑した。

「ちょ、フォルク!?どうしたん!?」

「ナンデモナイ…ナンデモナイガ…。」

 いやいや、明らかに何でもあるやろ!『ナンデモナイ…。』を呪文のように何回も唱えながら必死で気持ちを抑えてる様やけど、反して回る速度がどんどん速くなってるからね!
 傍から見たら謎の儀式か狩られる寸前みたいな状況を打破する為、動きに狙いを定めて【身体強化】と【俊足】を使ってフォルクに飛びついて掴まえた。

「ウアッ…!」

「ふふ~ん、掴まえたで。どないしたん?なんかあるんやったら言ってや…。」

 捕獲したついでに勢いで地面に押し倒し、逃げへんように腹をガッチリ両脚で固定して馬乗りになる。半ばひっくり返ってる可愛い姿を見下ろすという眼福に表情筋が緩むのを全力で抑えながら問い質した。
 でも、答えあぐねてるんか『グルグル』唸りながら視線が彷徨う。正直、反応が素直なフォルクがここまで渋るってのは珍しいんで不安になった。

「そんな、言い難い?なんか、気に障ることしてもうた?」

「違ウ…ダイチガ悪イ訳デハナイ…ヨク、分カラナイガ…アア、モウ!」

 先生と仰いでもいるフォルクが分からんとは更に珍しいなと思ってたら、感情の沸点を超えたんか反動をつけて勢い良く起き上がり、俺ごと抱き込むようにしながら地面を横に転がって姿勢が反転した。
 のしかかってくる姿を見上げるようにして見つめるとフォルクも頭を下げて見つめ返して来てて、緑の眼が光を反射しながら綺麗に輝いて見える。
 そして、そこには炎みたいな熱がチラついてるようにも映ってて幻想的や。

「フォルクの目…綺麗やなぁ。」

「ダイチッ…君ハ…怖ク、ナイノカ…?」

 絞り出すように問われた言葉に心底から首を傾げる。
 最初こそラスボスかと勘違いして恐れたけど、中身を知ってから怖いなんて思った事はない。寧ろ可愛いすぎておかしな方に突き進んでるのに何を言うんやろね?

「怖い訳ないやろ。何を心配しとんの?誰が何を言おうと俺はフォルクを怖がったりせんよ。」

「…ソウカ…ダカラ、俺ハ…。」

 気持ちは通じたみたいやけど、何かを耐えるように眼を閉じて息を吐き出したフォルクが思い切ったように言葉を発した。

「獣ノ性ナノカ…色々ト、感情ガ乱レテイテ…ダイチヲ、全テ食ベテシマイタイ…ソレデモ、怖ガラナイカ?」

「食べ…?」

 斜め上過ぎる発言に一瞬固まってから動き出した思考の中、一番最初に浮かんだのがシュティのよだれ垂らした顔やった。
 獣の食べたいとはつまり物理的に食す。厳密に言えば食人、若しくはカニバリズム。ワンコ的に考えるとほ○っこ。三時のおやつ的な?
 フォルクは食事が必要ないってか、食欲が湧かないに近いらしいけど、なんで急に食べたくなったんやろ?食欲があるのはええ事やねんけど対象が俺って…。
 まぁ、体頑丈やし…ちょっと齧られるだけやったら別に平気かな?それに、万が一でもスキルで再生出来るし!
 思考しながらも混乱してるなとは思った、更に混乱した先に答えを見つける程にこの時はおかしくもなってた。

「ええと…多分、平気ってか…体丈夫やし?フォルクが食べたいんやったら、ええよ。只、食べられるかは保証できんし…死にそうになったら流石に再生するけど。」

「……………。」

 何故か無言やった。まあ、あっさり食事的な意味で身を差し出す人は知る限り某仏様ぐらいか?俺も徳を積むとあの領域に達せるんかな?とか、くだらん思考に逸れてたらフォルクが口を開けたんで鋭い牙が覗いた。

「デハ、少シ口ニシタイ…服ヲ脱イデクレルカ…?」

「…うん、わかった。」

 いざってなると緊張するもんやな…。一度死んだけど食べられた経験は流石に無いし、でもこれでフォルクの気が済むんやったらええかなぁと服脱ぐ為に身を引いてくれる姿を見ながら思う。
 手早く外套を脱いで手近に置き、半裸でアイマスクは変態っぽいと先にマスクを外してからベストとシャツを脱いで外套の上に重ねた。
 上だけ脱いだんやけど下はええよね?森の中で全裸になるアグレッシブさは皆無やし、万が一、人に目撃されたら黒歴史のページが新しく増えるんでと脱がんかったが特に何も言われんかったから良いみたいや。
 ほっと胸を撫で下ろした所でフォルクが再び体重を掛けて来て前足が素肌に触れる。
 ムズムズするってか相変わらず直で触られんのは擽ったい。
 力抜けそうになったが噛まれたら痛いやろうから身構えるように体強ばらせたら、フォルクの口が大きく開いて首筋に近づいてくる。

「っ…ん…」

 歯を食いしばって訪れる痛みに目を固く瞑ったんやけど、何故か痛みなんて微塵も無く、柔らかくて濡れた感触が肌を撫でたんで怖々目を開けた。

「フォルク…?」

「ドウシタ…ダイチ?」

「…食べるんやないの?」

「アア、食ベテイル。」

 少し可笑しげに口を離して返事してくれたから緊張の糸が即効で解ける。ああもう、結局優しいってか…安心できる人やねんなと心が温まったぐらいや。

「もう、大分覚悟したのに…。」

「アッサリ覚悟シテクレタカラ…落チ着ケタ。」

 拗ねた風に言ってみたけど機嫌が直ったみたいで良かった。力も抜けた所でフォルクがまた舌を出して今度は鎖骨を舐めたんで、やっぱ骨がええんか?と思いつつも好きにさせながら頬を撫でる。

「味する…?シュティには美味しそうって言われたけど…。」

「ナッ…、アノクソ馬…!」

 シュティの事言った瞬間、少し牙が肌に触れてビクリとした。フォルクも気づいて謝ってくれたんやけど、怒ってるんか鬣と尻尾が逆立ってる。

「大丈夫やで?シュティには食べさせへんから。」

「ソウカ…デモ、気ヲツケロ…。ソレカラ…ダイチハ甘イ味ガスル。」

「甘い味?お菓子みたいな?」

「イヤ、ドチラカト言ウト果物ダナ。瑞々しい採レタテノ、爽ヤカナ甘味ノアル魔力ダ。」

 なるほど、匂い含めて魔力が味の元になってるんか。と、言う事は食べるって体もやけど魔力も食べるって意味もあるんかな?
 後、自分で自分舐めたら味分かるんやろか?それとも、感覚鋭くないと分からんかな?こっそり試してみるかと考えつつ、もう一つ気になる事があった。

「…フォルクはどんな味するんやろ?」

 言葉を口に出した瞬間、下がりつつあったフォルクの毛がブワッと再び逆立ち、溜息が落ちてくる。

「君ハ時折、不用意ダナ…。」

 なんか最近、こういう注意をよく受ける気がする。
 てかまた『グルグル』唸り出したと思ったら舐めるの止めてたのに再び舐め出したんやけど、胸から腹と辿り、ヘソの周辺を執拗に舐められて震えた。
 擽ったいような…でも、それ以外もあるようなの身震いで正直どうしたもんかと頭を抱えたくなってたら前足でひっくり返されてうつ伏せにされる。
 晒した背に舌を這わされたんやが背骨を辿るように下から上へと何度も舐められ、時折首裏に牙を当てられてゾワゾワとした感覚が神経に広がるんで地面に爪を立てた。

「ぅ…っ、フォルク…。」

「…ドウシタ…?」

「…そろそろ、終わらん…?」

 なんやこのまま行くと食事タイム(?)のフォルクと違って俺の方がマズイ事になる。幾ら色気ないって言っても反応するモンはあるんやもん!

「ドウシテダ?」

「…いや、あのな。」

 そこは察して欲しい!けど、フォルクってそっち方面どうなんやろ…?流石に知識はありそうやけど、エーベルさんやヴィーダーさん程、慣れてるイメージはない。
 どちらかと言うと本能でなんとかしてそうってか…何を考えとんねん!
 思考がエロい方に行くのを必死で方向転換しつつ、トレラントさんの乱入も有り得へんから自力で抜け出すしかないと両腕に力込めて上半身を起こしたら、前足を腹の下に入れられてまたくるりと転がされる。
 最早、遊ばれてるんかと邪推しながら仰向けの体勢で見上げたらフォルクの口元が薄ら上がった気がした。

「俺以外、誰モ見テイナイカラ…大丈夫ダ。」

 何が大丈夫なんか瞬時に理解できんかったんやけど、声はどこまでも優しくて…あ、それやったらって頷きそうになる。

「いやいやいや、なんも大丈夫ちゃうってか…フォルク、もしかして分かってる?それとも遊んでる!?」

「ドウダロウカ…ヨク、分カラナイ…ドウシタラ良インダロウカ、ドウニカシテシマイタイガ、ソレハ何カ間違エテシマウ気ガスル…。」

 なんでそんな悲しそうな声やねんてぐらいの声音で戸惑いを現し、耳もシュンと垂れてくる。思えば最初から何かがおかしかった。それをしっかり理解せんかった俺が悪いんやろうな。
 そう思うと胸に来るもんがあって、どうにか元気付けたくて自然と両頬に手を伸ばし…鼻先にちゅっと口づけた。

「…ッ、ダイチ!?」

 愛犬の太郎ちゃんがこうすると喜んでくれるんやけど、フォルクはどうやろ?て、見てたら明らかに狼狽しながら後ろに下がって行く。
 耳はピンて立ってるし、尻尾は落ち着きなく動いてるってか物凄く四方八方に揺れてて面白いぐらいや。
 どうやら作戦成功したかなってのと!さっきまでやられ放題やったんで立ち上がって、じりじり距離を詰める。
 さて、反撃開始やけどええかって了承は取らずに勢いよく飛び掛かって「モウ、許シテクレ…。」てぐったりするまで撫で繰り回した。
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