呪われた騎士と関西人

ゆ吉

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1章

17.「エーベルさんの事情」

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 客間にある丸テーブルを挟む形で俺とエーベルさんは椅子に座って向き合った。
 持ってきてくれた果実酒を貰うためにグラスを受け取ったんやけど、ヒヤッとした冷たさに気がついて首を傾げながら硝子を見る。

「これ?硝子ですよね?」

「いや、氷だ。俺の魔力で作ってあるから簡単には溶けない。便利だろう?」

 マジか!?透明度が高くて薄いし、水滴も少なかったから気がつき難かったけど、確かに言われてよく見れば氷や。
 魔法て、戦うだけやなくこんな事もできるんやな!

「凄いですねぇ。『青の民』は皆、出来るんですか?」

 グラスもそうやけど、昼間、床凍らしとったしエーベルさんが氷魔法得意なんは分かるが、これが一般的なんやろか?

「いや、『青の民』でも、俺の血縁上の父親が氷を司る竜人族だったからだ。大体は水を使うものが多いな。」

 血縁上?また、込み入った感じの言い方や。若干、眉が寄った事に気がついたエーベルさんは少し可笑しそうに眼を細め、蜂蜜色した酒を注いでくれた。薄い氷の中を踊るように滑っていって綺麗や。
 手早く自分の分にも入れて瓶を置くと俺が一口飲むのを待ってから、エーベルさんも軽く口をつけ卓上にグラスを置いた。
 林檎に似たさっぱりとして甘い味が気に入って、思わずもう一口飲んでからグラスを置いた所で声を掛けられる。

「まずは治療院含め、エトガーとクリストフの治療をして頂き、助かった。誠に有り難く思う。」

 不意打ちってか、背筋を伸ばし改まって礼を言ったエーベルさんが頭を下げて来たんで面食らう。
 いやいや、寧ろお礼言うのはこっちやろ!

「そんな、俺がやりたい言い出した事ですし、話通してもろたり、沢山、手助けや気遣ってくれてありがとうございます!」

 慌てて俺も頭下げたから、お互い礼を取る姿勢になった。
 なんか夜に、男2人面と向かって頭下げてる絵面はシュールかなとか段々思って来たら、エーベルさんも可笑しかったんか息を零した。

「ふっ…ダイチといると何故か愉快なことばかりだな。」

「それは、嬉しいお言葉ですね。」

 面白い人って思われたり言われんのは喜ばしいと顔を上げたら、真剣な眼差しと鉢合わせた。
 ええと…次はなんや?心理戦かいなって程、さっきから翻弄されるんやけど!

「少し、聞いて欲しい話があるのだ。構わないか?」

「俺で良ければ…なんですか?」

 多分、あの話やろうか。先が少し分かったんで安心した。

「治療院での事だが…俺と好意を持って触れ合った者は、早死ぬとの件なのだが…。」

 やっぱりそれかと思いつつ、先を促すように相槌を打つ。
 そうすると、伺うようやったエーベルさんの口調もしっかりした物になった。

「まだ、俺が青の国にいた時の話だ。血縁上の両親、母が短すぎる寿命で死ぬのと同時に竜人族である父親も後を追った。そして、一人取り残された幼い俺を拾って育ててくれたのが、俺の親で父と言って良い傭兵の男だった。名をヴォルフ・アイスナーと言う。」

 なるほど、育ての親がおったんかってか…なんでエーベルさん残して父親まで死ぬんや?
 踏み止まるのが一番やけど、無理やったとしても、どっかに預けるなり手を打てたやろうに。
 過去の事やからどうしようもないけど、俺は静かに憤ってもうた。
 それに反して、エーベルさんは冷静に話を続ける。寧ろヴォルフさんの事、口にする時は楽しそうでもあった。

「傭兵の父は何もかも豪快な人で、武術、剣技、魔法と同じように法に触れない程度の悪い事も沢山、教えてくれた。その中に娼館通いもあり、早熟の内に女も男も抱き方を教わった。」

 ちょっ、性教育実地で仕込んだんかい!?豪快にも程がある!
 なんか一気に大人な内容になったけど…興味津々なんで、口引き結んで小刻みに頷きながら聞きますよ。だって、男やもん!

「だが、ある日…馴染みになりつつあった娼婦が死んだのだ。一人ならば偶然かと思った…だが、関わった娼婦や男娼、傭兵の中で何度か肉体関係のあった者達が一人、また一人とどんどん死んで行ったのだ。周囲の知り合いも不気味がったが、俺も気味が悪くなって全て通うのを止めた。」

「なんやそれ、呪いとかか…?」

 思いの他、経験人数が…とか過ぎったけど、確かに不気味な異常現象に背筋が寒くなる。
 でも、治療院で【索敵】使った時に近くにおったエーベルさん自体に異常は見つからんかったしな。

「いや、呪いではない…とにかく、父も心配してくれて環境を変えるかと騎士学校に放り込まれたのだ。」

「豪快ですねぇ。」

 その光景が目に浮かんだ。夕飯決める勢いでいっちょ行ってみよか!て、首根っこ掴まれて放り込まれるイメージ。
 実際、出来るってのは色々と凄い人なんやろうけど。

「だろう?この家も一括で買って遺産に残すような人なのだ。まあ、それで…数年は何事も無く過ごしていたんだが…俺はロミーという少女と出会った。」

 ちょっ、あかんあかん!今、サラッとヴォルフさんが亡くなってる発言したし、なんや話の流れから嫌な予感しかせぇへんねんけど!
 でも、エーベルさんの話は止まる事も淀むことも知らず続いた。

「ロミーは花屋の娘で、寄宿舎から休日に買い出しに言った折、出会った。…なんというか、今までに無く大らかで純朴、良く笑い愛嬌のある可愛らしい少女だった。俺は気づけば彼女を愛しく思っていて、彼女も好意を寄せてくれた。だから…不用意に触れてしまったのだ。」

 そこで、一旦視線を落としたエーベルさんは沈痛な面持ちで顔を上げた。
 ああまた、眉間に皺が寄っとる。

「彼女とはたった一度、唇を重ねただけだった。それでも…呆気なく、次の日には眠るように死んだのだ…。」

 予想はしてたけど、キス一回だけでか?両想いやったから?
 なんやそれ…おかしすぎるし、もしかしたら、自然死やった場合もある。
 ほんまにエーベルさんに問題があるんか分からんくないかな?
 そう思って口を開きかけ、止める事になった。

「しかも、その瞬間に理解した…。」

「何をです?」

 この言い回し、聞いた事がある。
 嫌な感じが消えんくて、ドクドクと心音が煩い。

「それが、俺の『理』なのだと…愛するか、愛してくれる者を早くに失うのが定めだ…。触れれば尚、刹那の間に命を奪ってしまう。だから、心も体も距離を置くようにした。父は…もう手遅れだったが、最期まで笑って傍にいてくれた。本当は、家にいる者達も行き場が無く拾ったが…もういい加減、手放さなければいけない…。」

 意味が分からんかった。いや、理解したくなかった。
『理』て弱い者を守ったり、種族を維持するもんちゃうんか?
 なんで、そんなモンに運命を決められなあかんねん。

「『黒の民』ならば分かるだろう?この理不尽を。いや…ダイチは『理』から外れた存在だったか…。」

 おいおいおい、神様『黒の民』にもなんかしとるんかい!?てか、どこまで『理』に支配されてるんや?フォルクはエーベルさんみたいな事は言ってなかったし…一体、どうなってる?訳わからんねんけど!
 憤りと混乱の中、突然エーベルさんが左手を俺の頬に添え、指の腹で肌を撫でる。なんかゾクリとする触り方やった。

「っ…どうし…?」

「ダイチ…俺のモノになってはくれないか?」

「は?」

 なんでそんな展開になるねん!?今、命がどうって深刻な話してた筈やなかった…?いや、エーベルさんの瞳は本気も本気って言ってるけど!

「『理』に縛られないお前なら、俺の『理』に巻き込んで死なせずに済む。少しの間、ダイチと過ごしただけだが…お前なら愛せるし、愛していれば…俺は救われる。」

「エーベルさん…それは…。」

 狡い言い方やった。同情はできるかもしれんが、でも、都合の良い関係になってまう気がする…。
 それは、本当の意味で誰も幸せにせん気がするし、それに、俺がエーベルさんを選んだら、フォルクは一体誰が助けるねん?
 そう思ったら、逆に落ち着いて可笑しくなった。

「ごめんやけど、あんたのモンにはなられへん。けど、『理』がどうにか出来ひんか旅しながらでも調べてみる。…それで、堪忍して貰われへんやろか?」

 いっそ、陽気な声で伝えたからか、面食らって毒気を抜かれたようにエーベルさんも複雑そうに笑った。

「…いや、無理を言ったのはこちらだ…ダイチには敵わぬな…誘いを尽く、断られてしまった。」

「ええと、はい。断った事、自体は悪いなとは思ってるんですが…人間誰しも譲れんもんがあるやろ?」

「譲れぬものか…では、一つ俺も許して貰えないだろうか?」

 何を?と、思った瞬間、エーベルさんの顔が近づいた。
 身構える間もなく、重なる。
 ひんやりと冷たく心地良い感覚が、重なった『額』に流れ込んで来た。

「ダイチに『氷の加護』があらん事を…。」

 そう呟いた瞬間、俺の体に何かが浸透した。
 顔を離したエーベルさんは意地悪く笑ってから、優しく微笑んだ。

「他の国には一緒に着いて行けぬからな…せめて、加護を。お前を守る盾となり、身を脅かす者を凍てつかせる刃とならん。…キスの方が良かっただろうか?」

 いやもうはい!俺もキスされるんかと正直、思ったけどね!
 ドッキリにまんまと嵌りましたってか、悪い男やでエーベルさぁああんんんん!!!!
 居た堪れなさ過ぎて、額を両手で抑えて椅子からずっこけ落ちて転がる。

 転がりながら、見捨てる俺が思うのも何やけど…この人に救いがある事を願った。
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