呪われた騎士と関西人

ゆ吉

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1章

10.「門番と噂の彼」

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 いきなり前線の兵の前に現れたら不信がられる言う事で、日が落ち、闇にフォルクの巨体が紛れる頃合を狙って一旦街道に出る事にした。
【隠密】スキルも駆使して街道から森のある範囲を抜け、エーベルさんに繋ぎを取る為、まずは輜重兵しちょうへいがおる付近を目指す事になる。
 因みに輜重兵の主な仕事は輸送や補給を行う部隊で、緑の騎士も多いから比較的話を聞いてくれるらしい。国民性万歳やな。

 んで、流石にフォルクが最後まで着いてくると人に見つかる危険性が高いから、途中で大体の兵の位置を口頭で確認してから、街道に出た付近の森を待ち合わせに指定して別れた。
 別れる時、めっちゃ悲愴な姿やったのが胸に痛い。一人でおるってのが嫌なんやろう。できるだけ早くエーベルさんを落として戻るからな!
 大切な人を残して戦地に赴く兵の気持ちが少し分かった気がして、俺は切なくなりながらも決意を新たにしてた。

 それからは全力疾走あるのみ!スキル【俊足】の大盤振る舞いや!
 普通は何十時間も掛かる道のりを気がつけば1時間ぐらいで目的地に到着してた。しかも、全く疲れてない。チートスキルと頑丈な身体に慄きながらも、効率の良さ重視で細かい事には目を瞑る。

 輜重兵が寝起きしとる天幕に近づく前に俺は息を整え、黒のフードを深く被った。
 なんやフォルク曰く、例外はあるけど民の識別は大体髪と目の色でしてるらしく、黒髪黒目で俺は『黒の民』にも見えて、人によっては警戒されるかもしれんから容姿をできるだけ隠す事を奨められた。
 理由については、エーベルさんの個人情報覚えるのと演技指導でちょっと時間が足りんかったから、今度ゆっくり話してくれるらしい。

 さて、準備が整った所で俺は松明の明かりを見ながら歩き出した。
 進む合間に観察したところ複数の天幕と荷馬車、馬小屋っぽいもんがある。後は、それを囲むようにぐるっと簡易の柵が並んでた。
 近づくにつれて入口らしきも見えて来たんやけど、門番が左右に並んでて、あちらさんもこっちの存在に気がついた。
 赤髪赤目で頭部と左目に包帯巻いた割と体格の良い青年騎士っぽい人が不審げに声を掛けてくる。

「そこの者、待て。何者だ?ここは魔獣討伐部隊西支部の陣だ。一般人が来る所ではないぞ。」

 想定範囲内の応対に口端がニヤリと上がりそうになる。
 堪えつつ頭を下げて一礼し、そのまま俯いて態度も言葉も低姿勢で話を切り出す。

「夜分に偉いすみません。俺はダイチ・ヤマグチ言います。実はフォルクハルト・ヴルカーン緑赤りょくせき騎士の件で、エーべル・アイスナー緑青りょくせい騎士にお話があって、無理を承知で訪ねさせて頂きました。」

 これはフォルクと考えた台詞。
 大体、低姿勢、丁寧に接してくる相手に騎士は余計に無体な態度取らへんし、話も聞いてくれ易くなるやろとの事や。
 そう思って顔を上げようとしたら勢い良く両肩を掴まれる。

「ヴルカーン隊長だと!お前、何か知っているのか!?」

 しかも、前後に思いっきりブンブン揺さぶられた。
 ぎゃあああす!なんでや!?俺なんかヘマった!?てか、フードが取れる!頭がもげるっちゅーねん!
 ついでに脳みそも混ざりそうやったけど、一先ずフードの端を片手で引っ張って顔面露出だけは死守した。

「イーゴンさん!落ち着いて下さい!彼の頭がおかしくなります!」

 もう一人立ってた騎士さんが止めに入って来てくれたけど、言葉のチョイスこらぁ!
 緑の髪と目で優しげな雰囲気やから『緑の民』やろうけど、なんかこの人は思ってたのとちゃう!天然系か!?

「す、すまん…、つい興奮して。大丈夫か?」

 イーゴンさんとやらは正気に戻ったんか、揺らすのを止めて解放してくれた。
 めっちゃ申し訳なさそうな顔してるし、悪い人ではなさそうやな。
 フォルクもそうやけど、『赤の民』は直情型が多いんか?

「いやいや…、大丈夫ですよ。でも、残念ながら何か知ってる訳ではなく、尋ねに来た方です。フォルクとは古くからの友人でして、文通もしてたんですが、ここ数年音沙汰が無くなったんで心配になって赤の国から様子を伺いに出て来たんです。アイスナーさんの事は手紙に書いてたんで、訪ねれば何か分かるかと思いまして、こちらに伺いました。」

 俺が説明を付け加えると門番二人は顔を見合わせ微妙な表情になる。

「…そうか、それは…わざわざ、なんと言って良いか……。」

「ですね…、えっと……。」

 そりゃそんな反応になるわな、俺も門番さんの立場やったら似たような態度取ってたと思う。
 だって、遠路はるばる安否確認にやって来る程、親しい友人が行方不明になってる。若しくは、死んでるて言わなあかんとか嫌やもん。

「もしかして…何か話し難いような状態なんですか?大怪我とか…?それとも、まさか…っ。」

 やけど今の俺は、不安げな声を出しながら容赦なく追求させて貰います。
 今回は良心をエグって行くのが仕事なんでな、ふはははは!マジすまん!
 そんな何とも微妙な空気に耐えられへんかったんは優男さんの方やった。予想通りやね。

「ええと、アイスナー隊長に取り継ぎとの事でしたね!ちょうど森から戻っていらしてますので、一度、隊の方に聞いてみます。ここで、お待ち下さい。」

 分かり易い戦線離脱にツッコミたい気持ちをぐっと我慢して、取り残されたイーゴンさんが慌てふためくのを眺める。

「あ、ちょ!待てよ、フィデリオ!」

「イーゴンさんは、動かないで下さーい。門番が誰もいなくなりますからねー。」

 こうして『赤の民』は厄介事に巻き込まれるんかな…不憫やけど、嫌いやないで。がんば!

 着実に離れて行きながら無茶ぶりを残して行くフィデリオ青年の態度に、残されたイーゴンさんを助けるのはやぶさかでは無いと思った。

「すみません、イーゴンさん。もし宜しければ彼が帰って来るまで、フォルクの騎士団での話を聞かせて貰えません?手紙でしか近況を聞けなかったんで、離れていた間の事が知りたいんです。彼はどんな様子でしたか?」

 とりあえず助け舟をこさえて見た。
 気づいたら乗ってくれるやろと思ってたら、最初戸惑ってたイーゴンさんは話し出してくれる。

「あ…ああ、いや。そうだな…ヴルカーン隊長は若手でも随一、いや、年齢問わぬ強さと統率力を持つ騎士でな。俺みたいな荒くれ者にも分け隔てなく接してくれる優しい人でもあって、性格も明るく気さくだから、かなり騎士連中や民からの人気が高かった。」

 おお!フォルク、ベタ褒めやん!嬉しいなぁ…俺が嬉しがんのもおかしいけど、フォルクほんま仲間思いやし、気持ち返して貰えてたら素敵やん。よし!これは帰って報告せなな!
 一気に気分が良くなって抑えてた声が自然と上がる。

「それは嬉しい事、聞きました。俺も彼を好ましく思ってる一人なんで、是非フォルクに聞かせたいです。」

 たまに思ったまんま口に出るのはあかんなと思うけど、大体後の祭りやでな…。

「…っ、…あ、その…‥黙っていてすまない!…ヴルカーン隊長は…生死不明の…行方不明…いや、恐らく…信じたくなないが…亡くなられているんだ…。」

「え…?」

 うっかりし過ぎてて間抜けな声が出たけど、イーゴンさんは上手いこと勘違いしてくれた。

「驚くのも無理はない…、俺も未だに信じられず、驚きの方が強いが…もう三年半前の話なんだ…。」

「三年半前に…死んだ…?」

 呆然と呟く、もうこっからは役になりきろか。油断したら直ぐボロが出る演技力やからな…。
 さあ、仮面を被るんや!俺は唯一、秘密を共有してた大事な友人を亡くした悲劇の青年!

「ああ、大森林の深層部に入った折、強い魔獣に襲われたのを最後に…消息が絶えた。アイスナー隊長ならもっと詳しい事を知っておられる筈だから、許可が下りれば話を聞くと良い。無理なら俺が知っている限り話そう。」

「そんな…。」

 イーゴンさんの良い人っぷりに俺は息を飲みつつ、数歩、後退った。
 傍から見たら、呆然自失と言った感じか。
 ついでにフォルクが死んだなんて信じられない…て、様子で頭を何度も振り、小刻みに震えた。

「すまん…。」

 イーゴンさんはガチで肩を落としてる。ごめん…こっちがごめんやで!なんや俺の良心の方がズキズキ痛い。
 こういう気持ちにエーベルさんをさせたいって事やなフォルク!でも、この作戦、諸刃の剣やで!ぐはぁっ!
 思わぬ反撃を受けた俺は息も絶え絶えやった。演技には説得力が増すけど…ごっつい苦しいっ!

「…分かりました、言いづらい事を話してもろて…っ、ありがとうございます…。」

「いや、何かあれば俺に言え…。」

 尚も気遣ってくれる女神ポジをかっ攫って受賞までしそうなイーゴンさんを心の中で拝み倒してる内に、早々撤退したフィデリオ青年が無事に取り継ぎに成功して戻って来てくれた。
 なんや、若干ディスったがフィデリオ青年は別分野で優秀やねんな。







 武器や危険物を持ってないかの身体チェックを受け、無事に陣内へ潜入できた。
 入口からかなり奥にある大きめの天幕に通され、目的の人と思しき人物が椅子に座ってたんやけど何故か他の騎士さんはおらんで、エーベルさんらしきが一人でおる。

 てか、何はともかくめっちゃ大きいねんけど、身長2mぐらいはあるやろか。

 そして、身長もビックリポイントやったが、次に目についたんは尖った耳のちょうど上辺りから側頭部にかけて生えてる濃い青色の角。緩いカーブを描きながら後ろに反って突き出てる感じか。
 顔は人で、肌も大体は人肌やねんけど顎下とか首元、手の甲の表面なんかに透き通るような水色に近い感じの鱗が見えて、めっちゃ綺麗や。
 髪色は角と鱗の中間の彩度の青で艶のある長髪を片側で編み込んで流してる感じと、瞳はフォルクと同じ緑色やねんけど…とにかく鋭い。
 討伐の後やったんか銀鎧も殆ど着込んだままやし、返り血も残ってる状態。
 おまけに眉間に皺もよってるから、威圧感が半端なかった。
 顔面偏差値は高いんやけど、表情でプラマイゼロ…いや、怖がられるやろなな、お人ってのが見た目の第一印象やった。

 普通やったら人殺せるような顔面で睨まれて萎縮するんやろうけど、俺は予習してきた抜かりのない男やからな!
 エーベルさんの優しさが菩薩級やというネタはフォルクの口から次々に上がっとるねん。
 なんや気分は刑事?名探偵?で、余裕を持って対峙できた。

「初めまして、ダイチ・ヤマグチ言います。夜分に急な申し出ながら、お会い下さってありがとうございます。事情は聞かれてると思うんですが、その…フォルクハルト・ヴルカーン緑赤騎士の状況を教えて頂きたく参りました。」

「……ああ…、細かい事は気にするな。話も聞いている。あいつとは友人だとか?」

 変な間があって話し出したエーベルさんの声は、低く落ち着いていて、どこか澄んだよく耳に通る声やった。
 言葉自体も気遣ってくれてるし、なんやフォルクも言ってたけど顔面と雰囲気で誤解される人らしいな。

「はい。まだ幼かった時に知り合って親しくなりまして、事情があって助けて貰い赤の国でそのまま世話になってもいました。向こうでは会って話してたんですが、こっちに彼が来てからは文通でやり取りを始め、四年前に長い任務に出るとの手紙が来て、落ち着いたらまた手紙を送るからと書いていましたので了承の返事を出したんです。けど…何年経っても返事がないんで流石に心配になって、緑の国に尋ねて来たら…街の人や、門番さん達にも不穏な話を聞いてしまい…その、アイスナーさんの話はよくフォルクが手紙でしてくれてたんで、詳しい事が分かるかもって…一体、…彼は…っ…。」

 めっちゃ練習した長文説明やったから噛まんよう必死に眉を寄せながら苦しげに言い終え、最後に盛大に息を詰めて視線を床に落とした。
 そして、更に別れ際のフォルクの悲しそうな姿と切なさを思い出しながら続ける。

「…フォルクはっ…行方不明…いえ、死んだと聞いて…それは、本当…なんですか?」

 フォルク…今頃、森の中一人で寂しがって泣いてないやろか?頑張るからもう少し辛抱しとるんやでっ…!
 て、気持ちと態度がエーベルさんには悲愴に見えたんか鎮痛なお声が返って来た。

「……そうか、それは辛かっただろう。希望的観測を述べるのは好まぬので、事実を言うならば…あいつは魔獣に殺され、食われたと思う。」

「っ…!そんな!」

 俺は耐えられずと言った風を装い、膝から崩れ落ちて床に手を突いた。
 フォルク…魔獣に食い殺されたとか、悲惨さがレベルアップしとるやないかっ…!
 一応、震えながらも心の中でツッコんだ。

「伝令を聞き、急いで襲われた場所に向かえばフォルク部隊の騎士数名の死体と意識不明の怪我人、あいつの剣が地面に突き刺さっていて…遺体はなかった。だが、夥しい血の跡が残っていた為…恐らく…。」

 それ多分、ムシュフシュの血ちゃうかな?瀕死やったらしいし、巨体やし、血はようさん出たやろう…。
 でも、真実はここで絶対に言えんしな…もどかしい!

「俺は直ぐに魔獣を追い、今日こんにちまでフォルクの仇を討とうと奔走したが…逃げられてばかりでな。力及ばず、本当に申し訳なく思う。」

 ああ、フォルク追いかけてたんエーベルさん筆頭やったんか…なんや、思いが空回ってるて言うか…。
 彼から見たらそりゃ魔獣は生きてるように見えるしな…でも、中身がフォルクって知ってるから、ほんま万が一にも討伐成功せんで良かった!

 安心感で打ち拉がれたような体勢のまま固まってたら不意に足音が近づいて来る。
 なんやと顔を上げたら…元々迫力ある顔やのに、更に真剣な顔したエーベルさんの瞳と視線があった。

「フードを取らないと思ったが、黒の民だったのか…事情とはそれか。ダイチと言ったな、フォルクの代わりにはなれんやも知れぬが、良ければ俺が君の世話を引き継ごう。」

 なん…やて…?
 予想外の回答に絶句した。
 目的と違うし…そもそも、包容力高すぎやろ!?
 実質、どこの馬の骨とも分からん大の大人の男1人養おうてか!?子猫とちゃうんやで!しっかり目、カッ開いて見てみて!
 慌てる俺とは対照的にエーベルさんは更に続ける。

「助力が必要な生活であったのだろう?あいつがいなければ困るだろう。他に宛がないのなら我が家に来れば良い。」

「いや、あの…っ…。」

 知ってる?計画がしっかりしてる程、崩れた時のフォローが大変やって事をな!
 つまり俺は完全に混乱してました。

「遠慮はいらぬ。ちょうど、休暇にも入る所だった。明日にでも連れて帰ろう。」

 言うなり床から起こす為か、はたまた俺も猫みたいにポッケに入れる為か、抱き抱え上げられて呆然とした。
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