乙女ゲームに迷い込んだみたいです

青井りか

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据え膳食わぬは男の恥ですからね

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SIDE-L
 息苦しい。
 何がって?それは、教室の後ろに監視がいるのだ。
 倉庫閉じ込め事件の翌日から警護をつけられたんだけどね、びっくりすることに、王宮からも警護の手配があったの。王宮からの警護は初日で断れたけど、うちのマッチョマンは今日も私の監視、もとい警護をしてる。
 親バカだなあ。

 共用棟に向かおうとしたら、女子棟を出たところにガブがいた。待ち構えてたようだ。
「リリー嬢。」
「こんにちは。ガブリエル殿下。」
 会釈して通ろう、逃げようとしたら
「あの噂、本当ですか?」
「あの噂?」
「あなたが倉庫で暴行されたって噂ですよ。」

 はいー?
「ないですないです。閉じ込められただけです。」
 あまりにもの内容に一瞬思考が止まったが、即否定した。あ、閉じ込められたも言わない方が良かったのかも。でもパニくって言っちゃった。
「警護を二人も付けていたから本当のことかと思いましたよ。」
「心配性な人達がつけただけです。そんなのないです。」
「ラファエル殿下はどう思われてるでしょうね。傷物は嫌だという王子もたくさんいますし。」

 カブは私の前に向き直り、にっこり笑い
「私にしませんか?リリ」
 そう言って私の手をとり、手の甲にキスを・・・・・・警護が止めてくれた。
「私は帝国の王子ですよ?」
 ガブは警護を見て不敵な笑みを浮かべたが、
「どのような御方でも、男性をお嬢様に触れさせないように命を受けております。」
 ガブは仕方ないというように肩をすくめて、
「ではリリ嬢また。良い返事をお待ちしてますよ。」
 と言って立ち去った。

 良い返事ってなにー!?
 なんでガブが私に?ほらあれ、ラフとガブは相性悪くて、ラフの好感度が上がるとガブの好感度が下がって、ガブの好感度が上がる時はラフの好感度が下がって・・・・・・
 ラフに嫌われてる?誤解されてる?

 よろよろと歩きながら教室のココとレニのところに戻った。
 ココとレニも噂のことは知っていて・・・・・・
 殿下はリリー様のこと信じてますよ、って言ってくれたけど、授業中、今度はガブの言葉がぐるぐる回った。
 誤解、解きたい。

 ラフと二人きりになりたくて、ココとレニに生徒会室のアンディとフレッドを連れ出してもらったんだけど、警護が「男性と二人きりにできません。婚約者とはいえ、殿下は男性ですから」と生徒会室から出てくれない。
ラフも「うん、そうだね。どうしたの?」といつもの笑顔で聞いてくる。
 言い難いけど・・・・・・誤解されてるのは嫌だ。
 私は覚悟を決めて

「わ、私、まだ処女ヴァージンだから。」

 と言うと、ラフはいつもの笑顔、ゲームのスチルの笑顔で返してきた。
「うん。結婚するの楽しみにしてるね。」
 でもそれがなんだか嘘くさくて
「結婚する気なんてないくせにーー。」
 叫んだ。

 ココが「リリー様」と生徒会室に入ってきて、そんなココを見たらココに抱きついて泣いてしまった。ココが殿下に向かって何か言ってるけど聞こえない。
 なんかもう悔しくて。
 シナリオを知ってるから、いつかラフと別れが来るのは覚悟してる。
 でも、こんな誤解で別れるのは嫌なの。
 こんな嘘で。


 王妃教育の日、行くのを渋ってるとお父様が付き添っての登城になった。
 勉強もこの後のラフとの食事の時間が憂鬱で身が入らない。食事中、ラフが話しかけてくれたけど、どう接していいかわからず、生半可な返事ばかりしてた。

 食事のあと、調べ物をしたくて書庫を使わせて欲しいと言ったら、ラフも付き合ってくれた。
 必要な本を探してると少し高い所にあった。背伸びしたらなんとか届きそう。
 指で本の下部に触れてとろうとしてたら
「リリ、とってあげるよ。」
 ラフが近づいてきた。気まずくって一歩下がった。

 ラフがとってくれた本を受け取る。やっぱり気まずくって受け取った瞬間に後ろに下がったら書棚にぶつかった。すると上の方の本が落ちてきた。

「危ない」

 ラフの太い腕が、固い体が私を包んでくれる。数冊の本が落下した。
「リリ、大丈夫?当たってない?」
 目を開くとラフのキレイな碧色の瞳がすぐそこにある。これまでにない近い距離でドキドキした。

 キスしたい――

 ラフの顔が近づいてきたので目をつむった。
 心臓が早鐘を打つ。
 でも、私の唇に何かが触れることはなかった。

「殿下!大丈夫ですか?」
 侍従達の声と足音に我にかえる。
「私は大丈夫だ。リリはどう?痛くない?」
 私は下を向いたままこくりとうなづくことしかできなかった。

 あさましい
濫りみだりがわしい自分に嫌気がさした。





SIDE-R
 倉庫閉じ込め事件の翌日、リリーを護衛する為に王宮から腕の立つ者を連れてきた。
 でも、というか、やはり、シャテロール公爵も警護を用意していた。
 基本的に校舎には学生しか入れない。
 使用人が学園で待機する場合は共用棟にある休憩室で待機してる。私の侍従もリリの侍女も登校に付き添った後、王宮や邸宅に帰らず、休憩室で私達と帰るまで、私達からあるかもしれない指示があるのを待っている。
使用人である警護が教室に入るのは異例だ。
そもそも、小さなのほほんとした国なので、王太子の私の登下校にすら警護をつけていない。
 そんな中、リリが警護をつけたので、倉庫事件が暴行事件として噂になっていた。
 いや、犯人が意図的に噂を流したのだろう。

 放課後、アンディとフレッドと生徒会室でくつろいでいたら、リリ達が来て、私と二人きりで話したいとアンディとフレッドに退室のお願いをした。
 警護にも出ていくように命じたが、「男性と二人きりにできません。婚約者とはいえ、殿下は男性ですから」職務に忠実だ。でもその通り。結婚するまでは、二人きりでいるべきではない。リリはそのあたりの警戒心が全くなく、私を信頼してるというよりも、男としてみてないんじゃないかとも思う。

「どうしたの?」
 と聞くと、リリは下を向いて両拳が震えてる。
「わ、私、まだ処女ヴァージンだから。」
 あ、噂を聞いたんだ。誤解されてると思ったので解きにきたんだね。ちゃんと分かってるのに。かわいいなあ。
「うん。結婚するの楽しみにしてるね。」
 と笑って返したら
「結婚する気なんてないくせにーー。」
 とリリが叫んだ。

 ココ嬢が飛びこんできてリリを慰める。
 ココ嬢に「殿下、リリー様を信じて下さい。」って言われたけど、私はリリを信じてるよ。自分が何と言ったか思い出してみてめ、何が気に障ったのか、わからない。
 結局、この日はリリが落ち着くことなく帰っていった。翌日から体調不良で生徒会活動を休むようになった。


 王妃教育の日、珍しく父親のシャテロール公爵と登城した。
 リリが勉強している間、シャテロール公爵と話した。

 最初に、公爵が深々と頭を下げた。
「殿下、申し訳ありません。娘が殿下に不躾な言動をしまして。」
――それはどれを指して言われてるんでしょうか?と言いたくなる。「結婚する気ないくせに」発言の後から、目に余るくらいリリに避けられている。
 警護がついてるので、私に落ち度がないことは彼から報告が上がっているはずだ。

「公爵、顔を上げてください。暴行された、なんて噂が流れてたら感情的な行動に出てしまっても仕方ありません。」
「その、こういう時は男親はどうしていいかわからず、妻がこちらに来る手配はしてます。妻が落ち着かせてくれると思いますので、もう少しの間、あたたかい目で見ていただけたら幸甚に存じます。」
 うん。妻にはリリしか考えてないからね。待つけど。でもやはり、あれだけ理由わけなく避けられると傷つくよ。いや、理由は分かってるか。彼女の「私との婚約が解消になる」という思い込みだ。なぜそのような認識になってしまったかがわからない。自分に不適切な言動があったのか。「婚約は解消しないよ。」と言っても取り付く島もないので困る。私のことを嫌いになったようではないのだけど。

 リリの勉強が終わり、一緒に食事をしたのだが、何を聞いても「はい」「いいえ」「そうですね」としか返ってこない。
 会話のない食事のあと、リリが書庫で調べ物をしたいというので、一緒に書庫に行った。

 本棚と本棚の間で書物をめくってると、少し高いところの本を背伸びしてとろうとしてるリリの姿が見えた。
 いつも思うのだが、どうして侍従を使わないんだろう。彼女は従者の使い方が下手だ。自分で出来そうなことは自分でする。指示を待っている従者を信頼したらいいのに。 

「リリ、とってあげるよ。」
 と声をかけ、近づいた。リリは私を避けるように一歩下がる。うん。避けると思ったからだいぶ手前から声をかけたんだけどね。
 本をとる。渡す時にリリは近づいてきたが、受け取るといきおいよく後ろに下がった。書棚にぶつかる。上の方の本が落ちてきた。

「危ない」

 リリを抱きしめる。数冊の本が落下した。
「リリ、大丈夫?当たってない?」
 リリの顔をのぞく。大きな瞳、ピンク色の唇、これまでにない近い距離でドキッとした。

 キスしたい――

 心臓が早鐘を打つ。
 リリが目をつむる。
 いいのかな。
 いや、婚約はしてるけど、まだ婚姻前だ。
 自制心と闘う。

「殿下!大丈夫ですか?」
 侍従達の声と足音に我にかえる。
「私は大丈夫だ。リリはどう?痛くない?」
 リリは下を向いたままこくりとうなづいた。


 その夜はリリの瞳、唇、抱きしめた時の柔らかかった感触を思い出しては自己嫌悪に陥った。
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