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来る征戦の騎士、明かされる聖剣の未知
47話 真相/襲来
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白衣のポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる男は何がおかしいのかクツクツと笑いながら話した。
「殺したのはそこの馬鹿だよ。……魔法の使い過ぎで命を落とした、ね」
「――え?」
コウトの口から声が漏れる。白衣の男が話した事実は彼の知っているものとは違ったからだ。
――どういうことだ? 谷嶋を殺してしまったのは僕のはず……。
思い起こされるのは、ペストマスクの怪人に谷嶋の喉が切り裂かれる瞬間だ。谷嶋を殺した人物が自分でないとしたら、あの光景は何だというのだ。
「そうだったのか」
困惑するコウトのそばで、事情を知らない柳葉は納得したらしい。
そうなんだよ~。と男はまだ笑いが収まらない様子。そんな彼のまくられた白衣の袖から覗く腕には小さないくつかの傷がある。よく見ると長い手足すらも覆うように大きい白衣は傷や汚れでボロボロだ。
「そいつは我らがエウレナ様が倒したヤイル王国軍の残党。伝説のドラゴンによる世界の転覆を企んだ愚かな国の従順な犬。第二魔法、召喚術の天才。そして……ボクの古い知り合いだ」
彼は一瞬、過去を懐かしむような顔を見せる。
「魔法をうまく扱えない僕を馬鹿にしていた彼が、赤子でもしないようなミスで命を落とすとはね。まったく、いい気分だ」
「――皆さん、紹介します。彼はウォークの魔法研究者。名前をロフォといいます」
サラが白衣の男についてコウト達に紹介する。再び笑いはじめたロフォに眉をひそめる彼女は、コウトの疑問を察してか説明を始めた。
「コウトさん、貴方はタニシマという方を殺めたのは自分だと思っているのでしょう。ですがそれは違うのです」
「違うって、なんで……! 僕は確かに谷嶋が、ジェヴォーダンに殺されるのを、僕の意志に殺されるのを見たのに!」
「コールンの騎士たちに死体を回収させ、体を調べさせました。その結果、タニシマという転移者が“寄生状態”であったことがわかったのです」
「寄生……状態?」
決めつけていた事実を覆されたコウトは、混乱する頭の整理がつかない。言葉を出せないでいるとすぐ側までエウレナがやってくる。
「寄生状態。死んだ人間の体が魔物によって操られることがあるんだ。それを寄生状態といい、これは一部の魔物にしかできない」
エウレナに続いて、落ち着いたらしいロフォも説明に加わる。
「ボクは死体を調べるようにサラ様から言われたんだ。調べ終わったらドラゴンがいて、研究室ごとぶっ壊されるかと思ったけどなんとかなったね。調べた結果だけど、コールンで回収した異世界人の体はスライムに操られていたことがわかったよ。心当たりはあるかい?」
記憶を辿るコウトの横で七篠がハッとした。
「……ッ! コールンにつく前に襲ってきた魔物の中に緑色の、それっぽい生き物がいた」
「そういえばさっきコイツ、野営している俺たちを襲撃したと言っていた。もしかして――」
「その異世界人が殺され、寄生されたのはその時だろう。つまり襲撃の犯人も、異世界人を殺したのもそこに転がってる男。ヤイル王国召喚士、ステルゥだよ」
サラがコウトの手を取り、優しく包む。彼女の表情は慈愛に満ちている。労いと、気遣い。彼は感じられるそれらから、サラという女性がおおらかな支配者であることを理解する。
「貴方が……いえ、貴方の魔法がその方を殺めたとき、彼はもう死んでいたのです」
ゆっくりと言い聞かせられるようだ。谷嶋を殺したのはコウトの魔法でも、ましてやコウト自身でもないと。
「魔物に寄生された人間が何をするかはわからない。特殊な力を持つ異世界人の方ならなおさらです。コウトさん。貴方は人々を守ったのです。悲しみに打ちひしがれることはやめてください。……このままでは貴方はきっと、身に余る重さにすぐに押し潰されてしまう」
「――――」
その言葉は本心だった。王女から転移者へのものとして繕っての言葉ではない。その透明さに数瞬呆けて、手を握り返す。言葉は出てこないが報いたかった。彼はその行為でありがとうと、伝えたかったのだ。
――――――
「聖剣は……どこにある」
突如気配もなく何者かが現れ、息を止めたくなるような重苦しさが当たりに漂う。
「聖剣はどこにある。あの男はどこにいる?」
紡がれた言葉はどこか唐突で、コウトたちと同じく喉の奥にある膜をふるわせて発せられているはずだが違和感がある。
ところどころ焦げたような跡がある漆黒のローブ。その背中には4枚の翅が見えている。謎の人物のオーラに圧倒されているコウトだったが、その声には聞き覚えがあった。
「……頭の中で囁かれていた声と同じだ」
サラの後方20メートルにいたその人物は、呟いたコウトをめがけて地面を滑るように滑空してくる。
「言えッ!! 答えろッ!!」
開いていた距離が瞬く間に詰められる。その進路上にはサラがいる。このままでは危ない。
「クッ、止まれよッ!!」
「――!!」
サラを守るため咄嗟に蹴りを繰り出す。振り抜いたその足は風を纏っており、翅の男を吹き飛ばした。自らの体に魔法を宿らせての一撃。コウトは魔法という馴染みのない概念の使い方の一つを、サラの生死が決まる間際に感覚で掴んだのだ。
「ぐ、ッ――」
遠くで翅の男がうめく。同時にコウトに呼びかける声があった。
「コウトと言ったな、我に合わせろ」
白髪の男性が木にもたれ息をつく翅の男へと走り出す。その手には刀が握られていた。
数秒のうちに、刀の刃《は》が男の首元に迫る。身をかがめようとしたその体に、強烈な風が吹き付けた。
「はぁぁッ」
コウトが放った風の魔法。その風は標的の体を木の幹に釘付けにする。やがて、刀身が首を通り抜けた。
――――――
――静寂が辺りを包む。張り詰めた緊張が解けない。
翅の男の首はたしかに刎ねられたが、胴を離れてはいなかった。ひたすらに強まるばかりの重苦しさの中で、困惑を隠せない声がした。
「――手応えが、なかった」
一滴の汗が、額から皺の寄る眉間へと流れた。
「殺したのはそこの馬鹿だよ。……魔法の使い過ぎで命を落とした、ね」
「――え?」
コウトの口から声が漏れる。白衣の男が話した事実は彼の知っているものとは違ったからだ。
――どういうことだ? 谷嶋を殺してしまったのは僕のはず……。
思い起こされるのは、ペストマスクの怪人に谷嶋の喉が切り裂かれる瞬間だ。谷嶋を殺した人物が自分でないとしたら、あの光景は何だというのだ。
「そうだったのか」
困惑するコウトのそばで、事情を知らない柳葉は納得したらしい。
そうなんだよ~。と男はまだ笑いが収まらない様子。そんな彼のまくられた白衣の袖から覗く腕には小さないくつかの傷がある。よく見ると長い手足すらも覆うように大きい白衣は傷や汚れでボロボロだ。
「そいつは我らがエウレナ様が倒したヤイル王国軍の残党。伝説のドラゴンによる世界の転覆を企んだ愚かな国の従順な犬。第二魔法、召喚術の天才。そして……ボクの古い知り合いだ」
彼は一瞬、過去を懐かしむような顔を見せる。
「魔法をうまく扱えない僕を馬鹿にしていた彼が、赤子でもしないようなミスで命を落とすとはね。まったく、いい気分だ」
「――皆さん、紹介します。彼はウォークの魔法研究者。名前をロフォといいます」
サラが白衣の男についてコウト達に紹介する。再び笑いはじめたロフォに眉をひそめる彼女は、コウトの疑問を察してか説明を始めた。
「コウトさん、貴方はタニシマという方を殺めたのは自分だと思っているのでしょう。ですがそれは違うのです」
「違うって、なんで……! 僕は確かに谷嶋が、ジェヴォーダンに殺されるのを、僕の意志に殺されるのを見たのに!」
「コールンの騎士たちに死体を回収させ、体を調べさせました。その結果、タニシマという転移者が“寄生状態”であったことがわかったのです」
「寄生……状態?」
決めつけていた事実を覆されたコウトは、混乱する頭の整理がつかない。言葉を出せないでいるとすぐ側までエウレナがやってくる。
「寄生状態。死んだ人間の体が魔物によって操られることがあるんだ。それを寄生状態といい、これは一部の魔物にしかできない」
エウレナに続いて、落ち着いたらしいロフォも説明に加わる。
「ボクは死体を調べるようにサラ様から言われたんだ。調べ終わったらドラゴンがいて、研究室ごとぶっ壊されるかと思ったけどなんとかなったね。調べた結果だけど、コールンで回収した異世界人の体はスライムに操られていたことがわかったよ。心当たりはあるかい?」
記憶を辿るコウトの横で七篠がハッとした。
「……ッ! コールンにつく前に襲ってきた魔物の中に緑色の、それっぽい生き物がいた」
「そういえばさっきコイツ、野営している俺たちを襲撃したと言っていた。もしかして――」
「その異世界人が殺され、寄生されたのはその時だろう。つまり襲撃の犯人も、異世界人を殺したのもそこに転がってる男。ヤイル王国召喚士、ステルゥだよ」
サラがコウトの手を取り、優しく包む。彼女の表情は慈愛に満ちている。労いと、気遣い。彼は感じられるそれらから、サラという女性がおおらかな支配者であることを理解する。
「貴方が……いえ、貴方の魔法がその方を殺めたとき、彼はもう死んでいたのです」
ゆっくりと言い聞かせられるようだ。谷嶋を殺したのはコウトの魔法でも、ましてやコウト自身でもないと。
「魔物に寄生された人間が何をするかはわからない。特殊な力を持つ異世界人の方ならなおさらです。コウトさん。貴方は人々を守ったのです。悲しみに打ちひしがれることはやめてください。……このままでは貴方はきっと、身に余る重さにすぐに押し潰されてしまう」
「――――」
その言葉は本心だった。王女から転移者へのものとして繕っての言葉ではない。その透明さに数瞬呆けて、手を握り返す。言葉は出てこないが報いたかった。彼はその行為でありがとうと、伝えたかったのだ。
――――――
「聖剣は……どこにある」
突如気配もなく何者かが現れ、息を止めたくなるような重苦しさが当たりに漂う。
「聖剣はどこにある。あの男はどこにいる?」
紡がれた言葉はどこか唐突で、コウトたちと同じく喉の奥にある膜をふるわせて発せられているはずだが違和感がある。
ところどころ焦げたような跡がある漆黒のローブ。その背中には4枚の翅が見えている。謎の人物のオーラに圧倒されているコウトだったが、その声には聞き覚えがあった。
「……頭の中で囁かれていた声と同じだ」
サラの後方20メートルにいたその人物は、呟いたコウトをめがけて地面を滑るように滑空してくる。
「言えッ!! 答えろッ!!」
開いていた距離が瞬く間に詰められる。その進路上にはサラがいる。このままでは危ない。
「クッ、止まれよッ!!」
「――!!」
サラを守るため咄嗟に蹴りを繰り出す。振り抜いたその足は風を纏っており、翅の男を吹き飛ばした。自らの体に魔法を宿らせての一撃。コウトは魔法という馴染みのない概念の使い方の一つを、サラの生死が決まる間際に感覚で掴んだのだ。
「ぐ、ッ――」
遠くで翅の男がうめく。同時にコウトに呼びかける声があった。
「コウトと言ったな、我に合わせろ」
白髪の男性が木にもたれ息をつく翅の男へと走り出す。その手には刀が握られていた。
数秒のうちに、刀の刃《は》が男の首元に迫る。身をかがめようとしたその体に、強烈な風が吹き付けた。
「はぁぁッ」
コウトが放った風の魔法。その風は標的の体を木の幹に釘付けにする。やがて、刀身が首を通り抜けた。
――――――
――静寂が辺りを包む。張り詰めた緊張が解けない。
翅の男の首はたしかに刎ねられたが、胴を離れてはいなかった。ひたすらに強まるばかりの重苦しさの中で、困惑を隠せない声がした。
「――手応えが、なかった」
一滴の汗が、額から皺の寄る眉間へと流れた。
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