不思議屋マドゥカと常冬の女王

らん

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第6章

ハーディの話

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 女王の眠りは、唐突に途切れた。
 
 目の前には、まだ年端もいかぬ少年。夢ではない。女王は覚醒を自覚する。
 ふと、膝が軽くなっていることに気づいた。
 
 スクラップ・ブックがない。
 
 それはいま、少年の手にあった。
 玉座に寄りかかったまま、目だけで彼を見上げる。
 少年は素直に頭を下げた。

「スクラップ・ブック、読みました。ごめんなさい」

『かまいません。読まれて困るようなものでもありませんし』
 自分でも驚くほど、優しい声が出た。
 女王は椅子に座り直す。じっくりと少年を見る。
 
 若い。本当に若い。
 
 手足もまだ細く、黒い大きな目は、ほとんどあどけないと言ってもよい。
 こんな幼い少年が、自分のような孤独な女王に何の用だろう。
 戸惑う女王の前で、少年が名乗りをあげた。

「常冬の女王様。ぼく、アレハンドロ・ボルダと言います。ハーディと呼んで下さい」

(かわいらしい声だこと)
 彼の純朴さをそのまま現したかのような彼の声に、女王は好感を持った。
 その好感は、こんな言葉に置き換わる。
『ひょっとして、あなたのお名前は、英霊アレ・ハンドロ・ヴォルダからきているのかしら?』
 少年はちょっと驚いた顔で言った。
「はい。ただ、ボルダはBで、Vじゃないですけど」
 女王は、精霊の中でも特に勇敢で賢く、ゆえに英霊とまで呼ばれた彼を思い出す。
『そう。水バラの町リェーヴァの公女デーニャを守る光の精霊……。彼の姿は二、三度拝見したことがあります。あの美しい少女に似合いの、とても素敵な精霊でした』
「女王さまは、アレ・ハンドロ・ヴォルダに会ったことが?」
 状況も忘れて瞳を輝かせる少年に、女王はますます愛しい気持ちになる。
 女王は、彼女には珍しい『弾んだ』声で言った。
『ええ。スクラップ・ブックを読んだのでしょう? わたくしは、精霊たちとともに生きたのですよ。あの時代を』
 ふいに、少年の顔が暗くなった。
 彼は、スクラップ・ブックに目を落として言った。

「これ、ページが欠けてますね」

『――そうなのですか?』
 驚いたように、彼は言った。
「ご覧になったこと、ないんですか?」
『わたくしとレティアは、すでに違う存在ですから。それに、あれの記憶はわたしの中にあります。あなたもご覧になったでしょう? レティアの一生は、けして愉快とは言えないものですから』
 少年の顔が暗くなった。女王は口をつぐむ。そして、思い出した。
 
 彼がなぜここに来たのか。
 
 女王はまだ、その理由を聞いていない。
「……あの」
『何でしょう』
「とりあえず、ミンディを返してくれて、ありがとうございました」
 ぺこりと彼は頭を下げた。
 女王は驚いた。自分が行ったことで、人間から礼を言われたのは初めてだ。
 常冬の女王は、驚きながらも答える。
『礼を言われるほどのことではありません。たとえ彼女が安らかな死を望んでいるとしても、雪山は若い娘がたった一人で死ぬには寂しすぎる場所です』
 ハーディは思った。
(この女王様、本当に優しい人なんだ)
 そして、確信した。
 大丈夫。この人なら、きっとわかってくれる。
(――いくよ、グラッセ)
 ハーディの小さな、しかし、大事な戦いが、いま始まる。

「あの、女王様」

『何でしょう?』
「ぼく、お願いがあります」
『言ってみなさい』
 はっきりと、ハーディは言った。
「ぼくと一緒に来て、あの魔法を解いていただきたいんです」
『できません』
 女王はにべもない。その後で、彼女は言った。
『あの魔法は……』
「わかってます。人の『死にたい』という気持ちに反応するんですよね。そして、それが連鎖してどんどん広がっていく」
『……』
 ベールの向こうにある、女王の考えは読めない。
 ハーディは、じっと常冬の女王を見つめて言った。
「あれはどこまで広がるんですか?」
『人間がいるところであれば、どこまでも』
 女王は答えて、小首を傾げる。
『何か問題でも?』
 まるで少女のような、無邪気な問いかけだった。
 ハーディは息を一つ吸い込む。そして、自分に言い聞かせる。
 大丈夫。女王様は、きっとわかってくれる。
「――あの」
『はい』
「女王様は勘違いしているんです」
『勘違い?』
「はい」
 合わせているかどうか定かではない瞳を、じっと見つめる。常冬の女王からの反応はない。ハーディは続けた。
「ミンディは確かにスクラップ・ブックを読んだから、女王様のもとに行こうとしました。でもそれは、安らかな死を望んだからじゃありません」
『では、なぜ?』
「あの……女王様のことを、好きになったんです」
 女王の口調に、明らかな変化が現れた。
『わたくしのことが……好き?』
「そうです」
 スクラップ・ブックの、黒い表紙をなぞる。
「ミンディは、レティア・モリガンっていう女の子が、好きになったんです」
『……』
「ぼく、ミンディがレティアを好きになった理由が、ちょっとだけわかります。レティアって女の子は、いつも、ただ一生懸命なだけなんです。でも、がんばればがんばるほど、わかってもらえない。ミンディも、そうなんです」
 顔を上げて、ハーディは言った。
「バルバザンがあなたを滅ぼそうとしているのを知って、ミンディはあなたに会おうとした。あなたに危機を伝えるために。何より、あなたを理解し、好きになった女の子がここにいる、そう伝えるために」
 常冬の女王は、何も言わない。ハーディは懸命に伝える。
「ミンディは、こう言いたかったんです。女王様、わたしがここにいる。わたし、あなたのことが好きよって」
 女王の沈黙は長かった。

『……では、すべてわたくしの勘違い?』

「はい」
 女王は言った。
『それは――、誠に相すまないことをしました』
 ハーディはほっとした。あらためて、尋ねる。
「じゃあ、あの魔法を解くのに協力してもらえますよね?」

『いいえ。できません』

「?! なぜ?」
『集積魔法は、ただ二つのことしかできません。集めるか、開法するか。一度開法したものを、もう一度戻すことはできません。何より――あれを創ったのはわたくしではない』
 焦って、ハーディは尋ねる。
「では誰が?」

『常春の王、ヴェスナー』
 
 ハーディの頭の中に、レティアが雪に倒れた時の場面が浮かんだ。
「女王様!」
『何でしょう?』
「常春の王ヴェスナーとは、レティアが雪の中で倒れた時にやってきた、あの男ですか?!」
『そうです』
 重ねて尋ねる。
「いま、どこにいるんですか?!」
 女王は冷静に語る。
『さあ。それに、あれを探すような時間はありません。例え探しだせたところで、あれを説得するのは容易なことではない。あれは、人間をとても憎んでいますから』
「――え?」
『……スクラップ・ブックを読んだのでは?』
「はい。でも、吹雪の場面から、急に処刑の場面に変わったので……」
『なるほど。それでお前はページが欠けていると、そう言ったのですね』
「はい」
『……なるほど』
 女王は再び沈黙した。そして、ぴしりと言った。

『余計なことを言いました。忘れなさい』

「……はい」
 二人の間を沈黙が流れていく。ハーディは焦れた。
 いつまでも、こうしているわけにはいかない。
 本当にもう手はないのだろうか? いや、そんなことはない。
 だって、女王は考えている。
「あの……」

『――“お父様”が』
 
 ハーディは口を閉じた。女王は、話したがっている。

『――五千年もの昔“お父様”が降臨なさったとき、人々は魔獣たちに追いつめられていました。大陸には彼らと戦う気丈な人々もいましたが、大きさでも力でも遥かに勝る魔獣たちに立ち向かうのは、無謀をとおり越して、玉砕でした。一部の人たちは島へ渡り、寄り添いあって彼らは生きてきた。それは、“お父様”がもはや望んでも得られぬ助け合いでもありました。“お父様”は、そんな健気な人々を心から愛した……』
 この場に居ぬ、“お父様”の姿を思い浮かべるように、レティアは言った。
『わたくしたちの世界にも、『幸福は願う者のもとに飛んでくる』という言葉がありますね。思いが形を作るのか、形が思いを作るのか……。“お父様”の世界では、それがはっきりしていました。思いが形を造るのです』
「思いが、形を造る……」
『簡単なことではありません。思いには、温かなものもあれば、身を裂くようなものもある。だから、“お父様”たちの世界は滅びたのでしょう。弱い者たちが寄り添いあって暮らすこの世界に、“お父様”は、自分たちの世界が失ってしまった大事な何かを見た。だから、死んだ人の魂を使い、精霊という憑代を創った』
「……」
『――そう。我々は死霊や魔霊と同じく、この世界の死者なのです。人間たちに愛を持つべくして蘇り、彼らを支えるべく、わたくしたちは“お父様”に力を与えられた……』
 女王の顔が僅かに上を向いた。まるで、遠い過去を懐かしむかのように。
『人々の殺意が己に向いたとき、“お父様”は、三つに裂かれた。人を愛する心と、人を憎む心、そして、悲しむ心に。彼らはもと同一の存在でありながら、互いのことを知りません。いえ、むしろ知らないほうが幸せなのかもしれません』
「……あなたが会ったのは、どの“お父様”?」
『知りません。そのことを知ることに意味はありません。わたくしにとって、意味を持つのは、わたくしが“お父様”を愛していること、そして、“お父様”が愛したものを、わたくしも愛したということです』
 ふいに、冷気が立ち上った。

『で、あるからこそ、わたくしはバルバザンが許せない。彼がレティアに行った行為は、“お父様”に与えられた使命に逆らう行為。“お父様”に命を与えてもらいながら、あれは自分の使命も全うせず、自儘に振る舞っただけ。そして、その反省もなく、このわたくしの崇高な仕事を貶めようとした』
 
 ざわり、と常冬の女王の髪が動く。
 ここだ、ハーディは思った。
 ここが、女王が力を貸してくれるかどうかの大事な分岐点となる。

『個人の幸福や指針を与える小さき精霊どもと、わたくしたち“お父様”の子は違う。わたくしたちが人々に与えるものは、万人にあまねく平等な幸福。誰にとっても価値あるもの。そして、誰もが享受できるもの。わたくしは探しました。求めました。そして、悟りました。このわたくしにできることは何もないと。だから決めました。人間が手にできる幸福には条件と限りがある。どのような人間も最後には不幸になるかもしれない。それならば、せめて、その不幸な人たちの最後の受け皿になろうと』
 
 凄みのある声で女王は言った。

『わかりますか? アレハンドロ・ボルダ。その決断、その重みが。あれへの復讐? 否、否、決して、そのようなものではない。そのような軽々しいものでは、決してない』

 女王の激情は、そのまま冷気へと繋がっているようだった。
 寒い。とてつもなく、寒い。
 しかし、ここで震えてしまうことは、女王に対してすごく不敬な気がする。
 ハーディは、かじかむ手をぎゅっと握りしめた。

「はい、わかります」
 
 冷気が一時止んだ。納得したわけではない。
 常冬の女王は、理由を求めている。

「ぼく、女王様の考えが、ちょっとだけわかります」
 
 ハーディはちょっと遠くを見つめる。すぐに我に返り、あわてて尋ねた。
「あの、ちょっとだけ、ぼくのこと話してもかまいませんか?」
 女王が、膝の上で手をきれいにそろえ直す。
 女王は言った。

『どうぞ』

「ええっと、ぼく、小さいころに、水鳥(キン=バルー)に会ったんです。えっと、ご存じですか? キン=バルー」
『ええ。優美な鳥ですね。昔から数は少なかった。わたくしも、あの鳥の“渡り”は、数えるほどしか見たことがない』
「はい。キン=バルーは、雨雲を呼ぶ鳥とも言われています。その貴重な一羽が昔、父のところに運ばれたことがあったんです。父は、とても優秀な魔法薬師でした。そのキン=バルーは、とっても年を取っていて、もう渡りができなくなっていたんです。運んできた王都の研究者は、ぜひまた飛べるようにしてほしい、そこまでできないなら、研究できるよう少しでも長く生かしてほしいと、父に頼んだんです」
 ハーディの頭の中に、首輪をつけられて引っ張ってこられた、巨大な鳥の姿が甦る。
 
 白い雪の中に浮かぶ、鮮やかなスカイブルー。
 
 鳥は驚きに目を見開くハーディの視線をものともせず、その巨大な体をくるりと丸め、ゆったりと微睡んでいた。
「その鳥とどれくらい一緒にいたかは、よく覚えていません。だけど、ぼくは彼が死ぬまでの間、毎日毎日彼の前に座って、色んなことを聞いたんです」
 
 ――名前はなに? どこから来たの? 歳はいくつ?
 ――スカイ。もっと東の方。歳は忘れてしまったよ
 ――どうしてひとりなの? 仲間はどこにいるの?
 ――両方とも、わしにはわからん。
 ――家族はいたの? 奥さんは?
 ――家族はいた。兄がいた。妻もいた。みんな、どこに行ってしまったのかなあ。
 
 疲れたように、スカイは首をもたげて言った。
『小さなぼうや。あんた、ずいぶん知りたがりだね』
 ハーディはきょとんと、くたびれたおじいさん鳥を見上げた。
『ふっふっふっ』
 スカイが、その巨躯を大きく揺さぶって笑う。
 皺だらけの顔の皺が、さらに深くなる。
『スカイは、どれくらい生きてるの?』
「――そうさなあ」
 あごをぺたりと地面につけ、スカイの目がにゅー、と緩やかな弧を描く。
『お前さんのおじいさんの、そのまたおじいさんの、そのまたまたおじいさんくらいの頃からかなあ』
 ハーディは考えてみた。
 
 おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの、そのまたまたおじいちゃん。

「……よくわかんない」
『ふっふっふっ』
 スカイがその巨体を、さらに揺らす。ひとしきり笑った後、スカイは『ふう』、と疲れたような吐息を、体全体を使って吐き出した。
「ねえ、スカイ」
『……ん?』
「スカイは、死んじゃうの?」
 スカイは、じっとハーディを見る。ハーディは、もう一度同じことを尋ねた。
「死んじゃうの?」
 スカイはゆっくりとまばたきした後、その巨体を起こした。
 ハーディの遥か後ろにある地平線を見る。
 ハーディも後ろを向いて、水平線で弱々しい光を放ちながら沈もうとしている太陽を見た。

『ああ』
 
 聴こえたことを認識したのは、一瞬後のこと。
 ハーディは、振り返って尋ねた。
「どうして?」
『どうしてと言われても』
 幼い孫を諭すように、スカイは言った。

『それが、自然の摂理だからさ』
 
 わずか五歳のハーディに、セツリという言葉は理解できない。
 スカイも説明はしない。
 彼はただ、話した。
『兄貴は死んだ。女房も死んだ。わしも死ぬ。それだけさ』
「いやじゃないの?」
『いやじゃないさ』
 スカイはゆっくりと目を細める。まるで嬉しいことのように、スカイは言った。
『死んだら、還る。またみんなに会える。この羽も綺麗になって、また飛べるようになる。痛いことも、もうないだろう。あとはもう、楽に死ねたら、それでいい』
 父が歩いてくるのが見えた。手に何か持ってる。

「ハーディ、おいで」
 
 小走りに父に駆け寄ったハーディは、父のズボンをしっかりつかんで言った。
「スカイ、死ぬのはいやじゃないって」
 父は困惑の色を浮かべた。
「スカイ?」
 ハーディはキン=バルーを指さす。

「この鳥の名前だよ」
 
 父の顔が強ばった。
「……そうか」
 父は持っていた袋から、注射器と小瓶を取り出した。
 
 殺すつもりだ。
 
 ハーディは、直感的に悟った。
「ねえ、父さん。スカイ、生きてるよ。どうして、殺しちゃうの?」
 父は顔を上げない。黙々と作業を続ける。
 注射器の中に、透明な液体が満ちていく。
「ねえ、どうしてなの?」

「ハーディ」
 
 父は平然と変わらぬ、穏やかな声で言った。

「それが一番いいんだ」
 
 注射器の針が、スカイの体に突き立てられる。
 スカイの目が、ゆっくりと閉じていく。
 もう醒めることのない眠りに落ちていきながら、スカイは言った。

『――ああ。これでようやく、楽になれるなあー……』

「アレハンドロ」
 彼の最後を看取った父は、宣言した。
「うちの店で、二度と魔獣は扱わない」


「そのとき、ぼく思ったんです。生きている以上、死ぬのは当たり前なんだって。でも」
『でも?』
「ぼく、三つ上に兄がいるんです。魔力変質にかかっています。助かりません」
『……』
 女王は、何も言わない。
「ぼくは、兄が自分の死を素直に受け入れると思ってた」
 だが違った。
 魔力変質になった兄は、まず、それに罹ったことそのものを否定しようとした。 否定できないことがわかると、散々に暴れ、次に死にたくないと泣き出した。
 そして、最後にこう叫んだ。

『納得できない』

「ぼく、それまで納得できる死があるなんて、考えたことがなかった。うまく言えないですけど、死ぬって当然起こることで、納得するからどうとか……。ええっと、言ってること、わかります?」
 女王は落ち着いていた。彼女は、先ほどとまったく変わりない口調で言った。
『ええ、わかりますよ。続けて』
 ほっとして、ハーディは話を続ける。
「兄は結局、家を出ました。父は兄の命をあきらめて、できるだけ兄に充実した余生を送らせようとしたけど、兄は、とにかく生きたかったんです。だから、生きる方法を探しに行ったんだと思います。いまは至宝美術館に務めているそうです。そこに何があるかは、わからないけど」
 女王はまだ何も言わない。
 沈黙はハーディの気まずさと、しゃべらなきゃという脅迫観念をぐいぐい後押ししてくる。
「ぼく、女王様の気持ち、わかります。兄は生きるためにあがいてますけど、ぼくは兄さんが死ぬときは、やっぱり心穏やかに逝ってほしい。いろいろあったけど、これでよかったという気持ちで死んでいってほしいんです。でも、それはあくまでも死ぬ瞬間の気持ちなんです。女王さまは、確かに人々に安らかな死を与えている。でもそれは、だから死を望むことが望ましい、そういうことではないですよね」
 何を言ってるのか、わからなくなってきた。ハーディは、それでも言い募る。
「だから、だから、あの、女王様は世界中の人が死ぬのを望んでいるわけじゃない。でも、彼らが死ぬときには、心安らかに死を迎えさせてあげたい。そうなんですよね?」
 同意を求めるというより、ほとんどすがるような口調だ。
 怖かった。
 女王が『それは違います』と言えば、すべてが水の泡になる。
 女王の反応をじっと待つ。
 じんわりと汗が湧いた。

『……お前の気持ちは、よくわかりました』
 
 ほっとした。だが、まだ気を抜くわけにはいかなかった。
『お前の言う通りです。わたくしの使命は、逃れられぬ死の運命、その恐れを少しでも和らげること、決して、死、そのものにひきずりこむことではない』
 ハーディは大きく胸をなで下ろした。女王の与えた試験に、ひとまずは合格したらしい。
『しかし、やはりあれを解くことは難しい。とても、とても難しい』
 女王は少し考える。
『しかし、わたくしがまったくあれに干渉できないわけでもない……。やってみる価値は、あるかもしれませんね』
 玉座から立ち上がり、意を決したように女王は言った。

『ハーディ、あなたとともに参ることにいたしましよう。案内しなさい』
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