不思議屋マドゥカと常冬の女王

らん

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第3章

至宝美術館

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 過去を紐解くことにロマンを覚えるはずの歴史学者たちが、いまはスキターニエと呼ばれる国――即ち、ヴォルク・セールツェ島、それからジマーを含む四季四島(ヴリェーミャ・ゴーダ)の歴史を紐解くことに関しては、なぜか一様に眉を顰める。
 
 なぜなら、この五つの島の歴史の変遷は、あまりにも“異様”だからだ。
 
 神話曰く、
『神々はまず、植物に息吹を与えた。次いで、獣。最後に人を創り、この世界を去った。神々が去った後、もっとも力を持ったのは獣であった』
 
 神話どおり、巨大魔獣を恐れ、彼らから逃げ惑う時代は長く続いた。
 東の大陸ヴォルク・ジェーヤでは、やがて“栄光の七人”と呼ばれる人々が出現し、魔獣たちを制圧。人による国家が始まった。
 
 翻って、ヴォルク・セールツェ。
 
 魔獣が跋扈した時代、人類最後の砦となったこの場所では、その頃何が起こっていたか。
 
 まず、『名も無き聖霊王』が降臨。
 精霊と呼ばれるパートナーを一人一人に与え、人々を助けた。
 五百年ほど前には『光妃アンナ』が降臨。
 精霊たちはその楔を解かれた。
 そして――いまだその存在が隠され続けている『さすらう者』たち。
 
 異界からの来訪者たちの理念、思想、技術によって造られた世界の中の“異国”
 それこそが、スキターニエ。
 
 さて、そのスキターニエを建国したアーダベルト・グランマニエ・リーンツ少年は、負けん気だけは人一倍の、しかし、体の小さな少年だった。
 十二歳のアーダベルト少年はある日、『お前が弱虫でないんなら、魔霊の森にある遺跡に一人で行ってみろ!』という挑発に乗り、その遺跡にたった一人で向かった。
 そこで、彼は『国を建てよ』という啓示を受けた。
 六年後、彼は友だち二人だけを連れ、建国への一歩を踏み出したという。
 
 “名も無き聖霊王の遺跡”。
 そここそ、スキターニエ始まりの場所。
 そして、現在の至宝美術館。

 王都グラザーから、直線距離にして約五十ダリュコー。
 魔霊の森真っただ中に位置するそれは、スキターニエ初代国王アーダベルトが『わが生涯最大の、そして、未来永劫続く事業』として、十年の歳月をかけて建立された。収められている美術品は精霊先史時代のものも含めて、数十万点とも、数百万点とも言われる、国内のみならず、ヴォルク・ジェーヤ大陸でも見られない世界最大規模の美術館――のはずなのだが。

「そういやお前さん、ここは初めてだって言ってたな? 感想は?」
 
 マックの質問に、きょろきょろ辺りを見回しながら、ダーティは答える。
「……いや、感想も何も」

(正直言って、普通)
 
 ぼんやり返事をしていた。ダーティは、あわてて言い直す。
「えっと、感想ですが!」
 マックがからからと笑って言った。
「いいって、無理しなくて。おれはエルと違ってその辺気にしないからよ」
「は、はあ、ありがとうございます……」
「で」
 マックがあらためて、問うた。
「あらためて、ご感想は?」
「えっと……。うん、普通」
 マックがまた笑う。
 
 しかし、正直なところ、本当に普通なのだ。
 
 内装はよく言えば上品、悪く言えば普通。
 広さも二時間もあれば余裕で回れそうで、客もまばらにしかいない。
 初代国王アーダベルトは、この至宝美術館の建立を『わが生涯最大の仕事』と言っていたそうだが、大げさな表現の割には、国民たちにはそう受けなかったようだ。内装や建築には詳しくないダーティだが、この程度の仕事に十年もかかったとはとても思えない。
 
 しかしそれだけになおさら、この普通が異常。
 なぜなら――。
 
「マッキー!」
 
 突然声が鳴り響き、ダーティの疑問は断ち切られた。
 その威勢のよさに、思わずダーティは声のした方へ目を向ける。
 次の瞬間、ダーティは自分の目を疑った。

(え? ええええ!)

「おう! カール!」
 美術館の奥から――大きいと言うより、ごつい女が走ってくる。
 彼女はあれよあれよという間にマックに駆け寄ったかと思うと、いきなり彼に抱きついた。抱きつかれた側の足が二、三歩後退したのは、目の錯覚ではあるまい。

「久しぶりね、マック! このろくでなし! 生きてた?」
「おかげさんでな。お前こそ、元気そうで何よりだ!」
 
 がっちり抱き合う二人は、女だと思われる方が若干背が高い。
 何かいけないものを見てしまったような気がして、ダーティは思わず目を逸らす。
 目ざとい上官は、部下の行為を見逃しはしなかった。
「何だよ」
「いや」
 マッカラスから離れた女は、そこでダーティの存在に気づいたらしい。

「このぼうやは?」
 
 とマックに尋ねた。
「ああ、紹介するぜ。ダートハルト・ハリオット。国王軍期待の星だ。いまはエルのところにいるが、借りてきた」
「ふうん」
 女は面白そうに笑って、ダーティをじろじろと見る。正直、居心地が悪い。ごつい見かけにふさわしい、凶暴な笑みを唇に浮かべて女は言った。
「あのくそまじめな女の下じゃ、あんたも苦労するでしょ」
「はい」、思わずそう答えかけた。ダーティは急いで言葉を変える。
「いや、まだ入隊して、一月もたってないんで」
 女が驚いた顔をする。
「え? そうなの?」
 その言葉は、ダーティよりむしろ、マックに向けられたものだ。
 曖昧な笑顔でマックは答える。
「まあ、魔霊の森内だし」
 女は驚いたような顔で言った。
「へえ。てことは、ぼうや。あんた、ドゥシャー?」
「え、ええ、まあ」
 ダーティはこっそり、マックに耳打ちする。
「なあ、マック。この人って誰?」
「ああ!」、気づいたように声をあげて、マックはようやく女の紹介を始めた。

「こいつは、カルチェロッタ・リズヴール。この至宝美術館の館長。で、今回の依頼人」

「依頼人?」
 聞いているのかいないのか、マックはまるで的外れの自慢を始める。
「すげえぞ、カールは! なにせこの至宝美術館最年少にして、歴代最強と謳われる館長だ!」

(美術館の館長に、最強って……)
 
 確かに、彼女の体つきからみるに、相当強そうだが。
(強さって、何か関係あるのか?)
「ま、ここじゃなんだから。案内しながら説明するわ」
 疑問を口に出す暇はなかった。
 ダーティは急いで、歩き出したカールとマックに続いた。
 
 カールを先頭に三人が向かうのは、関係者以外立ち入り禁止と書かれた通路だ。
「ほんとすまないわね。わざわざこんなところまで、足を運んでもらってさ」
「いやいや。それにしても、大変だったな。美術品が逃げ出すなんて」

(美術品が……逃げ出す?)
 
 またまた謎が。
 ダーティの疑問はまた解決されないまま、カールがため息をつく。
「ほんとにねえ。あの絵が見つかったときには、みんな大喜びだったてのにさー」
 細い通路の奥に扉。
 ふと目をやると、入口手前の壁に絵がかかっている。
 
 タイトルは『サー・ナイジャル』。
 立派な白い髭の、でっぷり太ったおっさんが鎧を着て、威厳たっぷりに銀の大剣を構えている。
 マックが、ふいに足を止めた。

「ダーティ」

「はい?」
「気をつけろよ」

「へ?」
 
 聞き返すまでもなかった。
 ぶんっ、と風を切る音がして、ダーティの鼻先を銀色の大剣が掠める。

「うわあああ!」
 
 後ずさりするどころか飛びのいたダーティの前に、剣を抜いたマックが立つ。
「ふっ!」
 気合一閃。
 マックの剣が閃いて、小太りの騎士は、あっという間にばらばらになった。
 ごろんと転がる兜の中にある、厳めしい顔。それと目が合ってしまった。

「うわあああ!」
 
 今日何度目になるかわからない悲鳴を上げる。
 腰を抜かしたダーティの前で、バラバラに散らばった騎士が、元に戻った。

「お見事」

「うわあああ……あ?」
 剣を構え、腰に手を当てた小太りなおっさん騎士がダーティを見下ろしている。
 即座にカールの注意が飛んだ。
「何度も言ってるでしょ、サー・ナイジャル! お客さんに乱暴はよしなさいって」
「しかし! 吾輩には、ここを守るという使命が……」
 腰に両手を当て、あきれたようにカールは言う。
「館長たるこのあたしが連れてきた人間よ。敵なわけないじゃない」
 ダーティは目をぱちくりさせて、ドア横にかかっている絵を見る。
 壁にかかった絵には、相も変わらずおっさんの絵姿が佇んでいる。
 マックが、笑顔で説明した。
「驚いたか? 至宝美術館はな、強い魔術・魔法がかかった美術品、つまりな、“生きている”美術品を集めている美術館なんだ」
「……そ」
 一瞬間が開いて。

「それを早く言えーっ!」
 
 ダーティの盛大な、悲鳴にも近いセリフが響き渡った。
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