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第二章

束の間の休息1(雰囲気に呑まれるな。交わす術を身につけろ)

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 パタンと扉が閉まった途端、足から力が抜ける。倒れる前にエルが支えてくれた。

 「飲み過ぎだ。」

 『ごめんて。』

 胃から何がとは言わないが“こんにちは”してきそうで動けず、彼の首に腕を回してしがみつく。顔が暑い。タイガー達の前では見せないようにしていたが、かなりフラフラだ。もう当分酒は飲みたくない。

 『うー、魔王様ぁ~今日は宿に泊まろ…揺らなさないように慎重に、運んで下さると嬉しいなぁ。』

 「…幼気な奴め。」

 胸元に頬をすり寄せると刀を奪われ、ベル君に渡される。それから両膝の裏に腕を入れられ横抱きにされた。私より何倍も酒を煽っていたのに全く酔っていないらしい。
 
 路地裏にも設置されている足元灯がぼやけて見える。いつか見た蛍を思い出した。腕にぎゅっと力が入る。

 「…どうかしたか。」

 『んーん。なんでもない。』

 力を抜き、目を閉じる。彼の力強い鼓動が鼓膜を震わせた。暫くすると人の気配を感じ、目を開ける。後数メートルで大通りに出る所だった。

 『流石に歩くわ。』

 その言葉に彼は何も言わずゆっくりと降ろす。意を決して数歩足を進めると、呆れたように溜め息を吐かれそっと肩を抱き寄せられた。何を思ったのか、ベル君も私の刀を自分の腰に差すと早歩きで隣に来て腰を抱く。おぉ…両手に花とはこの事か。

 『恥ずかしいからやめて頂きたいのだが。』

 「リゼが思ってるより、歩けてないよ?」

 『まじか。』

 「あぁ。」

 『…ごめんて。』

 仕方がないので3人、仲良く並んで宿に向かう事にした。頭がボーとする。とても胸が気持ち悪い。けれど、楽しい。妙な気分だ。

 「おっ、お兄さん達良い娘さん捕まえたんだね。うちの宿使ってきな。まけとくよ。」

 二軒目の宿屋に満室だと断れ、予約をせず泊まるのは厳しいくらい栄えた街だと気付いた頃、ガタイの良いおじさんが声をかけてきた。

 「…空きがあるのか。」

 「残り一部屋だが、とびきり良い部屋が空いてるよ。さぁさぁ。」

 連れられて店の中に入ると意外にも綺麗な場所で驚く。先払いだと言うのでフロントで料金を問うと、本当に値下げされているようでかなり安い。

 空いていたのは三階にある部屋だった。この状態で階段を登るのは苦労するなと思っていると、どうやらエレベーターがあるらしい。なんと。思っていたよりこの世界は進んでいるようだ。私の屋敷には無かったので無いものと思いこんでいたが、まだまだ知らない事が沢山あるらしい。

 エレベーターに残り、エルが三階のボタンを押す。少しの浮遊感を感じ止まるとレッドカーペットが引かれた廊下が続いていた。ルームキーホルダーに書かれた番号を辿り、着いたのは角部屋。

 ベル君が鍵を差し込み、扉を押し開けると広めの玄関がお出迎えをしてくれた。

 『大丈夫。ありがと。』

 2人から離れ、下駄を脱ぐ。廊下の壁に手をつきながら進むと部屋へ続く扉を開けた。

 『これは…』

 「…まぁそうだよね。」

 「寝る場所があるだけでも良いだろう。」

 ピンク系統で統一された壁紙に、家具。デデデンと存在感のある大きなベッドを目にした瞬間、思わず頭を抱える。酔いが一気に冷めるのを感じた。

 『気づいていたのか?』

 「…あぁ。」

 「…まぁ。俺らは耳が良いからね。」

 何が聞こえていたのかを問うのは自重する。あのタヌキジジイめ。何が良い部屋を紹介するだ。

 『あぁ、でも…エル達なら平気か。私もう限界だから、寝るわ。』

 羽織っていた掛け下をその場に落とすと、大きなベッドにボフリと体を沈ませる。最高だ…。訪れる眠気に抵抗する事なく堕ちていく。
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