小公女リゼットは、魔法の装丁と謎がお好き?

雨色銀水

文字の大きさ
上 下
5 / 31
第一幕「小公女リゼットとおかしな装丁たち」

5.何かを成すために、立ち向かうということ

しおりを挟む
「わ、わかりません……わたし、何をしたんですか」

 直前までの記憶は、確かにあった。しかしどうしてこんな行動をとったのか、自分でも理解できない。それでもクライドの刺すような視線と腕の痛みによって、とんでもないことをしでかしたことだけはわかった。わからざるを得なかった。

「魔法装丁の封印を解いたんだ! このままだと、街が破壊されて……お前、そんなこともわからなくせに……ちくしょう! 猫、まだここにいるか!?」

 リゼットを突き放すと、クライドは虚空に向かって呼びかける。ややあって空中に小さな渦が生まれ、猫がくるりと舞い降りてくる。

「いるにゃ、主さま! だけど、他の装丁は街に飛んで行ってしまったにゃ。呼び戻そうとしているけど、みんな応えないにゃ……」
「完全に封印が壊されたってことか」
「そうにゃ。その間抜け女、触れるだけで魔力を無効化するみたいで……」

 話の流れはまったく意味不明だ。だが、リゼットがこの部屋で行ったことで、先ほどの生き物たちに何かあったのは確からしい。リゼットがためらいながら一歩近づいても、クライドたちは一度たりともこちらを見なかった。

「とにかく、俺は一度状況を確認に行ってくる。猫、お前はここに待機していてくれ」
「ま、まって! わたしも何か……!」
「うるさい!」

 クライドはかっと目を見開く。激しい怒りを向けられ、リゼットは反射的に身をすくませた。悪いことをしてしまったとわかっている。たとえそれでも、クライドにとって状況を許す理由になり得なかったのだろう。

「お前は、来るな。触れるな。何もするな、これ以上事態を悪化させるな! 失せろ!」
「……っ!」

 これほどまでの怒りを、受け流すことはできなかった。

 硬直したリゼットに構わず、クライドは外に向かって駆け抜けていく。あの人はきっともう二度とわたしを見ない。その事実がどうしてか苦しくて、目から涙がこぼれ落ちる。

「……何泣いてるにゃ、見苦しいことこの上ない」

 たった一つ残された装丁の台座に背を預け、猫は皮肉げにひげを曲げる。
 厳しい物言いにも、今は腹が立たなかった。もしこの事態で誰かが傷ついたのだとしたら、リゼットは何一つ言い訳ができない。

「泣いてません。ただ……自分が情けなくなっただけ」
「はっ、だからどうしたにゃ。そうやって自分を哀れんでいたら、誰かが慰めてくれるとでも? いい加減にするにゃ。そこで突っ立ってるだけなら、かかしにもできるにゃ」
「……じゃあ、どうすればいいっていうんですか……?」

 クライドには来るなと言われた。追いかけたとしても、何ができるとも思えない。ならば、事態を悪化させないために動かない方がいいのではないのか。

 リゼットの言葉にも、猫は同情一つ示さない。極限までの無関心な目を向けて、ふっと突き放すように笑った。

「知らないにゃ。人の言葉で行動を左右されるだけのやつなんて、自分で責任をとれないお子ちゃまにゃ。お前、自分で選ぶって意味、考えたことあるのかにゃ?」

 辛辣な言葉の群れに、心を打ちのめされる。リゼットはただ、好きなものを好きなようにしていきたいだけだった。そうやって生きてきた結果、何かを間違ったのだとしたら――自分は本当に、何を選ぶべきなのか。

「わたしは、間違いを正したいんです」

 あれは自分の意志じゃない、と言い訳することは容易かった。けれど、そうしたところで何一つ事態は変わっていかない。むしろどんどんひどくなる一方だろう。

「だからどうしたにゃ。何もしない一緒じゃないかにゃ」
「ええ、そうです……。何もしないなら、何も変わらないんです。あなたたちがわたしを見限っていたとしても、わたしはわたしを諦めたくない」
「……だから?」

 冷たいまなざしにも、リゼットは傷つかなかった。

「だから」

 まっすぐ前を向く。目元ににじんだ涙をぬぐい、強い笑みを猫に返した。

「時間が問題を解決してくれるなんて思いません。そんな都合のよい未来を夢見て、責任を放棄なんてできない! だってわたしは少なくとも自分で選べる自由を持ってる。だから、だから!」

 猫の目は冷めたままだ。それでもリゼットは笑みを崩さない。

「だから――わたし! 今あなたたちに『ごめんなさい』は言いません! 言い訳する暇があったら前を向け、一歩でも進め! それがソレル大公家家訓でもありますから!」

 先に進もうとする者が、泣きながら鼻をすすっているなんて格好がつかないでしょう?

 にっこりと笑えば、猫はあんぐりと口を開ける。やってしまったことに対しての言葉としては、かなり尊大な物言いかもしれない。

 けれどそれでも、リゼットは前を向いて走り出す。何ができるかなんてわからなくても、『何もできない』なんて情けない言い訳はしない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...