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第一幕「小公女リゼットとおかしな装丁たち」
1.ようこそ、麗しき装丁の世界へ!
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――これは昔、大公家書斎で起きた小さな秘密の話だ。
「おばあさま、この本はなぁに?」
幼いリゼットが生まれて初めて手にした本は、はた目にはボロボロな革装丁本だった。
色褪せた表紙にはタイトルも書かれておらず、子供の興味をひくような絵も描かれていなかった。しかも触れるだけで端から壊れてしまいそうなほど古びていて、子供の手に余るほどずしりと重い。何気なく表紙に顔を近づけると、少しだけ革とオイルのにおいがした。
おとぎ話にでも出てきそうな怪しい雰囲気に、リゼットはきらきらと目を輝かせる。もしかして呪いとかかかっていたりするのかしら?
「この本はねぇ、魔法の本なのよ」
孫が本に興味を持ったことに気づいたのだろう。祖母はひび割れた装丁をなぞり、優しい声音でささやいた。
「まほうの、本? もしかして、どんな願いでもかなえてくれたりするの?」
リゼットも自然と声を潜め、言葉を返す。魔法の本。そんな不可思議な存在に胸が高鳴る。
「いいえ。願いをかなえてくれたりはしないわ」
だから、祖母の言葉には少し落胆した。高鳴った心の分だけ、ちょっと裏切られた気分になる。
がっかりした様子のリゼットに、祖母はにこにこと笑いながら本を指さした。
「願いは叶えてくれないけど、この本は『最良の出会い』を導いてくれるわ」
「さいりょうの……であい?」
祖母の言わんとするところがわからず、リゼットは難しい顔で本をにらんだ。
見た目はばっちい古い本。しかし実は魔法を秘めているらしい。けれど、最良の出会いとは何なのだろう。眉間にしわを寄せる孫に、祖母は温かなまなざしを向けた。
「そう、生きていく上で本当に大切な人と出会わせてくれるの。この本があったから、私はあなたに会うことができたのよ。リゼット」
リゼットは戸惑いながら祖母を見上げた。どうして急におばあさまはそんなことを言うのだろう。小さく首を傾げれば、しわに覆われた手がそっと本の表紙を撫でた。
「私はリゼットにも幸せになって欲しい。だから、この本をあげる。あなたにもきっと良い出会いが訪れるわ」
祖母の手が離れ、リゼットの腕の中には一冊の本だけが残された。何度見てもぼろぼろで魔法も奇跡も起こせないであろう、古いだけの革表紙。だが、乾ききったその表面を撫でただけで、語りつくせない思いがリゼットの心を覆いつくした。
「……あ……」
そう。きっとこの本は、リゼットに出会うために長い旅を続けてきたのだ。胸にこみあげる熱い何かに突き動かされ、そっと革の装丁に頬を寄せた瞬間――。
「リゼット、どうしたの?」
リゼットのすべてが停止した。まぶたも瞳も、くちびるも。指先は言うまでもなく、髪の毛一本に至るまでが『止まって』しまった。
異様な様子に祖母はおろおろと手を伸ばす。けれどその刹那、装丁の頬を寄せたままだったリゼットの両目が『かっ』と見開かれた。
「ふぉっ」
「……え?」
孫のかわいらしい口から洩れたおかしな音。祖母は伸ばした手を思わず引っ込め、全身をぶるぶると振るわせ始めたリゼットから一歩だけ、逃げた。その途端。
「ふぉおぉおおおおおおおおおおおっ! この表紙、いい! いいいいいぃいいい!」
奇声とともに始まった装丁への激しい頬ずり。リゼットの中で何かが開眼した瞬間であった。
しかし、そんなものを見せられた祖母はたまったものではない。あまりの奇行に顔を痙攣させたかと思えば、耐え難い現実から逃避するように床へと倒れ込んだ。
そんなおかしな少女のことを、のちに人々はこう呼ぶようになる。
装丁好き変態小公女リゼット、と――。
「おばあさま、この本はなぁに?」
幼いリゼットが生まれて初めて手にした本は、はた目にはボロボロな革装丁本だった。
色褪せた表紙にはタイトルも書かれておらず、子供の興味をひくような絵も描かれていなかった。しかも触れるだけで端から壊れてしまいそうなほど古びていて、子供の手に余るほどずしりと重い。何気なく表紙に顔を近づけると、少しだけ革とオイルのにおいがした。
おとぎ話にでも出てきそうな怪しい雰囲気に、リゼットはきらきらと目を輝かせる。もしかして呪いとかかかっていたりするのかしら?
「この本はねぇ、魔法の本なのよ」
孫が本に興味を持ったことに気づいたのだろう。祖母はひび割れた装丁をなぞり、優しい声音でささやいた。
「まほうの、本? もしかして、どんな願いでもかなえてくれたりするの?」
リゼットも自然と声を潜め、言葉を返す。魔法の本。そんな不可思議な存在に胸が高鳴る。
「いいえ。願いをかなえてくれたりはしないわ」
だから、祖母の言葉には少し落胆した。高鳴った心の分だけ、ちょっと裏切られた気分になる。
がっかりした様子のリゼットに、祖母はにこにこと笑いながら本を指さした。
「願いは叶えてくれないけど、この本は『最良の出会い』を導いてくれるわ」
「さいりょうの……であい?」
祖母の言わんとするところがわからず、リゼットは難しい顔で本をにらんだ。
見た目はばっちい古い本。しかし実は魔法を秘めているらしい。けれど、最良の出会いとは何なのだろう。眉間にしわを寄せる孫に、祖母は温かなまなざしを向けた。
「そう、生きていく上で本当に大切な人と出会わせてくれるの。この本があったから、私はあなたに会うことができたのよ。リゼット」
リゼットは戸惑いながら祖母を見上げた。どうして急におばあさまはそんなことを言うのだろう。小さく首を傾げれば、しわに覆われた手がそっと本の表紙を撫でた。
「私はリゼットにも幸せになって欲しい。だから、この本をあげる。あなたにもきっと良い出会いが訪れるわ」
祖母の手が離れ、リゼットの腕の中には一冊の本だけが残された。何度見てもぼろぼろで魔法も奇跡も起こせないであろう、古いだけの革表紙。だが、乾ききったその表面を撫でただけで、語りつくせない思いがリゼットの心を覆いつくした。
「……あ……」
そう。きっとこの本は、リゼットに出会うために長い旅を続けてきたのだ。胸にこみあげる熱い何かに突き動かされ、そっと革の装丁に頬を寄せた瞬間――。
「リゼット、どうしたの?」
リゼットのすべてが停止した。まぶたも瞳も、くちびるも。指先は言うまでもなく、髪の毛一本に至るまでが『止まって』しまった。
異様な様子に祖母はおろおろと手を伸ばす。けれどその刹那、装丁の頬を寄せたままだったリゼットの両目が『かっ』と見開かれた。
「ふぉっ」
「……え?」
孫のかわいらしい口から洩れたおかしな音。祖母は伸ばした手を思わず引っ込め、全身をぶるぶると振るわせ始めたリゼットから一歩だけ、逃げた。その途端。
「ふぉおぉおおおおおおおおおおおっ! この表紙、いい! いいいいいぃいいい!」
奇声とともに始まった装丁への激しい頬ずり。リゼットの中で何かが開眼した瞬間であった。
しかし、そんなものを見せられた祖母はたまったものではない。あまりの奇行に顔を痙攣させたかと思えば、耐え難い現実から逃避するように床へと倒れ込んだ。
そんなおかしな少女のことを、のちに人々はこう呼ぶようになる。
装丁好き変態小公女リゼット、と――。
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