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第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編
3-2.幼き想い出に捧ぐビブリオン
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深い森を抜けると、穏やかな平原が広がる。黄金に色づいた長い穂を揺らし、さわさわとざわめく穀倉地帯。森に寄り添うように存在するそこを抜け、しばらく歩くとその村は見えてくる。
ラッセン公国辺境の村、リグル。カーディス王国との国境線にほど近いこの村は、何もないことが特徴、という程度の小さな村である。交易路からも外れた位置にあるため、外から人が訪れることも少ない。
そんな村であるから、ノヴァの異相は嫌でも目立つ。いくらキールたちが気を遣ったところで、村の中心に位置する村長宅に辿り着くまでに誰にも会わないようにする。と、いうのはかなり難易度が高い。
だからこそ慎重に慎重を重ね、必死の思いで村長宅にたどり着いたキールたちは、様々な意味で疲弊しきっていた。そんな彼らを出迎えた村長は、穏やかな双眸《そうぼう》に笑みを浮かべてこう言った。
「まるで夜盗か何かのようですねぇ。別にそこまでこそこそしなくてもいいんじゃないですか?」
「……クルス……てめぇ、俺たちが気を遣ってやったってのに、なんて言い草だよ」
ちなみに、クルスとは村長の名前である。居間に通されたキールたちは、それぞれにぐったりとソファに倒れこむ。そんな彼らにお茶を出してから、リグル村長であるクルス・トールディンは改めて口火を切った。
「それで、どうしたんですか。ルパートはともかくキール君までこんな真似をして。流石に意味がわかりませんねぇ」
「う……すみません、クルスさん。もともと僕が持ち込んだ厄介ごとなので、ルパートさんに責任はないんです。その……見ての通りなのですが、ご理解いただけると……」
ソファに小さく縮こまり、キールは冷や汗をかくしかない。ルパートといえば、完全にふてくされてソファに寝転んでしまってる。そんな彼らを交互に見て、クルスは茶色い瞳に満面の笑みを浮かべた。
「意味がわかりません」
「は、はははは……そ、そうですよね。順番にご説明します。その少し長くなるのですが……」
とはいえ、説明できることも少ないわけなのだが。キールは今まで起こったことを順に話していく。森でノヴァに出会ったこと。その後に起こった出来事の数々。
そして——魔法使いオーリオールのこと。それらを話しながらも、キールはどうにも荒唐無稽さを感じずにはいられなかった。己のことながら、いまいち状況がはっきりしないことが多すぎる。
そんな青年の言葉を、クルスは特に驚きも表さず聞いていた。紅茶の豊かな香りを楽しむ余裕もなく、気づけばカップの湯気は消えている。状況の説明を終えたキールは、ため息混じりにカップに口をつけた。
「……と、僕が話せるのはここまでです。それで、クルスさん……村長には、ノヴァの処遇を含め、判断をお願いしたくて」
ぬるくなった紅茶で喉を潤し、キールはそう話を締めくくった。要領を得ないにもほどがあるとは思えども、これ以上言いようがない。深々と頭を下げる青年に、村長は白い上着の襟を正し告げる。
「とりあえず、あなたたちの状況は了解しました。キール君、頭を上げてください。特に君自身に非はあるとは思っていませんから。ただ……そうですね。状況を整理するためにも、いくつか私の方でも質問させてもらいたのですが、構いませんか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとう。……君……ノヴァちゃん、だったね。君にも少しお話をしても構わないかな?」
それまで完全に気配を絶っていたノヴァは、クルスの言葉に耳をピンと立てた。戸惑うように村長を見つめ、そして問いかけるようにキールを見る。不安げに揺れる眼差しを見下ろしたキールは、小さな頭に手を乗せ笑いかけてみせた。
「大丈夫だよ、ノヴァ。この人は怖い人じゃないから」
「……うー……キールちゃん……。わかったの……。ノヴァもお話しする……いいよ」
「ありがとう。では、一つひとつ確認していこうか」
クルスは微笑ましいものを見るような眼差しを向け、そっと白い上着のポケットから手帳を取り出す。その古い手帳は村長の愛用品で、事あるごとに彼はそれを取り出し眺めている。だからというわけではないが、どうにもその所作がキールには意味深に思えてしまい、いつも落ち着かない気分に襲われしまう。
キールの内心など気付くこともない村長は、手帳を眺めながらゆっくりと口を開く。しかし、その質問の内容は、キールにとって意外すぎるものだった。
「まず、キール君に質問です。あなたはノヴァちゃんを人間だと思っていますか?」
「……おい、クルス。さすがに本人を前にして毒吐きすぎじゃねえか」
「ルパートは黙りなさい。これは一番大切なことです。……どうですか、キール君」
キールは絶句し、村長であるはずの男を見つめた。何を当たり前のことを、と笑い飛ばせないのが全ての答えだった。キールは、唐突に理解してしまう。指先に震えが走った。
そもそも自分《キール》は、ノヴァを不完全な人間だと思っていた。だが、それは魔法使いである彼の認識であり、他の人間にとってもそうであるという裏付けにはならない。むしろ、そう——もっとえげつない解答だってあり得るのだ。
そこを素早く突かれて、キールは歯噛みするしかない。そうだ。普通の人間にとって、人間であるかそうでないかは大きすぎる問題なのだ。もしキールがここで自分の主張を展開したとしても、魔法使い以外を納得させることなどできはしない。
それはすでに、ミレイユの言葉で実証済みだ。人間でないなら、それは——『ばけもの』でしかない。
「クルスさん……それは、僕に答えさせる意味があることなんですか」
「ええ、もちろん。酔狂でこんな失礼なことは申しません」
「でしたら……僕は」
一度目を閉じ、再び開く。ノヴァを見れば、彼女は何の疑いもなくキールを見上げていた。純粋な信頼を向けてくる幼い瞳は、裏切られる痛みなど知らない。知る、必要もない。
痛みを知ることで得られるものなど、人に傷つけられたという事実しかないのだから——
「僕は信じています。ノヴァは……本当の意味での人間です」
強く告げる。らしくもない語気の強さに、ルパートが目を丸くした。クルスは変わらぬ笑顔のままで頷くと、静かにノヴァへ向き直る。
「……そうですか。わかりました。……ノヴァちゃん」
「ふぇ?」
「あなたは、キール君の言葉を信じますか?」
「え? なんでー? キールちゃんウソつかないよ?」
何の疑いもない瞳で返して、ノヴァは小さく首をかしげる。恐れもなく、何の間違いもない。絶対の信頼とも言い換えられる感情に、キールは思わず目を見開いた。なぜそこまでの感情を向けてくれるのか理解できない。けれど、汚れのない想いに裏などあるはずもなかった。
ノヴァに笑顔で頷きかけて、クルスはルパートに視線を向ける。いつの間にか起き上がっていた男は、後ろ頭をかきながら曖昧な笑みを浮かべていた。
「ええ、わかりました。……ではルパート、早速皆に周知を。ノヴァちゃんがこの村で問題なく過ごせるよう手配してください」
「了解だ、村長。じゃ、ちゃっちゃとやるか」
あっさりまとまった話に、キールは慌てて立ち上がる。今のやり取りから、突然そんな方向に飛んだのは一体どんな理由からか。正直、それこそ意味がわからなかった。衝撃でテーブルが揺れ、紅茶のカップがたぷたぷと音を立てる。
「って、ま、待ってください。その、いいんですか? もっと何か深く尋問とか……」
「はい? やりませんよそんな面倒なこと。どうせ面倒ごとになるのは分かり切っているんです。それなのに尋問とかはっきり言って無意味でしょう。だからといって、仮に追い出したりしたらどこに火種を巻くことになるかわかったものではありませんからね。ならばせめて、御せる範囲においておいたほうがいい」
「は、はあ……それは……。しかし、クルスさん。ならば今のは一体どういう意味があったんですか」
「ただの確認です。何の後ろ盾もないなら、相互の信頼は必須条件です。君たちはひとまず、互いに害をなすことはない……ならば、それで問題ないでしょう。誰かに向けた感情は、他の誰かにも返る。……ルパートにもそう言われませんでしたか?」
ルパートを見れば、彼は不思議そうな顔でキールを見返す。何を言っているのかわからない。そう言いたげな眼差しに、キールは思わず脱力しそうになった。
「なんだよ。なんかあんのか」
「いえ、何でも……」
「なんでも~、だって。オヤジ、どっか行くの?」
「だからオヤジやめろや。特にそいつの前では」
「何を言っているんですかね。ではオヤジお願いしますね」
「って、言ってるそばからこれか⁉︎」
ひと時の穏やかな時間が流れる。ルパートが皆に知らせに行く間、キールたちは村長宅で待機することになった。居間の本棚を眺めているノヴァを見守りながら、キールはそっと囁く。
「クルスさん、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。けれど、お礼ならルパートに言ってあげてください。そのほうが彼も喜ぶでしょう」
「そうします……だけど」
楽しげに揺れる尻尾を見るともなく見つめ、キールは額に手を押し当てる。悩むのもおかしな話だとは思う。だがどうしてもキールには、気がかりなことが存在していた。
「だけど……あの子の見た目は、どう言い繕ってもああです。それに対して、僕は何ができるのだろうか……」
「……オーリオール、でしたか。気になったのですが、彼……彼女? は、なぜ君にノヴァを託したのでしょう。順番で言えば、あなたの師匠のところに先に行くのではないのかと」
「それは。……」
キールにとって当然すぎる事実も、事情を知らない人間にとっては奇異に映るのか。青年は両手で顔を覆う。かすかな笑みを声に乗せ、彼は今となっては過ぎてしまった現実を——初めて言葉にした。
「それは、師が……フラメウが、もう存在しないからです」
「存在、しない? それは一体どういう」
「言葉の通りです。フラメウはもういない。師は死にました。そして」
笑えば全て通り過ぎてくれるならそうするだろう。だがそれでも、罪は罪であり続ける。両手に咲くソフィラがそれを思い知らせるように、美しく咲き乱れ続ける限り。
「フラメウは僕が殺しました。それだけを願い、そのためだけに僕は……大切だった人たちを、裏切り切り捨てたんです」
ラッセン公国辺境の村、リグル。カーディス王国との国境線にほど近いこの村は、何もないことが特徴、という程度の小さな村である。交易路からも外れた位置にあるため、外から人が訪れることも少ない。
そんな村であるから、ノヴァの異相は嫌でも目立つ。いくらキールたちが気を遣ったところで、村の中心に位置する村長宅に辿り着くまでに誰にも会わないようにする。と、いうのはかなり難易度が高い。
だからこそ慎重に慎重を重ね、必死の思いで村長宅にたどり着いたキールたちは、様々な意味で疲弊しきっていた。そんな彼らを出迎えた村長は、穏やかな双眸《そうぼう》に笑みを浮かべてこう言った。
「まるで夜盗か何かのようですねぇ。別にそこまでこそこそしなくてもいいんじゃないですか?」
「……クルス……てめぇ、俺たちが気を遣ってやったってのに、なんて言い草だよ」
ちなみに、クルスとは村長の名前である。居間に通されたキールたちは、それぞれにぐったりとソファに倒れこむ。そんな彼らにお茶を出してから、リグル村長であるクルス・トールディンは改めて口火を切った。
「それで、どうしたんですか。ルパートはともかくキール君までこんな真似をして。流石に意味がわかりませんねぇ」
「う……すみません、クルスさん。もともと僕が持ち込んだ厄介ごとなので、ルパートさんに責任はないんです。その……見ての通りなのですが、ご理解いただけると……」
ソファに小さく縮こまり、キールは冷や汗をかくしかない。ルパートといえば、完全にふてくされてソファに寝転んでしまってる。そんな彼らを交互に見て、クルスは茶色い瞳に満面の笑みを浮かべた。
「意味がわかりません」
「は、はははは……そ、そうですよね。順番にご説明します。その少し長くなるのですが……」
とはいえ、説明できることも少ないわけなのだが。キールは今まで起こったことを順に話していく。森でノヴァに出会ったこと。その後に起こった出来事の数々。
そして——魔法使いオーリオールのこと。それらを話しながらも、キールはどうにも荒唐無稽さを感じずにはいられなかった。己のことながら、いまいち状況がはっきりしないことが多すぎる。
そんな青年の言葉を、クルスは特に驚きも表さず聞いていた。紅茶の豊かな香りを楽しむ余裕もなく、気づけばカップの湯気は消えている。状況の説明を終えたキールは、ため息混じりにカップに口をつけた。
「……と、僕が話せるのはここまでです。それで、クルスさん……村長には、ノヴァの処遇を含め、判断をお願いしたくて」
ぬるくなった紅茶で喉を潤し、キールはそう話を締めくくった。要領を得ないにもほどがあるとは思えども、これ以上言いようがない。深々と頭を下げる青年に、村長は白い上着の襟を正し告げる。
「とりあえず、あなたたちの状況は了解しました。キール君、頭を上げてください。特に君自身に非はあるとは思っていませんから。ただ……そうですね。状況を整理するためにも、いくつか私の方でも質問させてもらいたのですが、構いませんか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとう。……君……ノヴァちゃん、だったね。君にも少しお話をしても構わないかな?」
それまで完全に気配を絶っていたノヴァは、クルスの言葉に耳をピンと立てた。戸惑うように村長を見つめ、そして問いかけるようにキールを見る。不安げに揺れる眼差しを見下ろしたキールは、小さな頭に手を乗せ笑いかけてみせた。
「大丈夫だよ、ノヴァ。この人は怖い人じゃないから」
「……うー……キールちゃん……。わかったの……。ノヴァもお話しする……いいよ」
「ありがとう。では、一つひとつ確認していこうか」
クルスは微笑ましいものを見るような眼差しを向け、そっと白い上着のポケットから手帳を取り出す。その古い手帳は村長の愛用品で、事あるごとに彼はそれを取り出し眺めている。だからというわけではないが、どうにもその所作がキールには意味深に思えてしまい、いつも落ち着かない気分に襲われしまう。
キールの内心など気付くこともない村長は、手帳を眺めながらゆっくりと口を開く。しかし、その質問の内容は、キールにとって意外すぎるものだった。
「まず、キール君に質問です。あなたはノヴァちゃんを人間だと思っていますか?」
「……おい、クルス。さすがに本人を前にして毒吐きすぎじゃねえか」
「ルパートは黙りなさい。これは一番大切なことです。……どうですか、キール君」
キールは絶句し、村長であるはずの男を見つめた。何を当たり前のことを、と笑い飛ばせないのが全ての答えだった。キールは、唐突に理解してしまう。指先に震えが走った。
そもそも自分《キール》は、ノヴァを不完全な人間だと思っていた。だが、それは魔法使いである彼の認識であり、他の人間にとってもそうであるという裏付けにはならない。むしろ、そう——もっとえげつない解答だってあり得るのだ。
そこを素早く突かれて、キールは歯噛みするしかない。そうだ。普通の人間にとって、人間であるかそうでないかは大きすぎる問題なのだ。もしキールがここで自分の主張を展開したとしても、魔法使い以外を納得させることなどできはしない。
それはすでに、ミレイユの言葉で実証済みだ。人間でないなら、それは——『ばけもの』でしかない。
「クルスさん……それは、僕に答えさせる意味があることなんですか」
「ええ、もちろん。酔狂でこんな失礼なことは申しません」
「でしたら……僕は」
一度目を閉じ、再び開く。ノヴァを見れば、彼女は何の疑いもなくキールを見上げていた。純粋な信頼を向けてくる幼い瞳は、裏切られる痛みなど知らない。知る、必要もない。
痛みを知ることで得られるものなど、人に傷つけられたという事実しかないのだから——
「僕は信じています。ノヴァは……本当の意味での人間です」
強く告げる。らしくもない語気の強さに、ルパートが目を丸くした。クルスは変わらぬ笑顔のままで頷くと、静かにノヴァへ向き直る。
「……そうですか。わかりました。……ノヴァちゃん」
「ふぇ?」
「あなたは、キール君の言葉を信じますか?」
「え? なんでー? キールちゃんウソつかないよ?」
何の疑いもない瞳で返して、ノヴァは小さく首をかしげる。恐れもなく、何の間違いもない。絶対の信頼とも言い換えられる感情に、キールは思わず目を見開いた。なぜそこまでの感情を向けてくれるのか理解できない。けれど、汚れのない想いに裏などあるはずもなかった。
ノヴァに笑顔で頷きかけて、クルスはルパートに視線を向ける。いつの間にか起き上がっていた男は、後ろ頭をかきながら曖昧な笑みを浮かべていた。
「ええ、わかりました。……ではルパート、早速皆に周知を。ノヴァちゃんがこの村で問題なく過ごせるよう手配してください」
「了解だ、村長。じゃ、ちゃっちゃとやるか」
あっさりまとまった話に、キールは慌てて立ち上がる。今のやり取りから、突然そんな方向に飛んだのは一体どんな理由からか。正直、それこそ意味がわからなかった。衝撃でテーブルが揺れ、紅茶のカップがたぷたぷと音を立てる。
「って、ま、待ってください。その、いいんですか? もっと何か深く尋問とか……」
「はい? やりませんよそんな面倒なこと。どうせ面倒ごとになるのは分かり切っているんです。それなのに尋問とかはっきり言って無意味でしょう。だからといって、仮に追い出したりしたらどこに火種を巻くことになるかわかったものではありませんからね。ならばせめて、御せる範囲においておいたほうがいい」
「は、はあ……それは……。しかし、クルスさん。ならば今のは一体どういう意味があったんですか」
「ただの確認です。何の後ろ盾もないなら、相互の信頼は必須条件です。君たちはひとまず、互いに害をなすことはない……ならば、それで問題ないでしょう。誰かに向けた感情は、他の誰かにも返る。……ルパートにもそう言われませんでしたか?」
ルパートを見れば、彼は不思議そうな顔でキールを見返す。何を言っているのかわからない。そう言いたげな眼差しに、キールは思わず脱力しそうになった。
「なんだよ。なんかあんのか」
「いえ、何でも……」
「なんでも~、だって。オヤジ、どっか行くの?」
「だからオヤジやめろや。特にそいつの前では」
「何を言っているんですかね。ではオヤジお願いしますね」
「って、言ってるそばからこれか⁉︎」
ひと時の穏やかな時間が流れる。ルパートが皆に知らせに行く間、キールたちは村長宅で待機することになった。居間の本棚を眺めているノヴァを見守りながら、キールはそっと囁く。
「クルスさん、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。けれど、お礼ならルパートに言ってあげてください。そのほうが彼も喜ぶでしょう」
「そうします……だけど」
楽しげに揺れる尻尾を見るともなく見つめ、キールは額に手を押し当てる。悩むのもおかしな話だとは思う。だがどうしてもキールには、気がかりなことが存在していた。
「だけど……あの子の見た目は、どう言い繕ってもああです。それに対して、僕は何ができるのだろうか……」
「……オーリオール、でしたか。気になったのですが、彼……彼女? は、なぜ君にノヴァを託したのでしょう。順番で言えば、あなたの師匠のところに先に行くのではないのかと」
「それは。……」
キールにとって当然すぎる事実も、事情を知らない人間にとっては奇異に映るのか。青年は両手で顔を覆う。かすかな笑みを声に乗せ、彼は今となっては過ぎてしまった現実を——初めて言葉にした。
「それは、師が……フラメウが、もう存在しないからです」
「存在、しない? それは一体どういう」
「言葉の通りです。フラメウはもういない。師は死にました。そして」
笑えば全て通り過ぎてくれるならそうするだろう。だがそれでも、罪は罪であり続ける。両手に咲くソフィラがそれを思い知らせるように、美しく咲き乱れ続ける限り。
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