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第二部「あなたに贈るシフソフィラ」編
15:結末の先に待つ裏切り
しおりを挟む空に輝く満月を見つめ、イクスは静かにため息をついた。
「……では、そのように。この後は宰相の指示に従ってくれ」
ヴィルの声に視線を動かせば、数名の騎士が老人を連れ歩き出したところだった。その力なく歩く後ろ姿は、『魔道士』と名乗った人間と同一人物とは思えない。
実際、意識を取り戻した後の老人は、文字通りの抜け殻だった。何を言っても反応せず、やっと口にした言葉は『私は違う』の一言だけ。傍目から見てもおかしな様子に、宰相が呼び寄せた騎士たちも戸惑っていた。
「……なんだかな」
『何だ、腑に落ちないと言いたげだな?』
上から降ってきた声にイクスが顔を上げると、木の枝の上に木菟《ミミズク》が止まっていた。小首を傾げ疑問を表す宰相に、魔法使いは苦い顔を作り首を横に振る。
「腑に落ちないどころの騒ぎではないだろう、実際。最初の事件に関しては、あの執事が関与しているのは確実なのだが……他の事件についてまで犯人だと断言するには違和感がある」
『……事件に共通するのは、盗まれたのはどれも魔法石だという点。仮にあの執事が魔法石を集める目的で事件を起こしていたのだとすると、魔剣のあるヴァールハイトの屋敷に現れたのは必然だと思えるが』
「……そこだよ、一番の問題は。正確に言えば、ヴァールハイトの魔剣は魔法石とは言えない。あれは魔法の力を殺すものだからな……。どこかから情報を得てこの屋敷に現れたのだとしても——本当にあれが魔法使いだったなら、屋敷に近づいただけで違うと気づいたはずなのだ」
解せないことは他にもあった。そもそも最初に会った時、執事からは何の魔力も感じなかったのだ。
執事が犯人であることへの疑問を口にしてみると、おかしな点だらけだとわかる。考えてみれば、空間を切り離せるような魔法使いが、一々あんな小細工をして盗むというのもおかしな話である。
首を傾け、イクスは木の上の鳥を見つめる。宰相は黙して語らず、じっと魔法使いを見返す。そんな二人の上で夜の雲は流れ、静かに月を覆い隠していく。
『……残る魔法石は、あと一つ』
不意に、木菟が言葉を吐き出した。黙って真意を問うイクスに向かって、アストリッドは感情のない声で告げる。
『この国で、存在が確認されている魔法石は七つ。今まで盗まれたものと、ヴァールハイトの魔剣——そして』
宰相は言葉を切り、雲に覆われた月を見た。遮られ見えなくなった白い満月。けれど見えなくとも、満月によって高められる魔力の波動は消え去ることがない——。
『そして、王城の宝物庫にある『時の宝杖』。手をされていないのは、その一つだけだ』
「キールが言っていた数と一致しているが……アストリッド。何が言いたい?」
『犯人が捕まったのなら……それが盗まれることはない。しかしもし、執事が犯人でないのだとしたら——』
宰相の独白は、恐ろしい推測を含んでいた。その意味に気づいたイクスは、目を見開き激しく首を振る。
もし執事が犯人でないのだとしたら、犯人は別にいる。ならば、真の犯人は今どこにいるのだ?
「——まさか、こちらは囮か」
イクスは王城を睨みつける。もしわざわざ囮を仕立てたのだとしたら、犯人がそれを座して眺めているはずもない。嫌な想像が頭を駆け抜け、魔法使いは唇を強く噛みしめる。
本命が王城の魔法石だとすれば、全てが腑に落ちるのだ。ヴァールハイトの屋敷に邪魔な人間を集め、その間に真犯人は最後の魔法石を手に入れる。だが、そこまでの仕込みができる人間は——。
俯き眉を寄せた魔法使いを、小さな鳥は黙って見下ろす。時間がない——焦りとともに顔を上げたイクスは、屋敷の前で引き継ぎをしているヴィルに呼びかける。
「ヴィルヘルム!」
「何だよ、あの執事の身柄は引き渡しておいたぞ! 俺はしばらく手が離せないから、もし何かあるならキールにでも……って、あれ。そういえば、キールのやつ姿が見えないけど……」
「……っ!」
呑気に周囲を見渡し、ヴィルは不思議そうに首をかしげる。彷徨う魔法使いの目に映ったのは、ベンチの上で花びらを散らすシフソフィラ。その瞬間、ギリギリで保っていた何かが——イクスの中で崩れ去った。
「後は任せるぞ、ヴィル」
「イクス? どうしたんだよ」
「行かなければ……私が、行かないと——」
イクスの手が宙を滑る。行かなければ、全てが終わってしまう。たとえどれほどの罪を犯そうとも、これだけは止めなければならない。イクスは空を睨み——強く、指を鳴らした。
「たとえ、手遅れだったとしても」
空間が歪み、現れた狭間へとイクスは飛び込む。飛ぶように跳ぶように。天も地もない空間を翔けぬけ、辿り着いたその場所は——
「どうして、来たんですか」
月の光が遠ざかり、その場に残されたのは深い闇。そんな光景の只中に立ち、彼はいつものように微笑んだ。
——こうして、最後の季節は終わりを告げる。その先に待つのは、一つの終わりと永遠の断絶。
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