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最終章 阿国、跳ぶ

(四)阿国、跳ぶ

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「はてさて。でも、たぶらかすつもりはなかった。ただ、あたしも丹波をねらってた」
「ねらってたって」
「四年前にひと泡吹かせたものの、そのあと手を結ぶべきだった。それを逆におごって里が滅びた。おのれはとんずらで命拾い。それが許せなくてね。けど、あのとき、あたしも深手をおって二進も三進も。やっと癒えたら、こんどは、あっちがみょうになってる。どうやら、ひとではなくなってるらしい。はて、どうしたものやら」
「そこで、才蔵もいるから、あたしらを出汁にしたのかい」
「ちょいと、そこの娘を焚きつけて才蔵がのっかれば、阿国一座が出てくる。まんまと派手な騒ぎにならないかってね」
「あたしらを踊らせて、隙をねらったというの」
「ところが、まあ、あれよあれよと」
「なにが、あれよあれよなのさ。こっちは、あの世、あの世というのに」
「怒らないでおくれな。才蔵がなんとかするとみたのさ。それが、おのれから挑んでゆくなんて、ちっちゃいときから、かわらない」
「ほう、ひとを踊らせる狐の姉さまも、狐葉には手を焼くのかい」
ほたほたと笑ってる。
「腹の虫はおさまらないか」
「あったりまえだろ。うちのもんがひどいめにあってる。踊らせた償いはしてもらう。ほら、出てこい。まずは、引っ叩いてやる」
それに苦笑いがあった。
「では、おわびに教えたげる。さあ一刻も早くお逃げ。この地はじきに冥土へゆく」
「なにをいってる。丹波は沼に呑まれた。呪いは失せたろ」
「その沼が、どっぷりと呪いに浸ったおかげで、くたびれた」
「くたびれたって」
「つまり、沼がお陀仏」
「えっ」
「ついでに、島もろとも、あっちへゆくのさ」
「ちょいと、また踊らせるつもりか」
そこへ、ぐらりとなった。地がゆれる。ざぶりと沼は波が立ち、あちこちで木々がめきめきとへし折れる。どこかでなにかがけたたましく鳴いていた。
阿国も鈴々もあっけに取られる。
ふいに、うっと才蔵がむくりと起きてきた。
「もう、起きれるの」
鈴々は喜びまた涙があふれる。
「まだ、酔ってる。地がゆれてら」
へらっと笑ったところに、あの、ほたほたと笑いがあった。
「おめざめか。才蔵」
うわっと、才蔵は驚いた。ふらつくも立った。
「そんな、まさかっ」
風に乗る声音が、途切れ途切れとなる。
「阿国や、これからもどうか・・才蔵を可愛がって・・おくれな」
「ま、まてっ、紅丸」
「そら、賑やかなのがきたよ・・急ぎな・・」
「賑やかなの」
だしぬけに、どどっと馬の蹄の音が響く。金切り声で、叫びがあった。
「ざっ、座頭あっ」
小桜がまっしぐらに馬で駆けてくる。づづいて肥えた馬が駆ける。立波が手綱を操って巫女の二人がしがみついていた。
「無事か。みんな、無事なのか」
立波が野太い声で呼ばわった。
それに答えようと、鈴々がぶんぶんと手を振る。阿国は苦笑い。才蔵はまだ、きょろきょろとしていた。
あれきり、風にのった声音はふつりと消えた。
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