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最終章 阿国、跳ぶ

(二)阿国、跳ぶ

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「なっ、なんだ、これは」
やおら、かたりかたりと瓦を踏む音が響いた。
「それは、覚悟さ」
あたかも天から声がふってきた。才蔵も鈴々もはっとなる。
御堂の屋根にひとがいた。
いつしか雲は散って、茜いっぱいに染まった空を背にして立っている。
阿国であった。
「それは、百学の、鈴々の、才蔵の、そして千石の、一座の娘たちの、さらに立波の親方の、浜のものたちの、加えてあたしの覚悟。どうだ、牛が丸々二頭もお陀仏よ」
くうっと丹波の口元が震える。
「はたまた、毒なのか」
ふふっと笑う。
「才蔵の切り札が白露のおかげで、あんたは白露に囚われた。清めのものさえ、なんとかすれば。それを逆手に取ってやった。まんまと踊ったね。百地丹波」
茜色に粋な姿が映えていた。
鈴々はあっけに取られている。
「どっ、どういうこと。はて、姉さまが」
才蔵は泣きながら、笑ってる。
「そうか、そういうからくりか、やっぱ、阿国ねえさんは、日の本一の知恵のもの」
「それって、才蔵」
「敵をあざむくには、まず味方から。あのとき、ちゃっかりと鈴々の徳利と取り換えたのは、ほんとは南蛮渡来の毒を、仕込むためさ」
「うそ、それがこれにつながるの。まさか、あのとき、この攻防を見切ってたの」
「ちがいない。出し抜くも、出し抜かれ、それを出し抜き返す。おつむをひねったもの。まったく、おいらはあれで、鉢の水を布石にしたのに」
ひゅるりと柔らかな風が吹く。黒髪をなびかせ、瓦を鳴らして縁へと歩く。それを、鬼の形相で見上げる丹波。
阿国はさらりという。
「あたしは、いたぶるのは好きじゃない。ひとおもいに、ゆかせてやるよ」
あとひとつの白露の徳利を手にすると数える。
ひの、ふの、みっつ、ひらりと跳ぶ。
阿国は、茜の空に舞った。
やあっと叫び、丹波めがける。ふりかぶる徳利を叩きつけた。がちゃんと割れる。真面に白露を浴びせた。阿国は勢いでひと転びするも、すぐに立ち上がる。
ぐあっと鬼の叫び。
どっぷりと、まみれた丹波はぶるっと震える。やがて耳や、鼻や、口から、もうもうと白煙を吹いた。もがきながら二歩三歩と歩くうちに、がくりとひざから落ちる。そこであたかも脱皮のように、背中からぬるりと白濁したものがはみ出た。
なんとも、おどろおどろしい。それにはひとのつらがあった。怒る目玉に、歪む口は般若のようであった。
「あれが、百地丹波」
才蔵がぽつりという。
白濁の丹波は怨めしそうに叫んだ。
「いいや、これで終わるものかっ。いいか、おまえらのような出来そこないは、いらぬ。いらぬのだ。いらぬゆえに沼がある。いらぬものがおるから、沼を生む。そのうち、おまえらも、この、いらぬ和国も、沼に呑まれるがいい」
「ちがうっ」
阿国はゆるがない。
「あんたみたいなやからが、沼を生む。ひとをさげすみ、嘲り、卑しむ。ひとを、ひととも思わない、その心が、沼を生む」
さあっと、踏み込む。
「ぶちりは、これでお終い」
めいっぱい、その腹を蹴った。
ずるっと白濁が抜ける。どろりとしたものがのたうった。
とたんに、沼が泡立ってくる。
ざわつく水面から白き手がいくつもにょろりと伸びる。それは、むんずと白濁のものを掴むと、ずるずると沼へ引き込んでゆく。
うっ、うわあっと悲鳴とともに水の中へ沈んでいった。あとには、手水場に抜け殻のような秀麿が転がっている。とうに、こと切れていた。
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