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最終章 阿国、跳ぶ

(二)布石

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ごおっ、ごおごおっ。
護摩壇の炎が勢いよく燃え上がる。
鈴々はときおり木片を投げ入れる。ぱっと弾けて、ぱらぱらと舞ってくる火の粉。
ふと、ほろりと幼きころのことが過った。
あれは、いつのころか。
ぱんぱんと鳴る爆竹。夜の空に花火が咲く。そう、それはどこかの夜祭りだった。
赤いぼんぼりがゆらゆらゆれてた。
その日、ある寺のお祝いに鈴京家が招かれて、その帰りに祭りに出くわした。父さまと母さまはぜひにと頼まれ、祈りをすることになった。そしてそれが終わるまで、あたしは連れのものと祭り見物をすることになった。
喜んだ。でも、離れてはなりませぬとうるさい。むっとする。もう、まじないのひとつでもやれる道家の娘と、そのつもりでいた。
祭りはどこまでも、華やかで、賑やか。
あちらの屋台から、じゅうじゅうと焼く肉汁のにおい。こちらでは、飴に蜜ののみものの甘い香り。その隣では色とりどりの可愛い巾着を売ってた。
そして、いっぱいの人の波。やっぱりはぐれてしまった。でも、夢中で屋台から屋台へとのぞいてた。
そしたら、いきなり腕をぐいって掴まれ、屋台の裏へ連れてかれた。
あっと驚いた。それは、男の子であたしより二つほど上に見えた。そして裏には似たような年の子がわらわらといた。
なに、と訊くと男の子がいった。おまえ、あの祈ってる道家のものだな。あたしはうなずく代わりににらむ。他の子がいう。ちがいない。その服は道家のものだ。周りは、そうかそうかとなった。
だからなによと怒った。ほんとは怖かった。このままどうなるのか。
すると男の子は腕を離した。とたん、ぎゅっと手を握ってきた。目がうるんでた。
なら、頼むという。どうか助けてくれという。
なにがなにやら。
そこで、ひとりの女の子が出てきた。それは、ほおにこぶがあって、さらに手も足もただれてた。妹だという。銭がなくて医者もみてくれない。まじないで、助けてくれという。
えっとなった。まじなえと、子らが囲んでくる。逃れようがなかった。あたしは、どうしよう。それでも道家の娘、ならばと祈った。
けど、どうなることもない。子らはいう。まじないがやれてない。なにやってる。道家なら助けろ。からかってるのか。
あたしは、何度も、何度も祈った。でもどうにもならない。
子らは口々にののしる。おまえも銭がいるのか。いや、こいつは出来そこないか。ろくでなしか。役立たずか。
おいと、男の子があたしに詰め寄った。
そのとき、声がした。
みつけた。ここにいる。そこで、連れのものと祭りの男衆がわっときた。子らは慌てて逃げてゆく。
お嬢さま、無事でしたか。連れは冷や汗をぬぐってた。
子供とはいえ、銭欲しさのひとさらいかという。ほんのこと、いうにいえなかった。振り向くと、あの男の子は逃げもせず、男衆に袋叩きにあってた。
殴られても、殴られても、叫んでた。
助けてくれ、助けてくれよ。それとも、おまえはやっぱり、役立たずか、ろくでなしか、出来そこないか、道家の娘。
あのときの言葉が、いまでも、心に刺さってる。
「出来そこない」
あれから、なにかにつけ怒った。でもあれはあたしに怒ってた。おかげでみんなに避けられた。ひとり、白鈴姉さまをのぞいて。
気がつくと、はらはらと泣いていた。
「そう、出来そこない」
ぞくりと、身の毛がよだつ。
まるで、見透かしたようなものいい。冷ややかな笑いがあった。
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