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最終章 阿国、跳ぶ

(一)なんでも出来る天邪鬼

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それっと、玉がばらまかれた。
どおん、どおんと玉は次々に爆発する。木々はゆれにゆれて、それにおじけたのか黒毛の猪は逃げてゆき、ぎゃあぎゃあ鳴く黒い鳥も飛んでいった。
ふうっと百学は汗ぬぐう。
「おっと、ゆるむな。落っこちるぞ」
千石がからかうようにいう。百学はぴりっとなる。汗をぬぐったのに冷や汗が垂れた。どどっと、三頭の馬はくねった坂をようやく抜けた。
「どうやら、ひと喰らい猪もふり切ったかね」
阿国がからっと笑う。
やがてなだらかな道になると、やっと馬たちとひと息ついた。
「この辺りで半ばくらいか。玉はまだあるかい。槍は刃こぼれしてないかい」
馬をくゆらせて、阿国がぽいと竹筒を投げる。
「なんの、追っ払ってるだけだからな。刃こぼれはない」
ひょいと千石は取ると筒の水をくいと呑む。それから百学に投げた。
「玉もまだまだ」
おっとっと、百学は竹筒をお手玉して苦笑い。
「どれ、もうひとふんばり」
阿国はぺんと帯を叩いた。それで馬を走らせようとしたところで、千石がふいにうかぬ顔になった。
「もしや、呪いの痛み」
百学が馬で寄ってくる。千石はいいやというと、ちらっと藪をのぞいた。
「あいつらなのか。才の字のいってたのは。ぶちりに心を砕かれ、あっちにいったもの。ひとをやめたもの、けだものとなったもの」
藪に、林に、がさがさと音がする。あちらこちらに光る目玉があった。
「モドキとやら」
阿国が眉をひそめた。
はや、百学は玉を二つ、三つと腰の革袋から取るときょろきよろする。
「といって、あれ、かかってこないのか」
千石がさらりといった。
「おびえがある」
「なるほど。さっきの玉に、おじけづいたのですね」
「だと、いいがな」
百学の背が冷やりとなった。
「まって、ならなにに、おびえるのです」
さあと、千石は苦笑い。
「どうも、遠巻きにして、なにやらのぞきにきたような。そんな素振りにみえる」
ざわざわとモドキどもがうごめいてる。息をひそめおののきながら。ひゅるりと冷えた風が吹き抜けた。
「そうだね。あいつら、なにか知ってる」
けれどと阿国はきっぱりといった。
「道草はこれまで、ぼやぼやしてられない。二人を助けないと。さあ、いくよ」
千石と百学はうなずくと、やつらを振り切るように阿国とともに馬を走らせた。

それから、どれほど走ったか。
不思議と、あのうっとおしい猪やらは、ぱたりと姿を消した。けれど木々はしだいに黒々とした枝ぶりとなり、道は曲がりくねって、ぷんと生臭いにおいまでする。
ざわざわと木の枝がゆれた。
ひたひたと、追ってはくるが近寄ってこないモドキがかえって気味が悪い。
百学の心もざわざわとなった。
なにかいるのか。おびえるものが。
やおら、千石が叫んだ。
「おっと、その先の曲がりの奥に、祠がある」
両側に藪が茂る細道。その右曲がりの奥に古ぼけた、あの祠があった。
「首のもがれた地蔵」
百学はつぶやいた。そういえば、船で才蔵さんが話てたっけ。松明の灯りのなか、その祠に地蔵が五つ。どれも首をもがれ、どれも生首になってた。
そのうちの二つは、やりこめた坊さま。
「あら、なにおじけてるの」
阿国がのぞいてる。百学はびくりとなった。
「ともあれ、この祠まできた。とすれば、浜まであともうちょい」
よっしゃと千石が先になって馬を曲がりに入れてゆく。すると曲がった先で、ありゃあっと叫び。もしやと阿国と百学は馬を急がせた。
そして、曲がってみると二人もあっとなった。それは、祠の前に地蔵ならぬ、石の像が、あちらこちらにあった。
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