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第七章 紅白さまのお札

(五)がらがら寺

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はっと鈴々がなった。
なにかおかしい、という間もなかった。
ぐらっとゆれたかとみるや、どおんと鈍く重い音が響く。とたんに二重の塔から煙が吹き出し勢い燃え上がると、そのまま積み木が崩れるように、がしゃんと倒れた。
なにっと叫ぶ千石。もうもうとした煙と炎。
ともかく、煙と土埃に息が詰まる。幸いなのは咄嗟に逃げたのと、塔が後ろに倒れたので破片はくらわなかった。
百学と阿国も命拾い。
鈴々が、あっとなって叫んだ。
「さっ、才蔵、才蔵」
もはや、塔は跡形もなく燃えている。積み重なる壁や、折れた柱が燃えに燃えてとても手がつけられなかった。
それでもと千石と百学が果敢に向かう。ところが阿国はそれを止めた。
「もどれっ、もどれっ」
咽ながらも、なおも叫ぶ。
「おさまるまで、おまち。いま、うちらが慌てたらねらわれる」
きっぱりといい切った。それで二人はややとどまった。
ふと、くぐもった声があった。
・・み・・みだれて・・くれぬ・・
ぞくりとなって、阿国はきよろきよろするも辺りは白煙ばかり。
「仕方ない。ここはこらえるか」
千石が戻りかける。百学もやむなしとなったとき、ふいに煙にまかれてひと影があった。うずくまっている。ほろほろと泣いていた。
「秀麿」
放っておけなかった。近寄ると着物は破れ、泥だらけで血が滴っている。
「なにがあった。才蔵さんはどこ」
すると、耳をやられたのか身ぶり手ぶりをするばかり。どれと、腰を下ろして塗り薬を入れた貝殻を手にした。
「痛むのか」
ぬうっと、秀麿がつらを向ける。白く濁る目玉が笑った。
ばりっ。
その、枯れたような指が、いきなり額のお札を千切る。わあっと尻もちをつく百学。さらにその指は、黒いお札をはらりと落とした。
くっくくと冷えた笑い。
札は、ぼっと黒煙に包まれると一匹の黒蛇となった。それがするすると牙をむいて襲ってくる。百学は転げ廻った。その悲鳴に千石がかけつけた。
「呪いの蛇か。出やがったな」
手槍をふるう。蛇はたくみに逃げながら百学にまとわりつく。額のお札はもはや、切れ切れになっていた。
煙の向こうの、ただならぬことに、さすがの阿国もこらえられない。
ゆかねば。
そのとき、黒い影がひょいとすり抜けた。
あっとなる、いまのは何か。
その問いが、ぴしゃりとおつむを引っ叩いた。とたんにそうかとなった。いままで、もやっとしたものが消し飛び、景色がみえた。
うかつだった。
そうさ。そもそも、やつらは、はなから巫女じゃないか。
ぶちり坊主は、なぜさらったの。巫女であるから。おそらく、あの沼の呪いのとどめに巫女がいる。おまけに、この呪いは唐のもの。そしてあの子は唐の巫女。ならなおさら。
さらに、あざむきも。
まんまと唐の巫女を手にするため、だから招いた。だから隠れたふりも、かっさらう機会をねうため。そして、いまがそのとき。
阿国は咄嗟に手を打とうとする。その手には、たぷたぷの小瓜がひとつ。
「おちびども、やってやるよ」
ぶつければ倒せる。けど、当てれるのか。さらに、決して鈴々をさらわれてはいけない。間はない。どうすりやいい。
ある。この一手だ。
阿国は叫んだ。
「ごめんよっ」
振り向くやいなや、投げた。
ぴしゃりと、なった。きゃあっと鈴々はびしょびしょに濡れる。
ぐわっと手が伸びた。その指が濡れた黒髪をむんず、とはならない。指がすんでで、ひくりと止まった。
やああっとの叫びだった。
どすりと、むこうの本堂の扉を蹴破って、蜘蛛の巣だらけの才蔵が躍り出てた。あっと、阿国は悔しいやら、うれしいやら。
才蔵はすぐに鈴々に迫るものに気づく。とたんに、ひでりっと叫ぶや、手裏剣を放つ、放つ、放つ。そのものは、すぐさま退いた。それで阿国と鈴々もとへ駆けた。ずぶ濡れの鈴々はなにがなにやら。阿国は苦笑いしている。
「ひでりめ、組んでやがった。穴に落とされ火攻めにされた。やむなく、奈落をくぐったら、あっこ。命からがら」
「塔は罠なの」
「あげく、ひとさらいかい」
鈴々はきょとんとしている。けれどと、阿国の眉がぴくりとなった。
「はて、組んでたって」
「やつがくるって、そしたら、やりやがった」
「あの、つらでも」
そこには、その白粉姿は秀麿でありながら、こちらをにらむ形相は明らかに別もの。禍々しいほどのつらつき、冷たい目玉、蛇が鎌首をもたげるようにゆらりと立っている。
才蔵は息を呑む。
「やっと、真面にお出ましかい。百地丹波とやら」
冷えた笑いがあった。
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