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第七章 紅白さまのお札

(一)逃げた明海

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ごろごろと音がする。
にわかに空を雲が埋めて陰ってくる。
木々をゆらして、ひゅっと風が吹き抜ける。みょうに肌寒いものであった。
戸口を出た百学の眉がひくっとなった。
「なにやら、おどろおどろしい」
こくりと鈴々もうなずいた。
寺の本堂裏には畑が段々と登っている。その上に、あの小ぶりな御堂があった。
千石がへたれっぷりをぬぐうとばかりに、はりきって先へ先へとゆく。そのあとを阿国たちがゆるゆるとつづいた。
辺りは、いつのまにやら霧がやんわりと忍んでくる。
「ぷんぷんにおうねえ」
阿国がにんまりとなった。
「いよいよ、本丸か」
才蔵が御堂を仰ぐ。
すると、三つほど上の畑で千石が手槍をふるっていた。
「そら、でやがった」
とんと才蔵が跳ねる。
その畑で、千石はしきりにけものを追い払っていた。
「あら、猪か。まだいたのか」
「なあに、これは、ただの猪だな」
二匹、三匹と、ふごふごと走り廻ったあと藪のなかへ逃げていった。
「なにか、喰らってたな」
後ろで、ひゃあっと鈴々の悲鳴があった。
百学が仏頂面でつまんでいる。それはひとの指らしかった。才蔵がくるりと見廻すと、荒れた畑のあちこちに、ひとがばらばらになって散らばっていた。
「さては黒猪か、はたまたひとのつらの赤牛か」
百学が藪をにらむ。
「穴ぼこがあるね」
阿国が屈む。
畑の真ん中で大きく土がえぐられ、穴ぼこになってる。周りはやたら焦げていた。
「なんだ、大砲の玉でもおっこったのか」
その千石に才蔵が首を振った。
「これ、ほうろく玉か、火炎の玉が、どかんとなったものだ」
「よもや、乱破なのか」
「おそらく」
拾ったのか、割れた手裏剣を才蔵が指で廻した。
「なぜいるの。そして、なにがあったの」
鈴々は首をひねるしかない。
「しかも、ぶちりのけものとやりあったのではないね」
えっと百学が阿国に向いた。
「足跡だよ」
踏み荒らされた畑は、ほとんどがひとのものばかりであった。
「ということは、乱破どもで、争ったのですか」
ますます百学も、鈴々も首をひねった。
「ひょっとしてだけど。うちらの他に、ぶちりをなんとかしたい、ものどもがいたのかもしれない」
「おっと。さながら、大波家の乱破と明海らのちゃんちゃんばらばらか」
「あらま」
「もしや、明海は」
百学が調べてゆく。
「やめとけ。もし、ぶちられてたら霧は消えてる」
千石がへらっと笑う。
「けど、深手かも。こんなどかんがあったら、ただではすむまい」
才蔵がにたりとする。阿国が上の畑を仰ぐ。
「よし、なら、とっととゆくよ」
と、あらっとなった。鈴々も気づいたのか、あっとなって指さした。それは、二つ畑を上がった処にある柿木。ひとの姿があった。
「ふるふるしてる」
「血の気がないのか。つらは真っ白だね」
いいやと才蔵がいう。
「あれは、白粉」
もう、そこから跳んでいた。
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