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第七章 紅白さまのお札

(一)南京錠

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えっくしょん。
阿国は、派手なくしゃみ。
「なんだそりゃ。こりゃさんざ、ろくでもないこと叩かれてるな」
ずらりと長刀に槍やら、弓矢が並ぶ、本堂の奥まったの部屋。
槍を手に千石が笑った。
「ちくしょう、これは、白鈴か、いや小雪か。なにをうわさしてる」
「日ごろの、ぐうたら」
こらっとなったときには、才蔵は部屋からどろんと逃げる。入れ違いに入ってきた百学と鈴々を、あわや蹴飛ばしかけた。
「う、うわっ」
「おっとと」
目を丸くする百学に、ずっこけそうになる阿国。げらげらと千石は笑った。
「なにさ、蹴られたいのかい」
「おや、はだけてるのに」
阿国はにらむも裾を直した。と、ともかくと、百学が冷や汗をぬぐう。
「どうやら、武器はこの部屋のみですね」
鈴々がうなずく。
「隣は経典やら法具ばかり。お札も散らかってましたが、どれも並のもの」
「そうかい。ねたもないようなら、先に進むかね」
阿国が千石を向く。
「そうするか。せめて、うちの槍くらいの業物があればな」
くるっと手槍を廻す。
「商人の台詞じゃないね」
「武芸百般よ」
からからと千石が笑う。
「あら、減らず口は百般が戻ってきた」
と、百学も鈴々もおやっとなった。とぼとぼと、いつものへらへらがない才蔵がいる。
「なにさ。めんくらったようなつらして」
しきりと首をひねる。
「あのさ、こっから台所へゆき、そこの裏口から外の畑に抜けるのだろ」
「はい。引き戸を開けて。もっともさっきはそこから、黒猪がわっとなだれ込んできました」
才蔵はうむとうなった。百学は目をぱちぱち。
「おいらも、もしやってね。それで、戸に耳をあてた。するとふごふごと鼻息があるじゃないか」
「やだ、まだいたの」
鈴々がしょっぱくなる。
「また、追っ駆けっこかって、そろっと窓からうかがった。するといやしない。段々畑がのほほんと。あれって、また耳をあてたらふごふご鼻息がある。これってなに」
「なにって、なにかねえ」
千石も腕組み。
「なにかあるのさ」
もう、阿国は歩いていった。
本堂の台所は土間も広い。入ると右の壁には水瓶二つに薪が山と積まれてあって、左の壁には釜戸が三つに、その横に裏戸があった。釜戸の上の格子からは柔らかな日差しが入っていた。
「あの、戸かい」
阿国がいぶかしげにながめる。百学はそっと格子から外をのぞいてみた。
「ふむ、なにもいませんね」
けれど、戸に耳をあてた千石はびくっとなった。
「おいおい、いる、いるぞ」
ほらっと才蔵がしかめっつらをした。どれと、阿国が土間を歩きかけて、ふと、裏戸をまたもながめる。なにかと鈴々もながめた。
「いや、引き戸にしては大っきいねえ。まるで、戸を二つ合わせたような。これを、がらがらって右に引くの。このつくりなら、真ん中を開ける観音開きじゃないか」
百学が苦笑い。
「はい、はじめはそうかと。でもそれでは開かない。それで、横へならがらがらと開いたので、そうか、引き戸かってなったのです」
阿国は口元がへの字になった。
「舞台の、からくり戸みたいな」
才蔵が呆れた。
「城の裏戸ならともかく、台所でからくり戸なの」
いいやと鈴々は戸に近寄った。
「やはり、なにかみょう。これって、もしかしたら」
やにわに、腰袋の小壺から清めの塩をすくいふりかける。とたんに、ぼろぼろと木の皮のようなものがはがれた。
それで、戸の真ん中に境があらわれ、その中ほどに錠前がぶら下がる。戸の鉄の輪に太い金棒を通した、ひとの顔ほどもある南京錠であった。
な、なんだこれと千石は口をあんぐり、錠前のおばけと百学は恐々、錠前は錠前なのかと才蔵は突っついた。
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