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第七章 紅白さまのお札

(三)小雪、してやったり

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雨がぱらぱら。
それもすぐに止み、雲が流れてゆく。
ひゅるりと風が抜けた。
ごうごうと護摩壇は燃えるも、いまは笛や太鼓もなく踊りもない。
ただ、みな息を呑んでいた。
「阻むのか」
長刀がぶんと薙ぎ払われた。すんでで、はらりと髪の毛だけが切られた。
「いいえ」
「なら、なんである」
「ですから、首をひねるばかり」
小桜の声が枯れている。その後ろには一座のものたち、さらに湊のものたち。
らちがあかぬと口上の老師がものをいう。
「なにが、腑に落ちぬ」
「そも、なぜ本寺なのですか」
「どこがいかぬ」
「浜も、本寺も、同じ日の本ではありませぬか」
ちいっと、老師はいらだった。
「わからぬか、法力は、ともに祈ってこそ倍になる。津々浦々に満ちてゆこう」
「なら、あちらと、こちらで、ともに祈りましょう」
「だから、それでは、ばらばらになる」
「なぜ、ばらばら、なのです」
「離れておろうが」
「日の本はひとつです」
「ええい、それは、その」
しゃり、しゃりと鈴の音。
きらっと銀の袈裟に金色の法衣を着込み、さながら金の鶏のような派手な姿の割には、およそ血の気の失せたひょろりとした坊主が馬でやってきた。
「こ、これは、京林さま」
老師は控えた。
「よい。さて、そこな娘」
はいと、ひとます小桜は控える。
「わたしは、日の本を救いたい」
「はい。では、いっそのこと、ともにこの浜にてなさいませぬか」
ふむと、京林はにやりと笑った。
ところでと、いう。
「日の本のへそはどこじゃ」
「へそ」
「しかり。それは、京のわが寺である。すなわち、へそに力を込めてこそ、五体にみなぎるというもの」
「なっ、いや、それは」
「この地に、こだわるは、この浜のもののみよければよいのか」
「そうは、いっておりませぬ」
「ゆうておる。力を偏らせておる。おまえこそ勝手ではないか」
小桜はきっとにらむ。
「勝手ではありませぬ」
「ゆうたな。ならば、証をみせよ」
「証」
「おまえが、ひと柱とならば、この地はおさまる。ほれ、おまえの望む通りではないか」
後ろで、わっとなった。
「どうだ。巫女ならば、よいひと柱となろう」
お、おまちをと一座の娘たち。
京林はせせら笑う。
「口ほどでもない。なにが、出雲の阿国一座やら。与太ものは、とっとと失せよ」
小桜は命を捨てた。
「はい。では、わたしは」
ぺしっ。
いつの間か小雪がいる。その平手が、小桜のほおに見舞われた。
「な、なんじゃ、おまえは」
「はい、座長の小雪と申します」
にっこりと笑み、かしこまる。
「このものの無礼を、ひらにお許しを。それでは京林さま。わたしがこれより桃々さまへ御案内いたします」
ふうと京林は息を吐く。
「ようやく、ききわけのよいものが出おったか」
「こ、小雪、お姉」
すれ違いざまに、お灸をすえる。
「小桜、あんたの出番はこっからだろ。くたばってどうする」
小桜は涙がこぼれた。
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