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第七章 紅白さまのお札

(一)小雪、してやったり

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ひゅるる。ひゅるる。
風が舞う。鉛色の空がいまにも泣きそう。
それでも、貝塚の浜はみなが巫女踊りに合わせて唄い踊る。祭りじゃ、祭りじゃと、賑わってていた。めざとく、うどんに蕎麦に味噌田楽と屋台まで出ている。幼子ははしゃぎ、爺さま婆さまもてんてこ舞い。
いつしか霧も切れ々となっていた。
ふと、行列が近づいてくる。派手に着飾った法師たちがしずしずと進む。たなびく幟には京極寺の御坊、京林和尚とあった。
そこから、ほど近い処にある松林に小ぶりの船荷の蔵がぽつりとあった。
扉は開いている。
なかには神妙な顔つきの水夫ども。
燭台が揺らめき、奥には阿弥陀如来像。その前で紅白寺の桃々が朗々と経をひとしきり。ついで巫女姿の小雪がぱらぱらと水夫どもに塩をふりかけた。
「うむ。よかろう」
おおっと、水夫どもは胸をなでおろすや、礼もそこそこに酒じゃ、踊りじゃと浜へ飛び跳ねるように駆けていった。
「すまねえな」
ぶらりと立波の親方が入ってきた。
「せっかくの昼のひと休み。わしらでつぶしたか」
「なんの。おびえたままでは船は出ぬ。いまひとたび出してもらわねばの。心強くあれば死人に迷わされぬ。とうの祈りがまやかしでも、励ましとなればよい」
小雪が扉の外をのぞく。
「そうでしょうか。力はないのでしょうか。こんなにも霧が薄いではありませぬか」
桃々は笑う。
「とうではない。みなの心が励まされ、その勢いに押されたのよ。それと」
「それと」
「なにやら、あたふたしておる」
「とは」
「ふふ。むこうで、なにかやらかしておるや」
なにかとはと小雪がいいかけたところで、どやどやと若葉と二葉がやってきた。
「おひる、おひる」「お弁当、お弁当」
風呂敷に包む五段のお重を両手に若葉と、太い瓢箪と杯を手にした二葉。もう、否応もなく蔵の真ん中で、風呂敷を広げてはお重を並べてゆく。
「さあ、おひる」「いっぱいこさえた。まず瓢箪をどうぞ」
「酒か」
立波から笑みがこぼれた。
「でもいいのか。あっちは、まだ踊ってるだろう」
「小桜座長、つがれたお酒はみんな呑むの」「そのうち、酔っぱらってからんでくるから、いまのうちにおひるすませて呼んできとくれって。一座のみんな」
あちゃっと小雪は頭を抱える。わしは笑えぬと立波は笑った。
ふいに、若葉が小首を傾げた。
「ここは、蔵なの、お寺なの」
むすびをほうばった二葉の目が丸くなった。
ろうそくの灯がゆらゆら。
窓はない。
扉を閉めて、灯が消えたら、とたんに真っ暗な闇に呑まれる。
おえっとなった。
「なんてつらをする」立波がわっはっはと笑う。
あらあらと、小雪が二葉の背をなでた。
「わしらは縁起を担ぐもの。ここでみそぎをして船に乗るのよ」
「みそぎ」
若葉と二葉はきょとんとなった。
桃々は手酌で瓢箪の酒をくいと呑む。
「つまり、お清め」
うなずく小雪は、やたらおっきいむすびを立波にはいと渡した。桃々は酒を立波と小雪にすすめる。そこからはお重を囲み酒盛りとなった。
「さて、それで迎えの船の手配りはいかに」
「まかせな。あとは、船のものがおびえるか、どうか。いっそのこと、桃々さまがいてくれたらな」
いえいえと小雪がいう。
「桃々さまがいないと、浜のひとはもたない」
立波はうなずき、杯を呑み干した。
とたん、わあっと叫び声がする。
だしぬけに、わらわらと紅白屋のおちびたちが蔵へ飛び込んできた。
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